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南の国の戦
戦い
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「アロイス王子は銀の髪に赤い瞳。ヴェンデルガルト様の金色で作ると、色のバランスがよろしいかと」
歪んでしまった三個目を解き、それを毛糸の束に巻き直してベルトは金糸が混じった黄色の毛糸を取り出した。どうやら、今までのは練習だったらしい。
「金糸が入ると少し難しくなりますが、ゆっくり編みましょう。ヴェンデルガルト様なら、きっと編めます」
チャッツを飲むヴェンデルガルトに、ベルトはそう声をかける。相変わらず表情が乏しい子だが、編み物をしていると少し雰囲気が軟らかくなる。
ベルトの身の上話を聞きたかったが、使用人の場合デリケートな問題がある事が多いので聞くのを我慢した。彼女が自分から話してくれるのを、待つことにした。
「あ、これも美味しいわ」
ラルラが練り込まれた蒸しパンを一口食べて、ヴェンデルガルトは笑顔になる。
「それはよかったです。外の国の方は、羊の乳の癖が苦手な方が多いと聞きました。ヴェンデルガルト様は、やはりバーチュ王国に合うのかもしれませんね」
チャッツのお替りを注ぎ、蒸しケーキを頬張るヴェンデルガルトを眺めたベルトは、少し嬉しそうにそう言った。
「ヴェンデルガルト様は、他の方たちみたいに鞭で打たないので。ヴェンデルガルト様の傍に、私居たいです」
ベルトの口から、思ってもいない言葉が出てヴェンデルガルトは驚いてお菓子を食べる手を止めた。
「鞭で打つの? 王家の人は」
「はい、昔からのしきたりです。でも、第一王子様とアロイス王子は、『使用人を鞭で打つ習慣は廃止する』と言って下さっています。でも、中々なくなりません。ヴェンデルガルト様が来られるまで、第二王子のハーレムで私は働いていました。ハーレムの方は、イライラしている方が多くてすぐ打つんです。ヴェンデルガルト様は、魔法が使える蛮族だとハーレムの方たちは笑っていました。でも――天使です。ヴェンデルガルト様は、優しいです」
あまりの事に、ヴェンデルガルトは言葉がなかった。こんな、十二の子供を鞭で打つなんてひどい事が出来るなんて――悲しくなる。
「ベルト。痛い所や、痣とか傷跡はない?」
優しくベルトに話しかけると、彼女は左のズボンの裾をめくった。そこには、紫色になってしまった、打ち身らしい痕があった。あとは、右の耳の付け根付近に引っ掻かれてその傷が残ったままの跡があった。
「どちらも、鞭の痕です。足のは、ヴェンデルガルト様が来られる前の日に、お茶を運ぶのが遅くなってしまい打たれました。」
「こっちに来て、ベルト」
言われるままヴェンデルガルトの傍に行くと、ヴェンデルガルトは彼女を抱き寄せた。胸元に抱き締めて、ポンポンと背を撫でる。
「治療」
途端、ベルトの目にはヴェンデルガルトが光り輝いたように見えた――母に教えて貰った女神様、そのものの姿だ。
「ほら、ベルト。もう打ち身も耳の傷も治って無くなったわ。あ、鏡はどこかしら?」
言われて足を見ると、紫色の打ち身は綺麗に無くなっていた。ヴェンデルガルトの腕から離れて、「ヴェンデルガルト様の鏡をお借りしてよろしいでしょうか?」と尋ねる。自分の鏡があると知らないヴェンデルガルトは不思議そうな顔をしたが、頷く。ベルトはそれを確認すると、ベッドの近くの飾り棚から手鏡を取り出した。
「――本当に、消えてます。あれは私が十の時の傷跡なのに……すごい、神様です」
その時、初めてベルトはヴェンデルガルトに笑顔を見せた。子供らしい、素直で可愛らしい笑顔だった。
「なら、次は蒸しケーキとチャッツを一緒に飲みましょう。私一人でお茶をしても、楽しくないもの」
「え、それは流石に出来ません。ヴェンデルガルト様は、高貴な方です。私と一緒にお茶なんて……」
「あのね、ベルト。私は今この国にいる。この国では、私は貴族じゃないの。だから、あなたと友人にだってなれるわ」
「でも、アロイス王子の妃候補だと伺っています」
真面目なベルトは、ヴェンデルガルトを敬愛しているのでなかなか素直に頷かない。
「じゃあ、お願い! 私一人で寂しいから、お茶を飲むのをベルトも手伝って!」
そう言われると、ベルトは黙ってしまった。鏡を元の位置に戻すと、ゆっくりヴェンデルガルトの傍に戻って来た。
「分かりました、では一緒に……頂きます」
ようやく少し心を開いてくれたベルトに、ヴェンデルガルトは安心した笑顔を見せた。
丁度その頃、火の付いた馬車がバーチュ王国も門に突っ込んできた。馬や牛、駱駝が引いているのではなく、先頭に尖った丸太をくくり付けた馬車を、アンゲラー王国の兵士が押して衛士ごと門を破壊したのだ。
