戦争犯罪人ソフィア

司条西

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4:アレックス

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「残念です」

悪夢のような判決から3日後。
拘置所へ面会に来たアレックス上等兵が肩を落として言った。

「軍事法廷に控訴は無いわ、私はそう遠くないうちに処刑されるでしょう。遅くても半年、早ければ1か月後といったところかしら」

己の命のタイムリミットをソフィアはそう淡々と告げた。
この事実を受け入れるまでに、拘置所の独房でどれだけ涙を流したかわからない。

「だから今のうちに身の回りの整理をしておきたいの。両親のことは弟が何とかしてくれると思うけど、友人やお世話になった人にも伝えたい事があるし、遺品分けもしたいから……その……手伝ってもらえるとありがたいのだけど……」

「もちろんです、中尉のためなら喜んで!」

面会室のアクリル板の向こうで、アレックス上等兵が見事な敬礼をする。
その姿を見てソフィアは俯きがちだった顔を上げた。

「ありがとう、アレックス上等兵」

「でも中尉、諦めないでください。軍事法廷に控訴はありませんが、ゲール軍司令部の書類審査による減刑の可能性はまだ残されています」

戦地にいた時のように表情を引き締めるアレックスに、ソフィアは首を横に振る。
その美貌には微笑みさえ浮かんでいるが、どこか痛々しい。

「難しいと思うわ、ゲール軍がそう簡単に判決を覆すとは思えないもの」

「ですが!」

食い下がろうとするアレックスを手で制するソフィア。

「もういいのよ」

そして彼女は大きく息を吸い込むと、こう言い切った。

「私はもうすぐ死ぬ、それが運命なのよ」

重い沈黙が面会室を包み込んだ。
アレックスは何か言おうと口を開きかけるが、言葉が紡ぎ出される事はない。

「そろそろ時間です、429番、戻りますよ」

ルイーゼ伍長が面会室にそう告げる。
アレックスは再び立ち上がると、深く頭を下げた。
面会時間はとうに過ぎていたのだが、ゲールの女軍人は見逃してくれたのだ。

「ありがとうございました、また来ます、必ず」

面会室から出ていくアレックスを見送ると、ソフィアは両手をルイーゼ伍長の前に差し出した。
冷たい手錠が両手を戒め、腰縄に繋げられる。
そしてその姿のまま独房へと連行された。

「部下に慕われていますね」

「いえ、そんなことはありません、ただ彼が優しいだけです」

腰縄を握るルイーゼ伍長の言葉に、ソフィアは首を左右に振る。

「あなたは素晴らしい隊長だったのですね」

その優しい声にソフィアは嬉しげに微笑む。
失われていた自尊心が戻る気分だった。
しかし独房に戻り手錠を外されると、再び美貌が硬くなる。。
ルイーゼ伍長が厳粛な顔つきに戻っていたからだ。

「429番、あなたに残念な知らせがあります」

事務的な口調にソフィアはビクッと震えて背筋を伸ばす。
いかに親しみを覚えようとも、囚人として躾けられた体が自然に動くのが悲しかった。

「先ほど司令部から通達があり、あなたを死刑囚用の監房へ移すよう命令がありました」

「そうですか」

ソフィアは思わず肩を落とす。
だが次の言葉はさらに彼女を打ちのめした。

「担当の看守もそこで交代します」

「えっ、ええっ!」

蒼い目を見開いて驚くソフィアの声に、今度は恐怖と不安が混じる。
監房を変わるのは良いとしても、ルイーゼ伍長と離れるのは避けたかった。

「これは軍の決定です。明日の朝までに私物をまとめてください」

「はい」

そう言い残してルイーゼ伍長が扉を閉める。
が、完全に締め切る前に、隙間からぼそりと呟いた。

「ソフィアさん」

項垂れていたソフィアの顔がはっと上がる。
ルイーゼ伍長から番号ではなく、名前で呼ばれたのは初めてだった。

「辛いとは思いますが、決して希望を失ってはいけませんよ。私のような敵国の兵士は信じられなくても、せめてアレックスさんのことは信じてあげてください」

そう言葉が終わると、独房の扉は静かに閉められた。
コツ、コツと足音が遠ざかるのを聞きながら、ソフィアはベッドに腰を下ろしてぼんやりと床を見つめていた。



その頃、アレックスは自分の安アパートに戻っていた。
机の上にはバンナ島捕虜殺害事件に関わる新聞のスクラップや、かつての戦友から事件について聞いて回った証言のメモがある。
全てソフィア中尉を助けるために必死にかき集めたものだ。
それを見ながらアレックスは、判決までの経緯を想い返す。

