45 / 125
南の国の戦
思い出
しおりを挟む
ビルギットは、皿を落としたままである事に気が付いていないようで、口元に手を当てたままじっとロルフを見つめていた。
「ビルギット、ビルギット!」
何度かヴェンデルガルトが彼女を呼ぶと、ようやくビルギットがハッとしたように我に返ってヴェンデルガルトに顔を向けた。
「しっかりして、ビルギット。彼は、ルーカスじゃないの」
「違う……のですか?」
ビルギットは、泣きそうな顔になる。ヴェンデルガルトは、そんな彼女を労わる様にロルフを紹介した。
「彼は、赤薔薇騎士団の方で私の専属護衛をしてくれるの」
「ロルフ・ザシャ・バッハマンと申します。どうぞよろしくお願いします」
ロルフはそう言って、ビルギットとカリーナに頭を下げた。カリーナが頭を下げると、ビルギットもぎこちなく頭を下げた。そうして、自分がパイの皿を落とした事にようやく気が付いた。慌てて、割れた皿の破片や潰れたパイを片付ける。「私も」と、カリーナが手伝った。
「新しいお茶菓子を持ってきます。ビルギットは、お茶をお願いできる?」
カリーナの言葉に頷いて、メイドの二人は部屋を出ていく。
「ごめんなさい、驚かせて」
ヴェンデルガルトがそう詫びると、ロルフが困った顔をした。
「そんなに、ルーカスという方に似ているのでしょうか? もしかして、二百年前の方ですか?」
正面の椅子を勧めるヴェンデルガルトに従い、腰を下ろしながらロルフは尋ねた。
「そうなの――ビルギットが好意を寄せていた人よ。あ、ビルギットには秘密ね? 私のせいで、二人の仲を引き裂いてしまったから」
ルーカスは、ヴェンデルガルトの兄の執事だった。ヴェンデルガルトが古龍の生贄になると決まった時、一緒に付いて来ると決めたビルギットはルーカスと結ばれるのを諦めた。だが、古龍との生活は穏やかだった。ルーカスも連れて来て欲しいと古龍に願おうとした時に、古龍は寿命がないと悟った。間が悪かったのだ。
「複雑ですが――彼女には、普通に接したらよいのでしょうか?」
「ええ、お願い。あなたがこれから側にいれば、ルーカスと違うと彼女自身で分かるはずだから。賢くて自慢の子よ、ビルギットは」
ロルフが頷くと、丁度二人が帰って来た。パイの代わりに、クッキーになっている。
「まずは、お茶にしましょう。ビルギットもカリーナも座って」
メイドが、主人とお茶? と、ロルフは不思議そうな顔になる。しかし二人は、「失礼します」と頭を下げてから椅子に座った。
「ビルギットもカリーナも、私のメイドで友人だから」
そう笑うヴェンデルガルトの横で、ビルギットは切なそうな顔でロルフを見ていた。
「分かりました、では俺も遠慮なく一緒にお茶を頂きます」
ロルフは笑顔を浮かべて、焼き立てのクッキーに手を伸ばした。
「ギルベルト様とランドルフ様が行っていた国で、何かあったのかしら?」
お茶を一口飲み、ヴェンデルガルトは遠い南の国から気を失うほど馬を走らせて帰って来た、白薔薇騎士を思い出した。
ジークハルトもカールもイザークも、怖い顔をしていた。それで、馬が気になったヴェンデルガルトはこっそり彼らがいる部屋を出られたのだ。
「もしかして、南の国で戦が起こるかもしれないそうです。我が国もその争いに関わるのか、またどの国を支援するのか――難しい政治の話になります。俺達赤薔薇騎士団は関わる事ないと思いますが――代表としてランドルフ様の紫薔薇騎士団とカール様の黄薔薇騎士団は、戦に行くことになるかもしれません」
「まあ……戦争が」
カリーナの顔色が悪くなる。それが気になるが、良くしてくれている騎士団の騎士たちが戦争に行くのは、ヴェンデルガルトには心配だった。
「しばらくは話し合いになると思います。ヴェンデルガルト様は、騎士団の無事を祈っていてください。それが、騎士団にとっては勇気になりますから」
「そうね……私は、戦争になれば役に立たないものね」
「それより、我が国はヴェンデルガルト様の事が他の国に知られないか心配なのです」
突然自分の話になったので、ヴェンデルガルトは首を横に傾げた。
「魔法を――しかも治癒魔法が使えるヴェンデルガルト様は、国の宝です。南の国にも何人か魔法が使える人がいるそうですが、治癒魔法は多分ヴェンデルガルト様だけらしいです。一瞬で怪我を治せるのは、奇跡ですから誰もが欲しがります」
戦をしないヴェンデルガルトには、ピンとこない。しかし確かに戦い中一瞬で怪我が治るなら、恐怖なく敵陣へ向かえるだろう。
「十年前の戦では、結構な人が亡くなって怪我を負った人も多かった――孤児が増えた原因です。その時にヴェンデルガルト様がいらっしゃったら――なんて、今話しても仕方ないですね」
「十年前に、戦があったの?」
ヴェンデルガルトがそう尋ねると、カリーナが涙を零して頷いた。
「ビルギット、ビルギット!」
何度かヴェンデルガルトが彼女を呼ぶと、ようやくビルギットがハッとしたように我に返ってヴェンデルガルトに顔を向けた。
「しっかりして、ビルギット。彼は、ルーカスじゃないの」
「違う……のですか?」
ビルギットは、泣きそうな顔になる。ヴェンデルガルトは、そんな彼女を労わる様にロルフを紹介した。
「彼は、赤薔薇騎士団の方で私の専属護衛をしてくれるの」
「ロルフ・ザシャ・バッハマンと申します。どうぞよろしくお願いします」
ロルフはそう言って、ビルギットとカリーナに頭を下げた。カリーナが頭を下げると、ビルギットもぎこちなく頭を下げた。そうして、自分がパイの皿を落とした事にようやく気が付いた。慌てて、割れた皿の破片や潰れたパイを片付ける。「私も」と、カリーナが手伝った。
「新しいお茶菓子を持ってきます。ビルギットは、お茶をお願いできる?」
カリーナの言葉に頷いて、メイドの二人は部屋を出ていく。
「ごめんなさい、驚かせて」
ヴェンデルガルトがそう詫びると、ロルフが困った顔をした。
「そんなに、ルーカスという方に似ているのでしょうか? もしかして、二百年前の方ですか?」
正面の椅子を勧めるヴェンデルガルトに従い、腰を下ろしながらロルフは尋ねた。
「そうなの――ビルギットが好意を寄せていた人よ。あ、ビルギットには秘密ね? 私のせいで、二人の仲を引き裂いてしまったから」
ルーカスは、ヴェンデルガルトの兄の執事だった。ヴェンデルガルトが古龍の生贄になると決まった時、一緒に付いて来ると決めたビルギットはルーカスと結ばれるのを諦めた。だが、古龍との生活は穏やかだった。ルーカスも連れて来て欲しいと古龍に願おうとした時に、古龍は寿命がないと悟った。間が悪かったのだ。
「複雑ですが――彼女には、普通に接したらよいのでしょうか?」
「ええ、お願い。あなたがこれから側にいれば、ルーカスと違うと彼女自身で分かるはずだから。賢くて自慢の子よ、ビルギットは」
ロルフが頷くと、丁度二人が帰って来た。パイの代わりに、クッキーになっている。
「まずは、お茶にしましょう。ビルギットもカリーナも座って」
メイドが、主人とお茶? と、ロルフは不思議そうな顔になる。しかし二人は、「失礼します」と頭を下げてから椅子に座った。
「ビルギットもカリーナも、私のメイドで友人だから」
そう笑うヴェンデルガルトの横で、ビルギットは切なそうな顔でロルフを見ていた。
「分かりました、では俺も遠慮なく一緒にお茶を頂きます」
ロルフは笑顔を浮かべて、焼き立てのクッキーに手を伸ばした。
「ギルベルト様とランドルフ様が行っていた国で、何かあったのかしら?」
お茶を一口飲み、ヴェンデルガルトは遠い南の国から気を失うほど馬を走らせて帰って来た、白薔薇騎士を思い出した。
ジークハルトもカールもイザークも、怖い顔をしていた。それで、馬が気になったヴェンデルガルトはこっそり彼らがいる部屋を出られたのだ。
「もしかして、南の国で戦が起こるかもしれないそうです。我が国もその争いに関わるのか、またどの国を支援するのか――難しい政治の話になります。俺達赤薔薇騎士団は関わる事ないと思いますが――代表としてランドルフ様の紫薔薇騎士団とカール様の黄薔薇騎士団は、戦に行くことになるかもしれません」
「まあ……戦争が」
カリーナの顔色が悪くなる。それが気になるが、良くしてくれている騎士団の騎士たちが戦争に行くのは、ヴェンデルガルトには心配だった。
「しばらくは話し合いになると思います。ヴェンデルガルト様は、騎士団の無事を祈っていてください。それが、騎士団にとっては勇気になりますから」
「そうね……私は、戦争になれば役に立たないものね」
「それより、我が国はヴェンデルガルト様の事が他の国に知られないか心配なのです」
突然自分の話になったので、ヴェンデルガルトは首を横に傾げた。
「魔法を――しかも治癒魔法が使えるヴェンデルガルト様は、国の宝です。南の国にも何人か魔法が使える人がいるそうですが、治癒魔法は多分ヴェンデルガルト様だけらしいです。一瞬で怪我を治せるのは、奇跡ですから誰もが欲しがります」
戦をしないヴェンデルガルトには、ピンとこない。しかし確かに戦い中一瞬で怪我が治るなら、恐怖なく敵陣へ向かえるだろう。
「十年前の戦では、結構な人が亡くなって怪我を負った人も多かった――孤児が増えた原因です。その時にヴェンデルガルト様がいらっしゃったら――なんて、今話しても仕方ないですね」
「十年前に、戦があったの?」
ヴェンデルガルトがそう尋ねると、カリーナが涙を零して頷いた。
1
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?
咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。
※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。
※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。
※騎士の上位が聖騎士という設定です。
※下品かも知れません。
※甘々(当社比)
※ご都合展開あり。


【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。


転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる