上 下
16 / 125
紫薔薇騎士 ランドルフ

渡したくない

しおりを挟む
「お二人が眠っておられるときに、ギルベルト様が見えられたんです。団長に申し訳ない事をしたから、よければ昼食はヴェンデルガルト様もご一緒に、三人で食べないか? と、伝えて欲しいと仰られていましたよ」
 副団長のアルバンが、そう報告した。そんな事があったとは気が付かない程、深い眠りについていたのだろうか。
「そう伝えておきます、とお返事しましたが……よろしかったでしょうか?」
 ランドルフが黙ったままなので、アルバンは少し声のトーンを落として彼の顔を窺うように見た。
「っ、あ、ああ……分かった。ヴェンデルもそれでいいか?」
 少し間を開けてアルバンにそう返すと、ランドルフはヴェンデルガルトに視線を送った。彼女は微笑んで頷く。
「私も、ぜひギルベルト様にお会いしたいですわ」
 何故かその言葉に、ランドルフの心はざわめいた。ギルベルトとヴェンデルガルトが会い、仲良くなれば説得できる可能性が高い。なのに、会わせたくないという矛盾した考えが心に浮かんだからだ――カール? 勿論、彼にもだ。

「二百年前にはなかったものが食べてみたいですわ。ランドルフ様やギルベルト様のおすすめも、食べてみたいです」
 子供っぽい所に、笑みが自然と浮かんで優しくしたくなる。
「なら、このままギルベルトの執務室に向かおう。アルバン、後を頼む」
「了解しました。ですが団長、眠られていたので、マントに皴が……替えられた方がよろしいかと」
 その言葉に、くすくすとヴェンデルガルトが笑った。アルバンが渡してくれたマントを羽織り直すと、ランドルフは彼女の手首を掴んで歩き出した。来た時のように乱暴な仕草ではなく――優しく、エスコートする様に。
「ようやく春になったから、ベルーラの花のスープが美味いと思う。綺麗な紫色のスープだ。ヴェンデルの時代にはあったか?」
 執務室に向かう途中に、何気ない会話が出来るようになっていた。まるで、少年の時のような爽やかな気分に、ランドルフは照れもするが悪くないと感じている。こんなに屈折した性格になる前に、ヴェンデルガルトと出逢っていたかった。
 それに、自分の瞳の色のスープを勧めるなんて、彼らしからぬ言葉だ。
「ベルーラの花? いいえ、聞いた事ないですわ。どんな花なのかしら。ランドルフ様の瞳の色ですね」
 嬉しそうに、ヴェンデルガルトは彼を見上げた。ランドルフは少し動揺したらしく、耳が赤くなる。
「甘いが、爽やかなスープだ。花は、大きくて濃い紫色をしている。南の方で採れて、ここまで根が付いたまま運ばれる。枯れやすいからな」

 南は蛮族が多く、小さな国を幾つか作っている。それに、魔獣も現れやすい。黄薔薇騎士団のカールと青薔薇騎士団のイザークがよく討伐に向かう。その時に土産としても、持ち帰って来る。その根で繁殖させようとするが、冬が寒すぎて年を越せない。つまり、ここでは育たないのだ。春の味として、バルシュミーデ皇国では貴族に好まれていた。

「南の方との接触は、私の時代ではほとんどありませんでした。今は、交流があるのですね」
「蛮族に会わねぇなら、連れて行ってやるんだが……危険な場所だ」
 武闘派のカールと頭脳派のイザークの組み合わせだからこそ、南には向かえる。今の護衛で南をジークハルトが受け持っているが、それはギルベルトが後方を受け持つ意味を含んでいる。ジークハルトとギルベルトは同じ年なので、何かと気が合い呼吸も良く揃った。