『良心の呵責に耐えきれなくなったので白状します』

全てはそのような書き出しで始まる、ゲールの占領軍司令部へ送られた匿名の投書から始まった。
捕虜殺害の密告を受けたゲール軍は、すぐに司令官だったダニエル中佐に任意同行を求めて尋問を開始。
中佐はすぐに捕虜殺害の事実を認めた、しかし

『自分が事件を知ったのは事後であり、事件はアイリーン大尉、スミス中尉、ケイト少尉ら部下の暴発である』

そう主張し自己の責任は否定した。
対して主犯格とされたアイリーン大尉ら3名の将校は

『捕虜の殺害はダニエル中佐に承認され実行したものである』

と、強く弁明。
さらに自分の罪を少しでも軽くするため

『自分たちが実行犯であることは認めるが、捕虜殺害の意思決定にはバンナ島海軍警備隊全ての将校が参加した』

そう証言した。
こうして命令者や責任の所在が不明確なまま、ゲール国内では捕虜殺害の報道だけが過熱。
また戦死者の一人である機長のグスタフ大佐(死亡時は少佐)が、戦時中の活躍により英雄と呼ばれる人物だったことが災いした。

「戦犯へ厳罰を! アルトリア人を許すな!」

復讐を叫ぶ声が高まり、世論に押されたゲール軍は少しでも関係が疑われる者を全て逮捕するという強硬策に出る。
ソフィア中尉も『捕虜殺害の謀議に加わった疑い』および『墜落した爆撃機に対して適切な救助活動を行わず、機内に残された機長および搭乗員を故意に見殺しにした疑い』で逮捕されたたというわけだ。

「これは裁判という形式を取っただけのアルトリア人への報復だ。だいたい故意に見殺しって何だ? 燃料に引火して爆発炎上する機体からどうやって救助しろと? そもそも墜落した時に死んでいたかもしれないじゃないか!」

アレックスは固く握りしめた拳でテーブルを叩いた。
机の上にある本や新聞のスクラップが浮き上がるほどの強さだった。

「関係者の大量処刑は最初から決まっていたのだろう。だからこんないい加減な裁判になったんだ」

忌々しそうにアレックスは呟く。
判決文では捕虜殺害の動機について全員が『バンナ島海軍警備隊員の異常なストレスが起こした悲劇』の一言で片づけられており、個々の責任はろくに語られていない。
そのため教唆者と被教唆者、積極的参加者と消極的参加者、情状酌量などが全く考慮されず、ほとんどの関係者が等しく刑を受けるという量刑の初歩的法則さえ無視した判決になっている。
いちおう減刑が認められ有期刑や無罪になった者もいるにはいる。
だがそれらはみな階級が低く、殺害にも直接関与していないため、そもそも被告になったのが不思議な者ばかりなのだ。

「彼らはゲールが公平な裁判を取り繕うために、あえて被告にされたのだろう」

アレックスはそのように訝しんでいる。
そして弁護人だったハンス弁護士の言葉を思い出す。

『このような稚拙な仕事を裁判として記録するのは、我がゲール連邦の名誉を大いに傷つけることになるでしょう』

判決の後、ハンス弁護士は裁判官に向かってこう言い放った。
同胞のゲール人にさえここまで言われるほど、酷い裁判だったのだ。
そんなもので敬愛する上官を失うなど、あまりに無念でアレックスには耐えられない。

「ゲール軍がまともな裁判さえしてくれれば、中尉の死刑が不当であることはわかるはずななのに」

アレックスの声は怒りで震えている。
判決文でも語られている通り、当時のバンナ島海軍警備隊が異常な空気だったのは事実だ。
連日の爆撃により戦友を殺されゲール人への敵意は頂点に達し、負傷した捕虜に対して貴重な医薬品を使うことに反対する者は多かった。
だがそんな中でも、良心を失わない者はいた。

「捕虜に対しては必要な治療するように、責任は私が取ります」

ソフィア中尉がそう言ったのを、アレックスはよく覚えている。
治療に当たったローガン衛生少尉をかばい、批判の矢面に立ったのも彼女だった。
そのため一時期は将校の中でもかなり立場が悪くなったと聞いている。
しかしゲール軍はそんな事さえも考慮せず、ソフィア中尉に死刑判決で報いたのだ。

「とにかく証拠だ、何としてもゲール軍が再審を考慮するに足ると認める証拠を集めるしかない。それをハンス弁護士に渡せば何とかしてくれるはず。今の俺ができることは、それしか……」

途方もなく堅固な要塞に未来が塞がれるような気になりながら、アレックスは必死に集めた資料を読み込んで突破口を探した。
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