上 下
49 / 125
南の国の戦

私が助けます!

しおりを挟む
 ヴェンデルガルトの乗る荷馬車は、敵意がない様にそこに停まりバルシュミーデ皇国の紋章が入った旗を振った。向こうはそれに気が付いたのか、荷馬車の横に停まると馬車の乗車室ヴァーゲンの扉を開いた。ヴェンデルガルト達も荷台から降りて、毛皮を土の上に敷いたり火を起こす。荷台にいた騎士たちは商人服のまま剣を手に周りを警戒して立ち、先ずはギルベルトが降りてきた。
「ギルベルト様、ギルベルト様はお怪我ありませんか!?」
 商人の娘風のショール姿の女性の声を聞いて、ギルベルトが驚いたようにヴェンデルガルトに向き直った。
「ヴェンデル!? どうしてあなたが!」
 王女に荷馬車で旅をさせるとは、ギルベルトは考えていないようだった。ひどく驚いたのか、片膝を着き頭を下げた。
「申し訳ありません、私が居ながらランドルフに怪我を負わせてしまい――あなたがここまで来るような事態にさせてしまいました」
「大丈夫です、気にしないでください。ランドルフ様は!?」
 騎士に担がれて、ランドルフは降りてきた。気を失っているのか、反応がない。騎士団の下に来ているシャツが未だ赤く、完全に傷が塞がらず出血が止まっていないようだ。乗車室は血の匂いで溢れていて、乗っていた騎士たちは顔色が悪い。
「すまない、水を……」
 ランドルフの血を拭くのに水を沢山使い、急いで戻る為火で水を綺麗にする事も出来なかったようだ。黄薔薇騎士団副団長のディルクが慌てて水瓶を出して、騎士団たちに水を飲ませる。ギルベルトも水を口にして、少し落ち着いたようだ。
「後ろから右肩から裏腹を添い腰へ斬られ、そして左足を突かれました。斬ったのは、アンゲラー王国の王子です。人数的に反撃は諦め、急いで馬車に乗り返ってきました。先に帰らせた者が間に合い、助かりました」

「ひどい……」
 ランドルフの姿を見て、ヴェンデルガルトは小さく声を漏らした。ビルギットは、真っ青になり倒れそうになるのを医者に受け止めて貰った。
 斬られた傷は半分ほどしか傷が塞がっておらず、時折血がにじみ出してくる。それに、斬られた痕は膿んでいるのか、腐臭に近い匂いがする。
「多分、刃に毒が塗ってあったようじゃな。肉を腐らせる毒じゃ」
 医者はざっとランドルフの身体を見て、南で採れる毒を持つ草を思い出したようだ。
「酒をかけても軟膏を塗っても傷が塞がらず、昨日まだ微かに意識があったのですが今日意識を失われて……」
「とにかく、血を止めないと! 毒に効くかは分かりませんが、治癒魔法をかけます!」
 情報を共有している間にも、ランドルフの具合は悪くなる。ヴェンデルガルトは慌てて彼の前に座り込んだ。
「治癒女神アレクシア様、お力を――治療ベハンドルング
 古龍の宝石を握り締め、ヴェンデルガルトは祈った。こんなにひどい怪我だ、普通の祈りでは治るか分からない――精一杯祈ると、ヴェンデルガルトの身体が一瞬輝いた。

「ゴフッ」

 光が収まると、ランドルフは血の塊を吐いて薄く目を開いた。体の中にあった毒が、血の塊となって出たようだ。服の間から見えている傷跡が、綺麗に無くなっていた。怪我をした痕跡は、裂かれて血で汚れた服にしかない。
 周りでその光景を見ていた騎士たちが、わっと歓声を上げた。
「ヴェ……ン、デ……」
 力なく伸ばされた手を、ヴェンデルガルトは自分から手を伸ばして抱き締めた。ランドルフは、愛おしそうに小さく微笑む。
「お水を!」
 ヴェンデルガルトがそう言うと、慌てた騎士が水を持ってヴェンデルガルトに駆け寄る。水を飲まそうとするが、体力が落ちているランドルフは上手に飲めない。水が、顎を伝い流れ落ちる。

「ごめんなさい、失礼します」
 ヴェンデルガルトはそう謝ってから、水を口に含んだ。そうして、ランドルフの状態を支えると口移しで水を飲ませた。ギルベルトは固まるが、ランドルフはその水を飲むと小さく吐息を零して瞳を伏せた。
「ヴェンデル、私が代わります」
 再び同じように水を飲まそうとしたヴェンデルガルトに、堪らずギルベルトが割って入った。確かに自分の小さな口では、あまり水を飲ませられない。ヴェンデルガルトは、ギルベルトに任せた。
「なんで、お前に……」
「許しませんよ、ランドルフ。私の前で、あんな事……」
 力なくランドルフは文句を言うが、ギルベルトは目が笑っていない。命に別状がないと分かった二人のじゃれ合いなので、ヴェンデルガルトは気にしなかった。

「水も補給した方がいいですね。ギルベルト様達が乗っていた馬車の水はもう駄目だろうし、今朝入れ替えたこちらの水も随分使いましたよね」
 ディルクにそう言うと、彼は水瓶を覗き込んだ。
「そうですね、人も増えましたし補給した方がいいですね。しかし、水を沸かすのに時間がかかります――大丈夫でしょうか?」
 確かに二馬車分の水を用意するのにいちいち鍋で沸かしていては、ランドルフの血の匂いで魔獣が来るか盗賊に襲われるかもしれない。
「ヴェンデルガルト様! 大丈夫です、いい案があります!」
 ビルギットが、声を上げた。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

処理中です...