 そんな話をしていると、すぐにギルベルトの執務室に着いた。ランドルフが、ノックをする。「ランドルフですか?」そう中から声が返ってきたので、「そうだ」とランドルフが返事をしていた。そのやり取りを聞きながら大人しく待っていたヴェンデルガルトの耳に、小さくどこかの部屋のドアが開かれるのが聞こえた。
「……?」
 ランドルフが気が付いていないようなので、ヴェンデルガルトは視線を動かして辺りを探した。青いドアの扉が少し開いていた――だが、ヴェンデルガルトが声をかける前に再び閉まってしまう。
 そちらに向かおうとしたヴェンデルガルトだったが、白い扉が開いて銀色の髪で目元を包帯で巻いた姿の男が部屋から現れた。

「初めまして――と、申すべきでしょうか? ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー様。私は、白薔薇騎士団団長のギルベルト・ギュンター・アダルベルトと申します」
 そう綺麗な声でヴェンデルガルトに挨拶をすると、片膝をついてヴェンデルガルトの手を取り白い彼女の手の甲に軽く唇を触れさせた。とても目が見えないとは思えないほど、綺麗な動きだった。
「まぁ……とても綺麗な、私のいた時代の挨拶ですわ。初めまして、ヴェンデルガルトです」

 ヴェンデルガルトは、思わず嬉しそうな声を上げた。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ騎士団の光の聖女ですが、彼らの心の闇は照らせますか?〜メリバエンド確定の乙女ゲーに転生したので全力でスキル上げて生存目指します〜

たかつじ楓*LINEマンガ連載中!
恋愛
攻略キャラが二人ともヤンデレな乙女ーゲームに転生してしまったルナ。 「……お前も俺を捨てるのか? 行かないでくれ……」 黒騎士ヴィクターは、孤児で修道院で育ち、その修道院も魔族に滅ぼされた過去を持つ闇ヤンデレ。 「ほんと君は危機感ないんだから。閉じ込めておかなきゃ駄目かな?」 大魔導師リロイは、魔法学園主席の天才だが、自分の作った毒薬が事件に使われてしまい、責任を問われ投獄された暗黒微笑ヤンデレである。 ゲームの結末は、黒騎士ヴィクターと魔導師リロイどちらと結ばれても、戦争に負け命を落とすか心中するか。 メリーバッドエンドでエモいと思っていたが、どっちと結ばれても死んでしまう自分の運命に焦るルナ。 唯一生き残る方法はただ一つ。 二人の好感度をMAXにした上で自分のステータスをMAXにする、『大戦争を勝ちに導く光の聖女』として君臨する、激ムズのトゥルーエンドのみ。 ヤンデレだらけのメリバ乙女ゲーで生存するために奔走する!? ヤンデレ溺愛三角関係ラブストーリー! ※短編です!好評でしたら長編も書きますので応援お願いします♫

悪役令嬢に転生するも魔法に夢中でいたら王子に溺愛されました

黒木 楓
恋愛
旧題:悪役令嬢に転生するも魔法を使えることの方が嬉しかったから自由に楽しんでいると、王子に溺愛されました  乙女ゲームの悪役令嬢リリアンに転生していた私は、転生もそうだけどゲームが始まる数年前で子供の姿となっていることに驚いていた。  これから頑張れば悪役令嬢と呼ばれなくなるのかもしれないけど、それよりもイメージすることで体内に宿る魔力を消費して様々なことができる魔法が使えることの方が嬉しい。  もうゲーム通りになるのなら仕方がないと考えた私は、レックス王子から婚約破棄を受けて没落するまで自由に楽しく生きようとしていた。  魔法ばかり使っていると魔力を使い過ぎて何度か倒れてしまい、そのたびにレックス王子が心配して数年後、ようやくヒロインのカレンが登場する。  私は公爵令嬢も今年までかと考えていたのに、レックス殿下はカレンに興味がなさそうで、常に私に構う日々が続いていた。

【本編完結】美女と魔獣〜筋肉大好き令嬢がマッチョ騎士と婚約? ついでに国も救ってみます〜

松浦どれみ
恋愛
【読んで笑って! 詰め込みまくりのラブコメディ!】 (ああ、なんて素敵なのかしら! まさかリアム様があんなに逞しくなっているだなんて、反則だわ! そりゃ触るわよ。モロ好みなんだから!)『本編より抜粋』 ※カクヨムでも公開中ですが、若干お直しして移植しています! 【あらすじ】 架空の国、ジュエリトス王国。 人々は大なり小なり魔力を持つものが多く、魔法が身近な存在だった。 国内の辺境に領地を持つ伯爵家令嬢のオリビアはカフェの経営などで手腕を発揮していた。 そして、貴族の令息令嬢の大規模お見合い会場となっている「貴族学院」入学を二ヶ月後に控えていたある日、彼女の元に公爵家の次男リアムとの婚約話が舞い込む。 数年ぶりに再会したリアムは、王子様系イケメンとして令嬢たちに大人気だった頃とは別人で、オリビア好みの筋肉ムキムキのゴリマッチョになっていた! 仮の婚約者としてスタートしたオリビアとリアム。 さまざまなトラブルを乗り越えて、ふたりは正式な婚約を目指す! まさかの国にもトラブル発生!? だったらついでに救います! 恋愛偏差値底辺の変態令嬢と初恋拗らせマッチョ騎士のジョブ&ラブストーリー!(コメディありあり) 応援よろしくお願いします😊 2023.8.28 カテゴリー迷子になりファンタジーから恋愛に変更しました。 本作は恋愛をメインとした異世界ファンタジーです✨

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

親友に裏切られた侯爵令嬢は、兄の護衛騎士から愛を押し付けられる

当麻月菜
恋愛
侯爵令嬢のマリアンヌには二人の親友がいる。 一人は男爵令嬢のエリーゼ。もう一人は伯爵令息のレイドリック。 身分差はあれど、3人は互いに愛称で呼び合い、まるで兄弟のように仲良く過ごしていた。 そしてマリアンヌは、16歳となったある日、レイドリックから正式な求婚を受ける。 二つ返事で承諾したマリアンヌだったけれど、婚約者となったレイドリックは次第に本性を現してきて……。 戸惑う日々を過ごすマリアンヌに、兄の護衛騎士であるクリスは婚約破棄をやたら強く進めてくる。 もともと苦手だったクリスに対し、マリアンヌは更に苦手意識を持ってしまう。 でも、強く拒むことができない。 それはその冷たい態度の中に、自分に向ける優しさがあることを知ってしまったから。 ※タイトル模索中なので、仮に変更しました。 ※2020/05/22 タイトル決まりました。 ※小説家になろう様にも重複投稿しています。(タイトルがちょっと違います。そのうち統一します)

昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ
恋愛
 剣と魔法の国オルランディア王国。坂下莉愛は知らぬ間に神薙として転移し、一方的にその使命を知らされた。  そこは東西南北4つの大陸からなる世界。各大陸には一人ずつ聖女がいるものの、リアが降りた東大陸だけは諸事情あって聖女がおらず、代わりに神薙がいた。  予期せぬ転移にショックを受けるリア。神薙はその職務上の理由から一妻多夫を認められており、王国は大々的にリアの夫を募集する。しかし一人だけ選ぶつもりのリアと、多くの夫を持たせたい王との思惑は初めからすれ違っていた。  リアが真実の愛を見つける異世界恋愛ファンタジー。 基本まったり時々シリアスな超長編です。複数のパースペクティブで書いています。 気に入って頂けましたら、お気に入り登録etc.で応援を頂けますと幸いです。 連載中のサイトは下記4か所です ・note(メンバー限定先読み他) ・アルファポリス ・カクヨム ・小説家になろう ※最新の更新情報などは下記のサイトで発信しています。  Hamu's Nook> https://mutsukihamu.blogspot.com/ ※表紙などで使われている画像は、特に記載がない場合PixAIにて作成しています

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...