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南の国の戦
不安
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先に城に着いたのは、ギルベルト達だ。ヴェンデルガルトが魔法をかけた水は傷みにくく、城に戻るまで数度の休憩で何とか時間を取られず辿り着いた。
回復魔法による疲労が強くまだ自力で立てないランドルフを抱えて、ギルベルトはジークハルトを呼ぶ様に騎士たちを急がせた。
「ランドルフ、無事だったか!」
ジークハルトとカールとイザークも慌てて来た。しかし、ビルギットが一人でいる事に目ざとく気が付いたのは、イザークだ。
「ヴェーは? ヴェーはどうしたの?」
「ヴェンデル達と落ち合った際、バーチュ王国のアロイス様に誘拐されました。どうやらわが皇国に来られた時に、ヴェンデルの存在を知り、後をつけて奪いに来たようです」
ギルベルトは、沈痛な面持ちだが悔し気にそう報告した。
「交渉の仲介に来たアロイスの歓迎の宴の席で、ラムブレヒト卿が『我が国には聖女がいるんです』と話していた気がする」
ぐったりとしたランドルフが、それでも力を振り絞りそう付け加えた。ランドルフとギルベルトは、ラムブレヒト公爵家のヴェンデルガルトへの嫌がらせの事を知らない。イザークは、「謀られたか」と舌打ちした。
「――申し訳ありません。ランドルフの怪我に、ヴェンデルの誘拐……何も出来ず、私は……」
ギルベルトは、顔色が青を越して白くなっている。騎士団長の位を剥奪されても仕方ない程の失態だ。それに、愛おしい女性が、目の前で奪われた――悔しくて堪らない。己の命で彼女を取り戻せるなら、ギルベルトはそれを望んだだろう。
「状況が悪かった。お前のせいではない――急ぎ皇帝に報告をして、ヴェンデルガルト嬢の奪還に向かう!」
カールがギルベルトの反対側に回り、ランドルフを抱えた。そうして急いで謁見室に向かう彼らの背に、ビルギットが頭を下げた。
「お願いします! ヴェンデルガルト様を……! ヴェンデルガルト様を、助けて下さい!」
涙声で懇願する彼女に、カールが笑いかけた。安心させるように、優しく返事をする。
「大丈夫、絶対に取り戻すよ! 君と同じくらい、俺達も彼女が大好きで大切なんだ!」
帰還を知ったカリーナとロルフも、この場にやって来た。泣きはらした赤い目のビルギットの身体をカリーナが抱き締めて、ロルフも心配そうに傍にいる。
「ビルギットを、休ませてやってくれ。慣れない旅で、疲れただろう。ヴェンデルガルト嬢は、必ず我が国に戻る」
ジークハルトがそう言うと、騎士団長四人を連れて急いで出て行った。
「ヴェンデルガルト様に何かあれば――私は、私は……」
ビルギットはそこまで言うと、気を失ったようにカリーナに凭れるように倒れた。
「早くベッドへ!」
カリーナからビルギットの身体を受け取ると、彼女を抱き上げてロルフは彼女たちの部屋に向かった。
「全面戦争になるね」
イザークは、足早に謁見室に向かいながらそうポツリと呟いた。鉱物利益の戦に、ヴェンデルガルト奪還。二つの戦を、五つの国が行う。
「せめて、東とは――争いたくないな」
カールの言葉は、騎士団長全員の思いだった。
この争いで、一番関係ないのはバルシュミーデ皇国と東のレーヴェニヒ王国であり、軍事力も南の三国以上だ。レーヴェニヒ王国は鉱物が取れるヘンライン王国の支援の為、この戦に参戦している。目的が違う為、争いは避けたい。
「そうならない為にも、使者を送ろう。しかしまずは、皇帝の許可を貰わなければならない」
