上 下
27 / 125
青薔薇騎士 イザーク

古龍の記憶

しおりを挟む
 城の上階には騎士や限られた者しか行けない。食事を終えた二人は、バルコニーに出て綺麗な満月を眺めた。
「古龍は、月まで行けたのでしょうか」
「そんな話は聞いた事ないですわ。もし行けたなら、その時の話を私にしてくれたはずですもの」
 夜風は、まだ少しだが冷たい。ヴェンデルガルトの体が冷えないように、イザークは彼女を抱き寄せてマントで包み込んだ。ヴェンデルガルトの蜜のような香りに、イザークはうっとりと髪に綺麗な顔を埋める。
「イザーク様、どうして私の瞳の事を知っているのですか? それに、コンスタンティンが私を探していたと……」
「君とメイドが入っていた黄金の卵を見つけて、二年だよ。その二年の間、僕は古龍の住処を探していて――もう色々なものが朽ち果てて大地に還っている中から、古龍の日記を見つけたんだ。奇跡だよ――もしかしたら、魔法がかけられていたのかもしれない」
「コンスタンティンの、日記……?」
 古龍は、ヴェンデルガルトと一緒にいる時は、人の姿を模していた。そんな時に、日記を書いていたのだろうか。ヴェンデルガルトには、心当たりがなかった。

「読むのは大変だった――今はもう廃れた文字ばかりで、独特の表現は龍族のものなのかな? とにかく難解だった。でも何とか構成を理解して読む事が出来た。初めの方は、『つがい』となる少女が見つからない悲しみばかりだったよ。古龍には定められた番が存在するみたいだね。一目見れば、自分の伴侶だと気付くと書いてあった」

 ――ああ、それで。

 コンスタンティンがヴェンデルガルトを迎えに来た時、『待っていたよ――ああ、君を待っていた』と呟いた理由が、その答えだったのだろう。そうなると、その日記は間違いなく古龍のものだ。

「君と出逢う頃には、もう随分年老いていたらしい。でも、毎日君の事が書かれていた。何をしたら喜び、何処へ連れて行けば笑ってくれたか――まるで、ラブレターを読んでいる気分になったんだ」

 あの、穏やかで優しい時間。古龍はそれほどまでに自分を想ってくれていたのか、とヴェンデルガルトの瞳には思わず涙が溢れてきた。
「魔法が使える間に、ヴェーとメイドを魔法で封じると書いてあった。自分の魔力を与えて。そうして甦って、また君を探すつもりだと――古龍に見つかる前でよかった」
 そう言うと、イザークは彼女を抱き締めて目元の涙を指で優しく拭う。
「古龍は、絵が上手だったんだね。君の絵が何枚か日記に挟んであったよ。毎日の君の様子と絵を見ている内に分かったんだ――僕こそが、君に相応しいんだって。取り敢えずカールに世話を任せて、ずっと君を見ていた。煩わしい任務がない間、ずっと君だけを――すると、古龍の気持ちが分かる気がしたんだ。もしかしたら、僕は古龍の生まれ変わりかもしれない――そうなると、君は僕のものだ」
 強く抱き締めると、彼女の額にキスをする。何度も。しかし抱き締める腕が強くて、ヴェンデルガルトはイザークの腕の中でもがいた。
「痛いです、イザーク様!」
 苦しそうな声に我に返ったのか、ハッとしたようにイザークは力を緩める。その隙にヴェンデルガルトは慌てて後ろに下がり、カーテンに隠れた。
「ごめんね、ヴェー! 僕、君に触れられて嬉しくてつい……隠れてないで、出てきて?」
 慌てたようにイザークはカーテンの中に隠れたヴェンデルガルトに呼びかける。

 その時、遠吠えの様な獣の鳴き声が聞こえた。

「バウンド!? くそ、まだ生き残りが居たのか!」
 さっきまでヴェンデルガルトに優しい声を向けていたイザークの顔が変わった。カーテンを引き千切らんばかりにヴェンデルガルトの身体を室内に入れて、テラスの窓を閉めた。

「ヴェー、僕は行ってくる。君は、絶対に外に出ちゃだめだよ、絶対に!」
 そう言うと、慌ててイザークは部屋を駆け足で出て行った。
「危ないです、イザーク様!」
 カーテンを自分の身体から引き離しながら、出ていくイザークの背にヴェンデルガルトは叫んだ。その声に、カリーナとビルギットが部屋に入って来る。床に倒れ込むような態勢のヴェンデルガルトに、ビルギットが慌てて駆け寄る。
「獣の声が聞こえて、騎士の方たちが慌てて外に向かいましたが……」
 カリーナもヴェンデルガルトの傍に向かい、乱れた髪を慌てて撫でる。ブラシを取りに行こうとして立ち上がろうとしたカリーナとビルギットに、ヴェンデルガルトがか細く呟いた。
「魔獣が――昼間、イザーク様の部隊を襲った魔獣が出たそうよ……あんなにお怪我をなされたのに……」
 昼間の大怪我を負ったイザークの姿を思い出して、ヴェンデルガルトは小さく体を震わせた。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

処理中です...