上 下
69 / 125
南の国の戦

国境の罠

しおりを挟む
「危ない真似をさせられないわ。ヴェンデルガルトちゃんは、大人しくしていて頂戴。あたしは一先ず、国境付近に行くわ。レーヴェニヒ王国の援軍を受け入れに行くの。でも……そうね、あなたを一人にするとバルドゥルが何かしてくるかもしれないわね……」
 必死に懇願するヴェンデルガルトを見つめて、ツェーザルは厄介な弟を思い出して頭を掻いた。
「――分かったわ、あたしと一緒に行きましょう。治療をお願いするかもしれないけど、構わない?」
「勿論です! 決して邪魔しないので、連れて行ってください!」
 ここに残して行けば、弟がよからぬ事をするかもしれない。ヘンライン王国に向かわせては、戦場になるかもしれない。アロイスとの約束を守る為、ツェーザルはヴェンデルガルトを連れて行くことを選んだ。
「では、今から行くわ。駱駝で二時間ほどの距離よ。バーチュ王国に敵意がない事を、伝えないと!」
「ベルトは、他の人達と一緒にいてね! 必ず帰って来るから!」
 青い顔のまま、ベルトは素直に頷いた。一度ぎゅっとヴェンデルガルトの身体に抱き着いて「お気をつけて」と泣きそうな声で言って、離れた。
 ツェーザルとヴェンデルガルトは、二人の兵と共に部屋を出て行った。心配そうなベルトを、残して。

「もうすぐ見えるわ、急いで!」
 ツェーザルの乗る駱駝の前に乗ったヴェンデルガルトは、土埃で中々前が見えない。十名の部下を連れて、ツェーザル達は北側の国境を目指す。もう日はすっかり落ちているので、月明りと兵が持つ松明だけで先を進む。

 次第に、何かが燃えたような焼けた匂いが漂ってきた。人々の騒めいた声も聞こえ始める。その中に、ツェーザルの駱駝が進んだ。
「バーチュ王国第一王子、ツェーザルよ!」
 その声に、安心した雰囲気が流れた。国境を護る兵士たちが、急いで彼に駆け寄って来た。
「レーヴェニヒ王国の軍を通らせようとした時に、火のついた樽が投げ込まれてきました。中には酒が入っていたようで、地面に落ちて樽が割れると爆発しました。こちらの兵と、レーヴェニヒ王国の兵が火傷を負ったようです」
 隊長らしき男が、そうツェーザルにそう報告した。駱駝を降りたツェーザルは、ヴェンデルガルトに腕を伸ばして彼女が降りやすいように助けた。
「樽を投げた者は?」
「混乱している間に、逃げたようです。ここに滞在した後があったので、数日程潜んでいたのかもしれません。レーヴェニヒ王国の軍は、通しても問題なかったでしょうか? 命令はありませんでしたが、敵意はなさそうでしたので通すつもりでしたが」
「ええ、ヘンライン王国と同盟は結べたはず。あたし達の敵は、アンゲラー王国だけよ」
 ツェーザルはそう言うと、距離を空けてこちらの様子を窺っているレーヴェニヒ王国の軍に話しかけた。

「レーヴェニヒ王国の援軍の指揮官、前に出て貰えるかしら? あたしは、バーチュ王国第一王子ツェーザル・ペヒ・ヴァイゼです! 火樽を投げたのは、アンゲラー王国の罠です! もう逃げたようなので、安心して下さい」

 よく通る声で、ツェーザルは名乗る。すると、一人の兵が火傷を負っている兵を抱えて前に出た。
「レーヴェニヒ王国大将軍補佐のバルタザールです。大将軍は火傷を負い、意識がありません」
「治療を!」
 その言葉に、慌ててヴェンデルガルトがツェーザルを抜いて前に出て、大将軍を抱えているバルタザールの傍に向かった。
「その髪と瞳……! まさか、ヴェンデルガルト様ですか!?」
 バルタザールの言葉に、レーヴェニヒ王国の兵たちが騒めいた。ヴェンデルガルトは、自分の名前が知られている事に、驚いたようだ。
「どうして私の名前を? あ! それは後でお聞きします。火傷された方は、私の傍に来てください!」
 両王国の兵が騒めいていたが、ヴェンデルガルトの言葉に大人しく従った。
治療ベハンドルング
 ヴェンデルガルトは、自分の傍に運ばれて来る人たちを順番に治していった。怪我が治った者は、皆瞬時の出来事に驚きの声を上げる。そうして、感謝の顔で必死に治療するヴェンデルガルトに頭を下げた。

 レーヴェニヒ王国の怪我人は、十五人程。バーチュ王国六名ほどだった。

「ヴェンデルガルト様は、今バルシュミーデ皇国に滞在されていると聞きましたが……何故、バーチュ王国に? ああ、名乗り遅れました。私はレーヴェニヒ王国大将軍、コンラートと申します。怪我の治療、感謝いたします。それに、ツェーザル王子、通行の許可誠に感謝いたします」
「ヴェンデルガルト王女は、事情があって今はバーチュ王国に滞在して頂いているの。それより、はやく城まで。少し休憩して頂きヘンライン王国へ向かいましょう」

 それぞれ聞きたい事があるのだが、中々聞く余裕がなかった。ツェーザルはヴェンデルガルトを駱駝に乗せて、自分も跨りコンラートを促した。
「はい、よろしくお願いいたします!」
 一行は再びまとまると、国境の警備兵に後を任せて城に戻った。その上空を、何かがひっそりと飛んで行った。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

囚われの姫〜異世界でヴァンパイアたちに溺愛されて〜

月嶋ゆのん
恋愛
志木 茉莉愛(しき まりあ)は図書館で司書として働いている二十七歳。 ある日の帰り道、見慣れない建物を見かけた茉莉愛は導かれるように店内へ。 そこは雑貨屋のようで、様々な雑貨が所狭しと並んでいる中、見つけた小さいオルゴールが気になり、音色を聞こうとゼンマイを回し音を鳴らすと、突然強い揺れが起き、驚いた茉莉愛は手にしていたオルゴールを落としてしまう。 すると、辺り一面白い光に包まれ、眩しさで目を瞑った茉莉愛はそのまま意識を失った。 茉莉愛が目覚めると森の中で、酷く困惑する。 そこへ現れたのは三人の青年だった。 行くあてのない茉莉愛は彼らに促されるまま森を抜け彼らの住む屋敷へやって来て詳しい話を聞くと、ここは自分が住んでいた世界とは別世界だという事を知る事になる。 そして、暫く屋敷で世話になる事になった茉莉愛だが、そこでさらなる事実を知る事になる。 ――助けてくれた青年たちは皆、人間ではなくヴァンパイアだったのだ。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。《改訂版》

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく……

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

処理中です...