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南の国の戦
兄弟の確執
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「頭のいい兄貴と出来のいい弟とは、俺は違うんでねぇ。以後気を付けますよ」
バルドゥルが話すと、酒の匂いが辺りに漂った。その強い匂いだけで、ヴェンデルガルトは酔いそうだった。ベルトを抱えたまま、無意識に下がる。
「何やら、稀有な魔法を使う美人がいるって噂を聞きましてね――いるなら兄貴の所かと思い、遊びに来たんですよ」
そう言って、バルドゥルはヴェンデルガルトを舐めるように眺めた。涎を垂らさんばかりの視線に、ヴェンデルガルトは凍り付いたように動けなくなった。アロイスやツェーザルとどこか似た顔をしているが、品のなさや欲にまみれたこの男には警戒しか抱けない。
「よければ仕事ばっかりの兄貴の所より、俺の所で酒でも飲んで遊びませんか? 酒に飽きたら、もっと良い事を――」
そう言ってヴェンデルガルトに手を伸ばそうとしたバルドゥルだったが、いつの間にかツェーザルが二人の間に入って抜き身のナイフを彼に向けていた。
「下がりなさい。彼女はバルシュミーデ皇国からの客人で、アロイスの婚約者候補よ。変な気を起こさないで」
弟相手に抜き身のナイフを向ける――ツェーザルは、本気だった。バルドゥルがヴェンデルガルトに触れるつもりなら、迷わず斬りつける。その殺意は、バルドゥルにもヴェンデルガルトにも分かった。
「はは、冗談ですよ。兄貴もマジになるなんて、心配し過ぎだ――まぁ、お顔を拝められたので今日はこれで退散します。もしその気になったら、俺の部屋に来てください。朝までじっくり、遊びましょうよ」
ヴェンデルガルトに伸ばそうとしたその手を上げて、ひらひらと振って部屋をゆっくり出て行った。ドアを閉めるまで、ツェーザルはその姿を見つめていた。
「ごめんなさい。あの子に目を付けられちゃったわね」
ツェーザルはナイフをおろすと、鞘に戻して背中のズボンに刺した。そうして、強い酒の残り香を消すように部屋の窓を開ける。
「いいえ、大丈夫です――ベルト、もう大丈夫よ?」
ベルトは強く眼を瞑って、まだヴェンデルガルトに引っ付いていた。安心させる様に背中を撫でた。その言葉に安心した様に、ベルトはヴェンデルガルトから離れて俯いていた。
「お茶にしましょう、息抜きに」
ツェーザルは困った様に微笑んでから、机の上のベルを鳴らした。使用人の女が、すぐに姿を見せた。
「お茶をお願い、三人分」
「かしこまりました」
女が頭を下げて部屋を出る。すると、そう待たずにチャッツが用意された。三人はそれを飲むと、それぞれホッとした息を零した。
「小さな頃はねぇ……あんな子じゃなかったのよ。あたしの後ばかり付いて来て、何時も泣いていたわ」
昔を思い出すように、ツェーザルは小さく呟いた。その声に、ヴェンデルガルトは彼に視線を向けた。
「アロイスが生まれてから、あの子は段々と病んでいったわ。坂を転げ落ちる様に、誰の声も聞かず……可哀想な子」
独り言のように、ツェーザルは話している。ヴェンデルガルトは何も言わず、チャッツを飲んだ。
『お前さえいなければ』と、傷付けられた龍を知っている。古龍の王になるはずだったのに、生涯の伴侶を探すためにそれを退けたコンスタンティン。彼は龍の中でも能力が高く、王になるように望まれていた。だから彼の代わりに王になった龍たちは、コンスタンティンと比べられて逃げ出していった。コンスタンティンに、呪いの言葉を吐いて。
「ツェーザル様は、弟君たちの事を本当に大切に思われているのですね」
ヴェンデルガルトも、兄妹たちの事を思い出す。皆大切で、大好きだった――もう、会う事は叶わないが。
「そうね、馬鹿でも賢くても……可愛い弟たちね。でも、あたしは切り捨てないといけないの。甘やかすばかりが、愛情ではないから」
どこの国も、問題を抱えているものなのだろう。国を護るのは、ヴェンデルガルトが思うよりずっと難しい。
「ツェーザル様、少しよろしいでしょうか?」
ヴェンデルガルトは立ち上がると、机の前に座っているツェーザルの傍らに座った。
「なぁに? ヴェンデルガルトちゃん」
ヴェンデルガルトは手を伸ばすとツェーザルの手を取り、瞳を閉じた。
「癒し」
ヴェンデルガルトが術を唱えると、ヴェンデルガルトから光が生まれてツェーザルの身体を包み込んだ。温かく優しく、どこか懐かしい光だった。ヴェンデルガルトの甘い香りが強くなり、ツェーザルの身体は何処か軽くなっている気がした。
「少しでも、お疲れを癒せたならいいのですが」
手を放して、ヴェンデルガルトはツェーザルの顔を見上げた。少し涙目になりながら、ツェーザルは笑顔を浮かべた。
「ええ……元気になったわ。ありがとう、ヴェンデルガルトちゃん」
バルドゥルが話すと、酒の匂いが辺りに漂った。その強い匂いだけで、ヴェンデルガルトは酔いそうだった。ベルトを抱えたまま、無意識に下がる。
「何やら、稀有な魔法を使う美人がいるって噂を聞きましてね――いるなら兄貴の所かと思い、遊びに来たんですよ」
そう言って、バルドゥルはヴェンデルガルトを舐めるように眺めた。涎を垂らさんばかりの視線に、ヴェンデルガルトは凍り付いたように動けなくなった。アロイスやツェーザルとどこか似た顔をしているが、品のなさや欲にまみれたこの男には警戒しか抱けない。
「よければ仕事ばっかりの兄貴の所より、俺の所で酒でも飲んで遊びませんか? 酒に飽きたら、もっと良い事を――」
そう言ってヴェンデルガルトに手を伸ばそうとしたバルドゥルだったが、いつの間にかツェーザルが二人の間に入って抜き身のナイフを彼に向けていた。
「下がりなさい。彼女はバルシュミーデ皇国からの客人で、アロイスの婚約者候補よ。変な気を起こさないで」
弟相手に抜き身のナイフを向ける――ツェーザルは、本気だった。バルドゥルがヴェンデルガルトに触れるつもりなら、迷わず斬りつける。その殺意は、バルドゥルにもヴェンデルガルトにも分かった。
「はは、冗談ですよ。兄貴もマジになるなんて、心配し過ぎだ――まぁ、お顔を拝められたので今日はこれで退散します。もしその気になったら、俺の部屋に来てください。朝までじっくり、遊びましょうよ」
ヴェンデルガルトに伸ばそうとしたその手を上げて、ひらひらと振って部屋をゆっくり出て行った。ドアを閉めるまで、ツェーザルはその姿を見つめていた。
「ごめんなさい。あの子に目を付けられちゃったわね」
ツェーザルはナイフをおろすと、鞘に戻して背中のズボンに刺した。そうして、強い酒の残り香を消すように部屋の窓を開ける。
「いいえ、大丈夫です――ベルト、もう大丈夫よ?」
ベルトは強く眼を瞑って、まだヴェンデルガルトに引っ付いていた。安心させる様に背中を撫でた。その言葉に安心した様に、ベルトはヴェンデルガルトから離れて俯いていた。
「お茶にしましょう、息抜きに」
ツェーザルは困った様に微笑んでから、机の上のベルを鳴らした。使用人の女が、すぐに姿を見せた。
「お茶をお願い、三人分」
「かしこまりました」
女が頭を下げて部屋を出る。すると、そう待たずにチャッツが用意された。三人はそれを飲むと、それぞれホッとした息を零した。
「小さな頃はねぇ……あんな子じゃなかったのよ。あたしの後ばかり付いて来て、何時も泣いていたわ」
昔を思い出すように、ツェーザルは小さく呟いた。その声に、ヴェンデルガルトは彼に視線を向けた。
「アロイスが生まれてから、あの子は段々と病んでいったわ。坂を転げ落ちる様に、誰の声も聞かず……可哀想な子」
独り言のように、ツェーザルは話している。ヴェンデルガルトは何も言わず、チャッツを飲んだ。
『お前さえいなければ』と、傷付けられた龍を知っている。古龍の王になるはずだったのに、生涯の伴侶を探すためにそれを退けたコンスタンティン。彼は龍の中でも能力が高く、王になるように望まれていた。だから彼の代わりに王になった龍たちは、コンスタンティンと比べられて逃げ出していった。コンスタンティンに、呪いの言葉を吐いて。
「ツェーザル様は、弟君たちの事を本当に大切に思われているのですね」
ヴェンデルガルトも、兄妹たちの事を思い出す。皆大切で、大好きだった――もう、会う事は叶わないが。
「そうね、馬鹿でも賢くても……可愛い弟たちね。でも、あたしは切り捨てないといけないの。甘やかすばかりが、愛情ではないから」
どこの国も、問題を抱えているものなのだろう。国を護るのは、ヴェンデルガルトが思うよりずっと難しい。
「ツェーザル様、少しよろしいでしょうか?」
ヴェンデルガルトは立ち上がると、机の前に座っているツェーザルの傍らに座った。
「なぁに? ヴェンデルガルトちゃん」
ヴェンデルガルトは手を伸ばすとツェーザルの手を取り、瞳を閉じた。
「癒し」
ヴェンデルガルトが術を唱えると、ヴェンデルガルトから光が生まれてツェーザルの身体を包み込んだ。温かく優しく、どこか懐かしい光だった。ヴェンデルガルトの甘い香りが強くなり、ツェーザルの身体は何処か軽くなっている気がした。
「少しでも、お疲れを癒せたならいいのですが」
手を放して、ヴェンデルガルトはツェーザルの顔を見上げた。少し涙目になりながら、ツェーザルは笑顔を浮かべた。
「ええ……元気になったわ。ありがとう、ヴェンデルガルトちゃん」
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