普段は表情が揺らぐことのないジークハルトの顔が、少し強張っていた。皇帝は我が国に利益がなければ、ヴェンデルガルトを助ける許可を出すとは思えない。レーヴェニヒ公国の様に、ヘンライン公国と直接やり取りで鉱物を安く仕入れる事が出来る為、と述べるべきか? 先を歩きながら、ジークハルトはどう皇帝に報告をするか悩んでいた。しかし、ヴェンデルガルトの笑顔が浮かび、思考がまとまらない。
二百年後の世界で、ビルギットもおらずたった一人で知らない南の国に奪われた。どんなに不安で、心細いだろう――もし彼女に何かすれば、絶対に許さない。
薔薇騎士団長が、それぞれの思いを抱きながら、謁見室で皇帝が入ってくるのを待った。それは、どんなに長い時間に感じただろう。
「アンドレアス皇帝、入室されます」
皇帝の先に来た赤薔薇団の騎士がそう告げると、五人は片膝を着き頭を下げた。
「話は聞いた。ヴェンデルガルト嬢は、この国の宝だ。我とこうして話している時間があるなら、奪い返す策を考えろ――報告は、事後になっても構わん。ジークハルトに、全て任せる」
思ってもいない皇帝の言葉に、ジークハルトを始め薔薇騎士番長たちは驚いた顔になった。
回復魔法による疲労が強くまだ自力で立てないランドルフを抱えて、ギルベルトはジークハルトを呼ぶ様に騎士たちを急がせた。
「ランドルフ、無事だったか!」
ジークハルトとカールとイザークも慌てて来た。しかし、ビルギットが一人でいる事に目ざとく気が付いたのは、イザークだ。
「ヴェーは? ヴェーはどうしたの?」
「ヴェンデル達と落ち合った際、バーチュ王国のアロイス様に誘拐されました。どうやらわが皇国に来られた時に、ヴェンデルの存在を知り、後をつけて奪いに来たようです」
ギルベルトは、沈痛な面持ちだが悔し気にそう報告した。
「交渉の仲介に来たアロイスの歓迎の宴の席で、ラムブレヒト卿が『我が国には聖女がいるんです』と話していた気がする」
ぐったりとしたランドルフが、それでも力を振り絞りそう付け加えた。ランドルフとギルベルトは、ラムブレヒト公爵家のヴェンデルガルトへの嫌がらせの事を知らない。イザークは、「謀られたか」と舌打ちした。
「――申し訳ありません。ランドルフの怪我に、ヴェンデルの誘拐……何も出来ず、私は……」
ギルベルトは、顔色が青を越して白くなっている。騎士団長の位を剥奪されても仕方ない程の失態だ。それに、愛おしい女性が、目の前で奪われた――悔しくて堪らない。己の命で彼女を取り戻せるなら、ギルベルトはそれを望んだだろう。
「状況が悪かった。お前のせいではない――急ぎ皇帝に報告をして、ヴェンデルガルト嬢の奪還に向かう!」
カールがギルベルトの反対側に回り、ランドルフを抱えた。そうして急いで謁見室に向かう彼らの背に、ビルギットが頭を下げた。
「お願いします! ヴェンデルガルト様を……! ヴェンデルガルト様を、助けて下さい!」
涙声で懇願する彼女に、カールが笑いかけた。安心させるように、優しく返事をする。
「大丈夫、絶対に取り戻すよ! 君と同じくらい、俺達も彼女が大好きで大切なんだ!」
帰還を知ったカリーナとロルフも、この場にやって来た。泣きはらした赤い目のビルギットの身体をカリーナが抱き締めて、ロルフも心配そうに傍にいる。
「ビルギットを、休ませてやってくれ。慣れない旅で、疲れただろう。ヴェンデルガルト嬢は、必ず我が国に戻る」
ジークハルトがそう言うと、騎士団長四人を連れて急いで出て行った。
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「早くベッドへ!」
カリーナからビルギットの身体を受け取ると、彼女を抱き上げてロルフは彼女たちの部屋に向かった。
「全面戦争になるね」
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