81 / 125
南の国の戦
さようなら
しおりを挟む
「あ、兄貴……聞き間違いだよ……俺がそんな事する訳ないだろう?」
バルドゥルは、手にしていた剣を床に落として、懇願の言葉と共に床に膝を着けた。ツェーザルは、そんな弟をきつい眼差しで見ていた。そうしてアンゲラー王国の王女を斬って、その血が滴る剣を手にしたまま、ゆっくり歩み寄った。
「残念ね、あたしはずっと起きていてベルトーーアンゲラー王国の王女があなたに言った言葉をちゃんと聞いたわ。『邪魔な弟を殺してあげた』って。どういうことなの?」
「お、王女が! アンゲラー王国の宝物庫で保管していた、乾燥した龍殺しの種を持っていたんだ! それをハーレムで育てていて、ようやく実がなったんだ。アロイスは先祖返りの目をしているから、きっと猛毒になる。簡単に殺せるから、いざという時助けてくれって!」
泣きそうな顔で、バルドゥルはツェーザルにそう話した。
「あたしの事も殺す気だったの?」
「違う! それだけは神に誓っていい! 兄貴を殺すなんて、俺には出来ない! アンゲラー王国が亡びたら、王女が俺と一緒に逃げようと言ったんだ。アロイスさえいなければ、王女に従う事なんてしなかった!」
涙を零しながら顔を上げた弟に、ツェーザルは無表情で剣を振り落とした。
「残念ね――あたしは、あなたを殺せるわ」
勢いが付いた剣は、バルドゥルの首を斬り落とし床に叩きつけられ、剣先が折れてしまった。
「さようなら、バルドゥル」
無残な死体になった実の弟を、ツェーザルは静かに見下ろした。ドサリ、と首がなくなった身体が倒れた。
「あなたは、バーチュ王国の第一王子ですね?」
じっと弟の骸を見ているツェーザルに、ジークハルトは静かに話しかけた。ツェーザルは、ようやく顔を上げてジークハルトとヴェンデルガルトを見つめた。
「申し遅れました、俺はバルシュミーデ皇国の第一王子であり薔薇騎士団総帥のジークハルト・ロルフ・ゲルルフ・アインホルンです。水龍に運んで貰い、ヘンライン王国に直接向かいました」
「あたしは、ツェーザル・ペヒ・ヴァイゼです。お恥ずかしい所をお見せしました。アンゲラー王国は滅びたのですね……安心しました。ヴェンデルガルトちゃん、怖い目に遭わせてしまってごめんなさいね。でも、約束通りあなたの事を護れたわ」
困った様に微笑むツェーザルに、ヴェンデルガルトはかける言葉がなかった。涙を流しながら、折れた剣を握り締めるツェーザルの手に自分の手を添えた。小さく震えている手をしているツェーザルに掛ける言葉を、ヴェンデルガルトは知らなかった。
「アロイス王子の事ですが、まだ息はあります」
「本当!? 助かるの!?」
ジークハルトの言葉にツェーザルは驚いた声を上げるが、その表情が暗い事にツェーザルは強張ったままだった。
「水龍の魔法で、今はまだ生きている状態です。詳しい事は、彼女に聞かないと分かりません」
「水龍――もしかして、ヘートヴィヒ様かしら? バーチュ王国の、最初の王の妻よ。彼女なら、アロイスを治してくれるかもしれないわ。だって、子孫だもの」
「そうです、きっと助かります! 信じましょう」
ヴェンデルガルトは、励ますようにツェーザルの手を握る。ぎこちなくツェーザルが手を離すと、金属音を立てて剣が床に落ちた。そうして、ヴェンデルガルトの手を握り返す。
「とにかく、アロイス王子の元に向かいましょう」
「分かったわ」
ジークハルトは剣を腰の鞘に戻して、ツェーザルはバルドゥルの落とした剣を拾って腰に下げた。
そうして、急いで部屋を出る。
だが部屋を出る前に、ツェーザルは視線の隅に弟の骸を最後に見た。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
泣きながらずっと自分の後をついてきた、出来の悪い弟。本当なら、どこかの国に婿に出して弟の呪縛から逃がしてやりたかった。どんな弟でも、ツェーザルには可愛い弟だった――アロイスを手にかけるまでは。
あたしは、方向を見誤った弟を助けられず――手にかけた。これからも、この手は汚れるのかもしれない……あたしは、次の王の器に足りるのかしら。
ジークハルトの後に続きながら、ツェーザルはアロイス迄失うかもしれない現実を受け入れられずにいた。
「大丈夫です――ツェーザル様は、間違ったことをなさっていません。第一王子として、国の為に立派になすべき事をされています」
心を見透かすかのように、手を繋いだままのヴェンデルガルトがそう声をかけた。視界が滲むが、ツェーザルは笑顔を浮かべた。
「有難う。あたしは、後悔していないわ」
ヴェンデルガルトの優しい甘い香りが、じんわりとツェーザルの心を癒すようだった。今のツェーザルには、それだけが心の拠り所だった。
バルドゥルは、手にしていた剣を床に落として、懇願の言葉と共に床に膝を着けた。ツェーザルは、そんな弟をきつい眼差しで見ていた。そうしてアンゲラー王国の王女を斬って、その血が滴る剣を手にしたまま、ゆっくり歩み寄った。
「残念ね、あたしはずっと起きていてベルトーーアンゲラー王国の王女があなたに言った言葉をちゃんと聞いたわ。『邪魔な弟を殺してあげた』って。どういうことなの?」
「お、王女が! アンゲラー王国の宝物庫で保管していた、乾燥した龍殺しの種を持っていたんだ! それをハーレムで育てていて、ようやく実がなったんだ。アロイスは先祖返りの目をしているから、きっと猛毒になる。簡単に殺せるから、いざという時助けてくれって!」
泣きそうな顔で、バルドゥルはツェーザルにそう話した。
「あたしの事も殺す気だったの?」
「違う! それだけは神に誓っていい! 兄貴を殺すなんて、俺には出来ない! アンゲラー王国が亡びたら、王女が俺と一緒に逃げようと言ったんだ。アロイスさえいなければ、王女に従う事なんてしなかった!」
