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ヴェンデルガルト

二度目の記憶の目覚め 

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 私がある日見た夢。それはではない姿を、教えてくれるものだった。

 私は、ブラック企業に勤めていた普通の会社員だった。通勤の電車の中でするゲームである「聖女と五人のイケメン薔薇騎士団」という恋愛体験ゲームが、私の唯一の至福の時間だった――そう、あの日までは。

 初めての、憧れの騎士一人目を攻略出来るまで後僅かの日。疲れた足取りで最終電車に乗ろうとして、フラフラと歩いてきた酔っ払いにぶつかられてホームに落ちた。そうして、入ってきた電車に轢かれてしまった――と、思う。ホームから落ちた途端、固い鉄のぶつかる甲高い音と衝撃で、私の意識はそこまでで途切れていた。

 そうして目が覚めると、何故か私は幼児になっていた。しかも、ドレスやメイド服を着ている宮殿の様な豪華な場所で。日本でない事は、確かだ。まさか、本で見かける異世界転生? かと思い事情を聞こうかとしたが、幼児の私は話せない。話せるまで、とにかく皆の会話を聞いて知ろうとした。自分が暮らす、この世界の事を。
 まず、私の名を呼ぶメイドの言葉に驚いた。
「ヴェンデルガルト様、今日は天気が良いので庭に参りましょう」
 と、『あのゲーム』の主人公の名前で呼ばれた事だ。基本的に主人公の名前は好きに変えられるのだけど、基本のままだとボイス付きで呼ばれるので主人公の名前は変えずにいた。美しいイラストと素敵な声で、私は会社の激務から癒されていたのだ。

 そうして成長していくうちに、私はゲームの主人公として生まれ変わっている事を受け入れた。『ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー』、それが私の今の名前。上に兄が二人、姉が二人、下に弟と妹がいる七人兄弟だ。バッハシュタイン第三王女、いずれ嫁ぐ身――って、もう十三歳になるのにイケメン騎士五人出てこない! たまたま国の名前と私の名前が一緒だったのか。と、ひどく落ち込んだのを覚えている。私と仲のいいメイドのビルギットに慰められて、それでもここで生きて行こうと思った。

 しかしこのままだと、私はすでに愛妾が何人もいる侯爵の嫁になる。父から、「成人になる十六歳になれば婚礼の準備をしよう」と、聞かされたが――そんなのはごめんだと、幸い魔力を持っていた私は「治癒魔法」を極めて、修道院へ入る気でいた。

 十六歳になるまで、後二年のある日。父である王と宰相や臣下達が、深刻そうに何事かを話しているのを見てしまった。騎士たちに囚われているのは、平民の服を着て泣きじゃくっている私と同じくらいの赤毛の可愛い女の子だった。何かの罪を働いたのかと思って見守っていたが、どうも違うらしい。「まさか、百年目が今年だったとは」と、臣下の誰かが呟いた。「古龍に捧げられて、聖なる乙女heilige Jungfrauになれるんだ。光栄に思いなさい」宰相のその言葉を聞くと、私は急いで書庫へ向かった。小さい頃に聞いた事がある――古龍の花嫁伝承だ。

 書物で確認すると、確かに「百年ごとに美しい乙女を古龍に捧げる」と書物に書かれていた。確か今年は、一六〇〇年。祝いの祭典の準備も行われている。

 許せない、と私はドレスの裾を握り締めた。民衆がいるお陰で、王国が成り立つのだ。それなのに、王家――王国を護る為に一人の女の子が犠牲になるなんて。

 一度死んで、おまけみたいな人生だ。それに、もしかしたらあの侯爵に嫁がされるかもしれない――私は、自分が古龍の花嫁になる決心をした。


 そうして、迎えに来た古龍の優しい瞳を私は忘れない。
『待っていたよ――ああ、君を待っていた。私は、コンスタンティンだ』
 古龍は、確かにそう名乗った。それから、私を背に乗せて彼の家に向かった。食べられる訳ない。こんなに優しい瞳の持ち主が、そんな事をする訳がない。


 それから、たった二年。私と古龍、付いて来てくれたビルギットの三人での優しい二年の生活を過ごした。

『ヴェンデルガルト、お別れになるけれど――必ず、また君を探すから。今は私の我儘を許して欲しい』

 苦しそうに古龍はそう告げて、私とビルギットに魔法をかけた。それから、私はまた意識を失っていた。


「目覚められました? ――ヴェンデルガルト王女」


 何故か懐かしい、ビルギットの声だ。

 ――私は、瞳をゆっくり開いた。
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