バーチュ王国とアンゲラー王国の戦いが始まった。
歪んでしまった三個目を解き、それを毛糸の束に巻き直してベルトは金糸が混じった黄色の毛糸を取り出した。どうやら、今までのは練習だったらしい。
「金糸が入ると少し難しくなりますが、ゆっくり編みましょう。ヴェンデルガルト様なら、きっと編めます」
チャッツを飲むヴェンデルガルトに、ベルトはそう声をかける。相変わらず表情が乏しい子だが、編み物をしていると少し雰囲気が軟らかくなる。
ベルトの身の上話を聞きたかったが、使用人の場合デリケートな問題がある事が多いので聞くのを我慢した。彼女が自分から話してくれるのを、待つことにした。
「あ、これも美味しいわ」
ラルラが練り込まれた蒸しパンを一口食べて、ヴェンデルガルトは笑顔になる。
「それはよかったです。外の国の方は、羊の乳の癖が苦手な方が多いと聞きました。ヴェンデルガルト様は、やはりバーチュ王国に合うのかもしれませんね」
チャッツのお替りを注ぎ、蒸しケーキを頬張るヴェンデルガルトを眺めたベルトは、少し嬉しそうにそう言った。
「ヴェンデルガルト様は、他の方たちみたいに鞭で打たないので。ヴェンデルガルト様の傍に、私居たいです」
ベルトの口から、思ってもいない言葉が出てヴェンデルガルトは驚いてお菓子を食べる手を止めた。
「鞭で打つの? 王家の人は」
「はい、昔からのしきたりです。でも、第一王子様とアロイス王子は、『使用人を鞭で打つ習慣は廃止する』と言って下さっています。でも、中々なくなりません。ヴェンデルガルト様が来られるまで、第二王子のハーレムで私は働いていました。ハーレムの方は、イライラしている方が多くてすぐ打つんです。ヴェンデルガルト様は、魔法が使える蛮族だとハーレムの方たちは笑っていました。でも――天使です。ヴェンデルガルト様は、優しいです」
あまりの事に、ヴェンデルガルトは言葉がなかった。こんな、十二の子供を鞭で打つなんてひどい事が出来るなんて――悲しくなる。
「ベルト。痛い所や、痣とか傷跡はない?」
優しくベルトに話しかけると、彼女は左のズボンの裾をめくった。そこには、紫色になってしまった、打ち身らしい痕があった。あとは、右の耳の付け根付近に引っ掻かれてその傷が残ったままの跡があった。
「どちらも、鞭の痕です。足のは、ヴェンデルガルト様が来られる前の日に、お茶を運ぶのが遅くなってしまい打たれました。」
「こっちに来て、ベルト」
言われるままヴェンデルガルトの傍に行くと、ヴェンデルガルトは彼女を抱き寄せた。胸元に抱き締めて、ポンポンと背を撫でる。
「治療」
途端、ベルトの目にはヴェンデルガルトが光り輝いたように見えた――母に教えて貰った女神様、そのものの姿だ。
「ほら、ベルト。もう打ち身も耳の傷も治って無くなったわ。あ、鏡はどこかしら?」
言われて足を見ると、紫色の打ち身は綺麗に無くなっていた。ヴェンデルガルトの腕から離れて、「ヴェンデルガルト様の鏡をお借りしてよろしいでしょうか?」と尋ねる。自分の鏡があると知らないヴェンデルガルトは不思議そうな顔をしたが、頷く。ベルトはそれを確認すると、ベッドの近くの飾り棚から手鏡を取り出した。
「――本当に、消えてます。あれは私が十の時の傷跡なのに……すごい、神様です」
その時、初めてベルトはヴェンデルガルトに笑顔を見せた。子供らしい、素直で可愛らしい笑顔だった。
「なら、次は蒸しケーキとチャッツを一緒に飲みましょう。私一人でお茶をしても、楽しくないもの」
「え、それは流石に出来ません。ヴェンデルガルト様は、高貴な方です。私と一緒にお茶なんて……」
「あのね、ベルト。私は今この国にいる。この国では、私は貴族じゃないの。だから、あなたと友人にだってなれるわ」
「でも、アロイス王子の妃候補だと伺っています」
真面目なベルトは、ヴェンデルガルトを敬愛しているのでなかなか素直に頷かない。
「じゃあ、お願い! 私一人で寂しいから、お茶を飲むのをベルトも手伝って!」
そう言われると、ベルトは黙ってしまった。鏡を元の位置に戻すと、ゆっくりヴェンデルガルトの傍に戻って来た。
「分かりました、では一緒に……頂きます」
ようやく少し心を開いてくれたベルトに、ヴェンデルガルトは安心した笑顔を見せた。
丁度その頃、火の付いた馬車がバーチュ王国も門に突っ込んできた。馬や牛、駱駝が引いているのではなく、先頭に尖った丸太をくくり付けた馬車を、アンゲラー王国の兵士が押して衛士ごと門を破壊したのだ。
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