涙を零しながら顔を上げた弟に、ツェーザルは無表情で剣を振り落とした。
「残念ね――あたしは、あなたを殺せるわ」
勢いが付いた剣は、バルドゥルの首を斬り落とし床に叩きつけられ、剣先が折れてしまった。
「さようなら、バルドゥル」
無残な死体になった実の弟を、ツェーザルは静かに見下ろした。ドサリ、と首がなくなった身体が倒れた。
「あなたは、バーチュ王国の第一王子ですね?」
じっと弟の骸を見ているツェーザルに、ジークハルトは静かに話しかけた。ツェーザルは、ようやく顔を上げてジークハルトとヴェンデルガルトを見つめた。
「申し遅れました、俺はバルシュミーデ皇国の第一王子であり薔薇騎士団総帥のジークハルト・ロルフ・ゲルルフ・アインホルンです。水龍に運んで貰い、ヘンライン王国に直接向かいました」
「あたしは、ツェーザル・ペヒ・ヴァイゼです。お恥ずかしい所をお見せしました。アンゲラー王国は滅びたのですね……安心しました。ヴェンデルガルトちゃん、怖い目に遭わせてしまってごめんなさいね。でも、約束通りあなたの事を護れたわ」
困った様に微笑むツェーザルに、ヴェンデルガルトはかける言葉がなかった。涙を流しながら、折れた剣を握り締めるツェーザルの手に自分の手を添えた。小さく震えている手をしているツェーザルに掛ける言葉を、ヴェンデルガルトは知らなかった。
「アロイス王子の事ですが、まだ息はあります」
「本当!? 助かるの!?」
ジークハルトの言葉にツェーザルは驚いた声を上げるが、その表情が暗い事にツェーザルは強張ったままだった。
「水龍の魔法で、今はまだ生きている状態です。詳しい事は、彼女に聞かないと分かりません」
「水龍――もしかして、ヘートヴィヒ様かしら? バーチュ王国の、最初の王の妻よ。彼女なら、アロイスを治してくれるかもしれないわ。だって、子孫だもの」
「そうです、きっと助かります! 信じましょう」
ヴェンデルガルトは、励ますようにツェーザルの手を握る。ぎこちなくツェーザルが手を離すと、金属音を立てて剣が床に落ちた。そうして、ヴェンデルガルトの手を握り返す。
「とにかく、アロイス王子の元に向かいましょう」
「分かったわ」
ジークハルトは剣を腰の鞘に戻して、ツェーザルはバルドゥルの落とした剣を拾って腰に下げた。
そうして、急いで部屋を出る。
だが部屋を出る前に、ツェーザルは視線の隅に弟の骸を最後に見た。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
泣きながらずっと自分の後をついてきた、出来の悪い弟。本当なら、どこかの国に婿に出して弟の呪縛から逃がしてやりたかった。どんな弟でも、ツェーザルには可愛い弟だった――アロイスを手にかけるまでは。
あたしは、方向を見誤った弟を助けられず――手にかけた。これからも、この手は汚れるのかもしれない……あたしは、次の王の器に足りるのかしら。
ジークハルトの後に続きながら、ツェーザルはアロイス迄失うかもしれない現実を受け入れられずにいた。
「大丈夫です――ツェーザル様は、間違ったことをなさっていません。第一王子として、国の為に立派になすべき事をされています」
心を見透かすかのように、手を繋いだままのヴェンデルガルトがそう声をかけた。視界が滲むが、ツェーザルは笑顔を浮かべた。
「有難う。あたしは、後悔していないわ」
ヴェンデルガルトの優しい甘い香りが、じんわりとツェーザルの心を癒すようだった。今のツェーザルには、それだけが心の拠り所だった。
1
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。


【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。

紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない
当麻月菜
恋愛
人が持つ記憶や、叶えられなかった願いや祈りをそっくりそのまま他人の心に伝えることができる不思議な術を使うアネモネは、一人立ちしてまだ1年とちょっとの新米紡織師。
今回のお仕事は、とある事情でややこしい家庭で生まれ育った侯爵家当主であるアニスに、お祖父様の記憶を届けること。
けれどアニスはそれを拒み、遠路はるばるやって来たアネモネを屋敷から摘み出す始末。
途方に暮れるアネモネだけれど、ひょんなことからアニスの護衛騎士ソレールに拾われ、これまた成り行きで彼の家に居候させてもらうことに。
同じ時間を共有する二人は、ごく自然に惹かれていく。けれど互いに伝えることができない秘密を抱えているせいで、あと一歩が踏み出せなくて……。
これは新米紡織師のアネモネが、お仕事を通してちょっとだけ落ち込んだり、成長したりするお話。
あるいは期間限定の泡沫のような恋のおはなし。
※小説家になろう様にも、重複投稿しています。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。《改訂版》
新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。
趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝!
……って、あれ?
楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。
想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ!
でも実はリュシアンは訳ありらしく……

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる