上 下
34 / 125
赤薔薇 ジークハルト

優しい光景

しおりを挟む
「明日から、通常任務に戻る事になりました」
 夕食の席で、カールがしょんぼりとした様子でヴェンデルガルトにそう話した。ヴェンデルガルトは基本城から外に出る事はないし、先日の魔獣侵入のような事件がなければそう危険がある訳でもない。
 カールは最前線で戦う騎士なので、万が一に備えなければならないのだから仕方がなかった。
「会えなくなる訳ではないのですから、そう気を落とされませんように」
 ヴェンデルガルトが慰めても、カールの気は晴れない。
「ジークハルト以外は皆ライバルだなんて、俺辛いよ」
 ジークハルトには、婚約者がいる。そのお陰で、カールはヴェンデルガルトがジークハルトと会っていても、安心しているようだ。
「時間が会えば、またこうしてお食事をしたりお茶して貰えるかな?」
 ヴェンデルガルトの様子を窺うように、カールは小さくそう尋ねた。ヴェンデルガルトは、にっこりと微笑んだ。
「勿論ですわ、カール様」
 ヴェンデルガルトに微笑まれると、カールは笑顔になった。機嫌を良くして、楽しく食事を終えてカールは部屋を出て行った。

 次の日、夕方三時の少し前。約束通りジークハルトが部屋を訪れた。「これを」と、ヴェンデルガルトに手土産をいつもの不愛想な顔で渡す。不思議な、籠のようなものに包みがふんわりと巻かれている。時折動く気配がするのが、少し不気味だ。それに、少し重い。
「あ、あの……開けてもよろしいでしょうか?」
「ああ、早く開けてくれた方がいいかもしれない」
 ジークハルトの返事は、不思議なものだった。首を傾げながら包みを開くと中には真っ白い毛で赤い大きな瞳の、垂れた耳の小さな犬らしい小動物が入っていた。ハッハッと小さく息を繰り返し、じっとヴェンデルガルトを見つめている。

「まあ、クルトにそっくり!」
「本当に……」

 ヴェンデルガルトが驚いた声を上げると、覗き込んだビルギットもそれに頷いた。ヴェンデルガルトが子供の頃に、城で姉が飼っていた魔獣のアプトという犬に似ていた。魔獣と言っても、アプトは人に害をなさない。むしろ、ちゃんとしつけをすると主を護衛してくれるのだ。

「礼は要らないと言われましたが――たまたま昨日、黄薔薇騎士団が怪我をして親とはぐれたらしいアプトを見つけた、と報告を貰い……気晴らしになれば、と連れてきた。気に召さないなら、外に放つが」
「人の匂いが付いたアプトは、仲間から嫌がられます。いいのでしょうか? 私が飼っても」
「勿論だ――許可は取ってある。君の護衛にするといい」
「まあ、嬉しい! 有難うございます、ジークハルト様!」
 すぐに、嬉しそうなヴェンデルガルトの声が上がった。籠から白いアプトを出してやり、優しく抱き締める。
 ――やはり、変わっているな。
 フロレンツィアや他の女性たちは、自分を飾り立てるものを欲しがる。アプトをあげても、眉を顰めて「いらない」と言うだろう。彼女は血が滲んだ包帯が巻かれた後ろ足に気が付くと、すぐに治癒魔法をかけてやる。アプトはそれが分かると、喜んでヴェンデルガルトの頬を舐めて飛びついている。見ていて微笑ましい、穏やかな光景だ。
「ジークハルト様、この子の名前を付けて下さらないですか?」
「俺が?」
 彼女の提案に、ジークハルトは驚いたように声を上げた。
「はい、お願いします」
 女性の頼みは出来る限り叶えてやりなさい、という叔父の言葉を思い出してジークハルトはアプトを見つめた。
「では――テオ、はどうだろう?」
 呼びやすい名前を、提案してみた。彼女が気に入るか分からないか、不思議と浮かんだ名前だ。
「素敵ですね。では、テオにします――よろしくね、テオ」
「ワン!」
 鳴き声も、犬と変わらない。テオはヴェンデルガルトの腕を降りると、ジークハルトの足元を回った。
「では、お茶にしましょう。今日は、ジークハルト様が好きなジャバの実を使った焼き菓子です。お茶は、私が好きなローズティーです」
 ビルギットとカリーナが、すぐにお茶の用意をしだす。彼女たちの邪魔にならないように、ジークハルトはテオを抱き上げた。すると尻尾を振って、テオはジークハルトの頬を舐めた。
「まあ、テオ駄目ですよ」
「いや、いい」
 不思議と、テオに舐められるのは嫌ではなかった。動物と触れ合う事で、ジークハルトは少し優しい顔になる。

 彼女といると、驚く事や初めての感情に戸惑う事がある。だけどそれらは嫌なものではなく、気恥ずかしくてくすぐったい。ジークハルトは、自分を気取らずにいられるような安心感に包まれる。

 ――やはり、不思議な女性だ。

 一度や二度のお茶で、彼女の事を理解は出来ない。ジークハルトは、もう少し長い目で彼女を見ようと……彼女の傍にいよう、と考えながらティーセットが並んだ椅子にヴェンデルガルトをエスコートして自分も椅子に座った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です

灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。 顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。 辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。 王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて… 婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。 ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。 設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。 他サイトでも掲載しています。 コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

処理中です...