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南の国の戦
知らない土地
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ヴェンデルガルトを連れたアロイスの部隊は、四日掛けて国に帰って来た。ヴェンデルガルトが眠る前にはなかった、バーチュ王国へ到着したのだ。日差しが強く、吸う息も熱く喉を通る。
「疲れただろう、来い」
アロイスに腕を弾かれて、見た事のない宮殿の奥へと向かう。煌びやかな装飾がされた部屋のドアを開けると、口元を布で隠し胸元を覆う布、膨らんだズボンにかかとの高くない靴を履いた女性が数人いる部屋だった。
「俺の嫁候補だ、着飾ってくれ」
ヴェンデルガルトを彼女達に渡すと、アロイスはドアを閉めた。
すると、部屋の中からは楽しげな声が上がる。その合間に、「そんな恥ずかしい服は着れませんー!」というヴェンデルガルトの声が聞こえて、アロイスは小さく噴き出した。
「まあ、金の髪に金の瞳! 綺麗だねぇ、王子のお嫁様なら、派手にしようよ」
「あのアロイス様が、お一人の方を選ぶのも納得だね。それに、胸もお尻もいい感じで顔もいい。どこで見つけてきたんですか?」
「やめてぇ」
ヴェンデルガルトの身体の様子を、逐一部屋の女性がアロイスに報告する。ヴェンデルガルトは、羞恥で言葉を遮ろうとしているのだろう。
暫くすると、部屋のドアが開けられた。しかし、ヴェンデルガルトは出てこない。
「ヴェンデル? 入るぞ?」
アロイスが部屋の中に入ると、胸を隠し裾にはフリンジが飾られた上衣は臍の上まで、下衣は薄い布が巻かれてスカートになった南の国の民族衣装を身に着けたヴェンデルガルトが、恥ずかしそうに女たちの背中に隠れていた。濃い紫の色合いは、彼女の金色に似合っていた。
「さすが、お前たちの選ぶものに間違いはないな。上出来だ」
アロイスは腕を伸ばして恥ずかしさで嫌がるヴェンデルガルトを抱き上げて、その部屋を出て行った。
「こ、今度はどこにいくのですか?」
ヴェンデルガルトは、アロイスの考えが分からない。泣きそうな声で、彼に尋ねた。
「俺の部屋で、茶でも飲もう。それから、飯だ。腹が減っただろ」
帰ってきた言葉は、案外普通でヴェンデルガルトは驚いた。それなら安心だろうと、強張っていた体の力を抜いく。
「北の姫様に、チャッツが口に合えばいいんだが――ま、慣れて貰わないと困るけどな」
旅の最初で聞いた、羊の乳で作るお茶だ。アロイスはヴェンデルガルトを抱いたまま、更に奥の部屋に向かった。黒っぽいドアを足で押し開けると、豪華な絨毯の敷かれた床に降ろされた。
「俺の部屋だ――まあ、正確には俺の部屋に続く部屋だ。好きに使え」
つまり、ヴェンデルガルトの部屋にしろという事だろうか。床の上に座る習慣がないので、座り方が良く分からず慣れないまま大人しく座る。その間に、いつの間にか来たのか三人の女性がお茶の用意を始めた。そうして、茶とお菓子を置いて出て行った。
甘い香りと、スパイスの香りがした。
「うん、美味い――ヴェンデル、お前も飲め」
銀食器に入れられたお茶は、確かに乳白色だ。最初に飲んだアロイスは、ヴェンデルガルトにも勧めた。
「いただきます」
どんなものか分からないので、最初は少しだけ飲んでみた。少し癖のある乳味に、砂糖の甘さと――ラズナーの香りがした。
「ラズナーが入っているのでしょうか?」
ヴェンデルガルトが尋ねると、正面に座っていたアロイスは頷いた。
「ああ、羊の乳は、少し癖が強い。それを和らげるために、ラズナーが入っている」
「まあ! 私、ラズナーが好きなんです! 美味しいですね」
今度は、じっくりと飲んでみる。ビルギットのガヌレットを思い出して、ホッとしたような吐息を零した。
「気に入って貰えたなら、良かった。毎日飲めるぞ」
アロイスが、少し表情を柔らかくして頷いた。その言葉に、ヴェンデルガルトが泣きそうな顔になる。
「でも、ビルギットがいません……ビルギットがいないと、私……一人だわ」
大きな金色の瞳から、涙が溢れて来る。突然泣き出したヴェンデルガルトに驚いたように、アロイスが立ち上がりヴェンデルガルトの横に腰を落とした。
「一緒にいた女か?」
「はい。私のメイドで……私と一緒に二百年寝ていた子です。知らない世界で、一人だなんて……怖い」
アロイスが、ヴェンデルガルトを抱き締めた。彼女が痛くないように、だが体全体で抱き締める。安心させるように、優しく。
「いずれ、ビルギットも連れて来てやる。だが――お前は一人じゃない。俺がいるから――だから、泣くな。俺がいる、ずっと」
