上 下
78 / 125
南の国の戦

一つの終焉

しおりを挟む
「はぁ……、……はぁ……ぁ」
 アンゲラー国王子の足元には、兵士の死体が沢山転がっていた。もう残り少なくなった兵士たちは背中を合わせて、自分達を囲む騎士や兵と対峙していた。
 王子を囲む兵は、あと数百人だ。切り傷だらけの身体には自分の血と返り血で染まり、薬はまだ効いているのかへらへらと力なく笑っていた。だが呼吸は大きく乱れて、肩で息をしていた。

 魔法使いの年老いた男は、レーヴェニヒ王国の兵に馬車から掴み出されて直ぐに首を斬られた。薄くなった金の髪の彼の最後は魔法を唱える事ではなく、命乞いだった。

 レーヴェニヒ王国の兵は、数も多かったが何より強かった。バルシュミーデ皇国の知る限り、彼らは大きな戦をした事が無い。もし彼らと戦をする事になれば、自軍に大きな痛手となるだろう。しっかりと統制が取れていて、判断に迷いがない。理想的な兵士たちだった。

 アンゲラー王国の残った兵たちもそれぞれ斬られて、最後には王子を捕らえて縄で縛り上げた。舌を噛み自害しないように、口は布でくくられた。

「我々の勝利だー!!」
「我らの勝利!!」

 王族と共に、ヴェンデルガルトも下に降りて来た。 
 辺りに倒れている死体は、殆どがアンゲラー王国のものだ。こちら側にも死亡者はいるが、援軍が来てからはほぼ傷だけで済んでいる。こちら側の死亡者は百人に満たないだろう。
 その傷もヴェンデルガルトが上から治していたが、眼下に広がる凄惨な死体が積もる戦の跡に、少し顔色が悪かった。

「こちらは終わりました、王は捕らえましたか?」
『こっちも終わったよ。王と王妃、第一王子と第三王子、第一王女を捕らえた。彼らを連れて、そっちに向かえばいい? 食料とか水とか残り少なくて、それに怪我人が多くてさ』
 ヘートヴィヒがイザークに連絡を取ると、イザークがすぐに返事をした。多くの兵はこちらに向かって来ていたので、城の護りは手薄になっていた。バルシュミーデ皇国が後から国を攻めて来るとも思っていなかったようだ。
「分かりました。バーチュ王国から、兵糧がもう少しで届く事になっています。アンゲラー王国の食糧は安全か分からないので、手を着けないでください。城と彼らが育てている毒草を焼いてこちらに来てください」
『了解、すぐに向かう』

「待て」
 そこに、アロイスが声を上げた。
「第二王女が居たはずだ。俺より若い――どこに行った?」
 その言葉に、捕らえられている第二王子が笑みを浮かべた。
「兄上に! 兄上に連絡を取ってくれ!」
 もしかしてバーチュ王国に潜むなら、第二王子のバルドゥルのハーレムかもしれない。色んな所から女を買って、好き勝手にしている。身分を偽り、バーチュ王国で情報を探っていたなら、ハーレムはいいかくみのとなった筈だ。ツェーザルもアロイスもハーレムの存在を毛嫌いをしていたので、どんな娘がいるのか把握していない。

「ツェーザル王子、ツェーザル王子?」
 カサンドラが、声をかける。しかし、ツェーザルからの応答がない。一同が静かになる。そんな中、布で口を塞がれたアンゲラー王国の第二王子の笑うような不気味な声だけが響いていた。そんな王子の顔を、アロイスは拳で殴った。興奮しているのに、顔色が良くない。不安が、アロイスを包んでいた。
「俺をバーチュ王国に運んでくれ! 頼む!」
 アロイスは、ヘートヴィヒに縋る様に叫んだ。ヘートヴィヒとカサンドラは見つめ合い何か心の中で会話したようだった。
「分かりました、行きましょう。もしもの時の為に、ヴェンデルガルトも来ていただけますか?」
「では、俺も行こう。王女一人とは言え、アロイスとヴェンデルガルト嬢だけでは心許ないだろう」
 不安そうなヴェンデルガルトの前に、ジークハルトが前に出た。
「感謝する――ジークハルト皇子」
「では行きましょう。バーチュ王国にはレーヴェニヒ王国の五千の兵もいる筈。無謀な事はしないと思うわ」
 そう言いながら、ヘートヴィヒは門を出て広い所で龍の姿になった。
「アロイス様、ツェーザル様は無事です! しっかりして下さい!」
 青い顔をしているアロイスを、ヴェンデルガルトがそう声をかけて励ました。
「そうだな――俺は兄上を信じるべきだな。有難う、ヴェンデル。行こう」
 僅かにぎこちない笑みを浮かべると、三人は水龍の差し出す手に乗った。そうして、落とさないように三人を抱えたヘートヴィヒは薄明るくなってきた空の中飛び立った。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜

たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。 「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」 黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。 「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」 大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。 ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。 メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。 唯一生き残る方法はただ一つ。 二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。 ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!? ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー! ※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

【本編完結】美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜

松浦どれみ
恋愛
【読んで笑って! 詰め込みまくりのラブコメディ!】 (ああ、なんて素敵なのかしら! まさかリアム様があんなに逞しくなっているだなんて、反則だわ! そりゃ触るわよ。モロ好みなんだから!)『本編より抜粋』 ※カクヨムでも公開中ですが、若干お直しして移植しています! 【あらすじ】 架空の国、ジュエリトス王国。 人々は大なり小なり魔力を持つものが多く、魔法が身近な存在だった。 国内の辺境に領地を持つ伯爵家令嬢のオリビアはカフェの経営などで手腕を発揮していた。 そして、貴族の令息令嬢の大規模お見合い会場となっている「貴族学院」入学を二ヶ月後に控えていたある日、彼女の元に公爵家の次男リアムとの婚約話が舞い込む。 数年ぶりに再会したリアムは、王子様系イケメンとして令嬢たちに大人気だった頃とは別人で、オリビア好みの筋肉ムキムキのゴリマッチョになっていた! 仮の婚約者としてスタートしたオリビアとリアム。 さまざまなトラブルを乗り越えて、ふたりは正式な婚約を目指す! まさかの国にもトラブル発生!? だったらついでに救います! 恋愛偏差値底辺の変態令嬢と初恋拗らせマッチョ騎士のジョブ&ラブストーリー!(コメディありあり) 応援よろしくお願いします😊 2023.8.28 カテゴリー迷子になりファンタジーから恋愛に変更しました。 本作は恋愛をメインとした異世界ファンタジーです✨

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

猫不足の王子様にご指名されました

白峰暁
恋愛
元日本人のミーシャが転生した先は、災厄が断続的に人を襲う国だった。 災厄に襲われたミーシャは、王子のアーサーに命を救われる。 後日、ミーシャはアーサーに王宮に呼び出され、とある依頼をされた。 『自分の猫になってほしい』と―― ※ヒーロー・ヒロインどちらも鈍いです。

親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる

当麻月菜
恋愛
侯爵令嬢のマリアンヌには二人の親友がいる。 一人は男爵令嬢のエリーゼ。もう一人は伯爵令息のレイドリック。 身分差はあれど、3人は互いに愛称で呼び合い、まるで兄弟のように仲良く過ごしていた。 そしてマリアンヌは、16歳となったある日、レイドリックから正式な求婚を受ける。 二つ返事で承諾したマリアンヌだったけれど、婚約者となったレイドリックは次第に本性を現してきて……。 戸惑う日々を過ごすマリアンヌに、兄の護衛騎士であるクリスは婚約破棄をやたら強く進めてくる。 もともと苦手だったクリスに対し、マリアンヌは更に苦手意識を持ってしまう。 でも、強く拒むことができない。 それはその冷たい態度の中に、自分に向ける優しさがあることを知ってしまったから。 ※タイトル模索中なので、仮に変更しました。 ※2020/05/22 タイトル決まりました。 ※小説家になろう様にも重複投稿しています。(タイトルがちょっと違います。そのうち統一します)

昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ
恋愛
 剣と魔法の国オルランディア王国。坂下莉愛は知らぬ間に神薙として転移し、一方的にその使命を知らされた。  そこは東西南北4つの大陸からなる世界。各大陸には一人ずつ聖女がいるものの、リアが降りた東大陸だけは諸事情あって聖女がおらず、代わりに神薙がいた。  予期せぬ転移にショックを受けるリア。神薙はその職務上の理由から一妻多夫を認められており、王国は大々的にリアの夫を募集する。しかし一人だけ選ぶつもりのリアと、多くの夫を持たせたい王との思惑は初めからすれ違っていた。  リアが真実の愛を見つける異世界恋愛ファンタジー。 基本まったり時々シリアスな超長編です。複数のパースペクティブで書いています。 気に入って頂けましたら、お気に入り登録etc.で応援を頂けますと幸いです。 連載中のサイトは下記4か所です ・note(メンバー限定先読み他) ・アルファポリス ・カクヨム ・小説家になろう ※最新の更新情報などは下記のサイトで発信しています。  Hamu's Nook> https://mutsukihamu.blogspot.com/ ※表紙などで使われている画像は、特に記載がない場合PixAIにて作成しています

処理中です...