暑さとは違うアロイスの暖かな胸の中で、次第に落ち着いたヴェンデルガルトは長旅の疲れでそのまま腕の中で眠ってしまった。
「疲れただろう、来い」
アロイスに腕を弾かれて、見た事のない宮殿の奥へと向かう。煌びやかな装飾がされた部屋のドアを開けると、口元を布で隠し胸元を覆う布、膨らんだズボンにかかとの高くない靴を履いた女性が数人いる部屋だった。
「俺の嫁候補だ、着飾ってくれ」
ヴェンデルガルトを彼女達に渡すと、アロイスはドアを閉めた。
すると、部屋の中からは楽しげな声が上がる。その合間に、「そんな恥ずかしい服は着れませんー!」というヴェンデルガルトの声が聞こえて、アロイスは小さく噴き出した。
「まあ、金の髪に金の瞳! 綺麗だねぇ、王子のお嫁様なら、派手にしようよ」
「あのアロイス様が、お一人の方を選ぶのも納得だね。それに、胸もお尻もいい感じで顔もいい。どこで見つけてきたんですか?」
「やめてぇ」
ヴェンデルガルトの身体の様子を、逐一部屋の女性がアロイスに報告する。ヴェンデルガルトは、羞恥で言葉を遮ろうとしているのだろう。
暫くすると、部屋のドアが開けられた。しかし、ヴェンデルガルトは出てこない。
「ヴェンデル? 入るぞ?」
アロイスが部屋の中に入ると、胸を隠し裾にはフリンジが飾られた上衣は臍の上まで、下衣は薄い布が巻かれてスカートになった南の国の民族衣装を身に着けたヴェンデルガルトが、恥ずかしそうに女たちの背中に隠れていた。濃い紫の色合いは、彼女の金色に似合っていた。
「さすが、お前たちの選ぶものに間違いはないな。上出来だ」
アロイスは腕を伸ばして恥ずかしさで嫌がるヴェンデルガルトを抱き上げて、その部屋を出て行った。
「こ、今度はどこにいくのですか?」
ヴェンデルガルトは、アロイスの考えが分からない。泣きそうな声で、彼に尋ねた。
「俺の部屋で、茶でも飲もう。それから、飯だ。腹が減っただろ」
帰ってきた言葉は、案外普通でヴェンデルガルトは驚いた。それなら安心だろうと、強張っていた体の力を抜いく。
「北の姫様に、チャッツが口に合えばいいんだが――ま、慣れて貰わないと困るけどな」
旅の最初で聞いた、羊の乳で作るお茶だ。アロイスはヴェンデルガルトを抱いたまま、更に奥の部屋に向かった。黒っぽいドアを足で押し開けると、豪華な絨毯の敷かれた床に降ろされた。
「俺の部屋だ――まあ、正確には俺の部屋に続く部屋だ。好きに使え」
つまり、ヴェンデルガルトの部屋にしろという事だろうか。床の上に座る習慣がないので、座り方が良く分からず慣れないまま大人しく座る。その間に、いつの間にか来たのか三人の女性がお茶の用意を始めた。そうして、茶とお菓子を置いて出て行った。
甘い香りと、スパイスの香りがした。
「うん、美味い――ヴェンデル、お前も飲め」
銀食器に入れられたお茶は、確かに乳白色だ。最初に飲んだアロイスは、ヴェンデルガルトにも勧めた。
「いただきます」
どんなものか分からないので、最初は少しだけ飲んでみた。少し癖のある乳味に、砂糖の甘さと――ラズナーの香りがした。
「ラズナーが入っているのでしょうか?」
ヴェンデルガルトが尋ねると、正面に座っていたアロイスは頷いた。
「ああ、羊の乳は、少し癖が強い。それを和らげるために、ラズナーが入っている」
「まあ! 私、ラズナーが好きなんです! 美味しいですね」
今度は、じっくりと飲んでみる。ビルギットのガヌレットを思い出して、ホッとしたような吐息を零した。
「気に入って貰えたなら、良かった。毎日飲めるぞ」
アロイスが、少し表情を柔らかくして頷いた。その言葉に、ヴェンデルガルトが泣きそうな顔になる。
「でも、ビルギットがいません……ビルギットがいないと、私……一人だわ」
大きな金色の瞳から、涙が溢れて来る。突然泣き出したヴェンデルガルトに驚いたように、アロイスが立ち上がりヴェンデルガルトの横に腰を落とした。
「一緒にいた女か?」
「はい。私のメイドで……私と一緒に二百年寝ていた子です。知らない世界で、一人だなんて……怖い」
アロイスが、ヴェンデルガルトを抱き締めた。彼女が痛くないように、だが体全体で抱き締める。安心させるように、優しく。
「いずれ、ビルギットも連れて来てやる。だが――お前は一人じゃない。俺がいるから――だから、泣くな。俺がいる、ずっと」
暑さとは違うアロイスの暖かな胸の中で、次第に落ち着いたヴェンデルガルトは長旅の疲れでそのまま腕の中で眠ってしまった。
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