戦争犯罪人ソフィア

司条西

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3:判決

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「主文、被告人ダニエル中佐以下バンナ島海軍警備隊将校9名と下士官12名を、捕虜の虐待致死、死体冒涜の罪で絞首刑に処す」

(え?)

ソフィアは耳を疑った。
法廷がどよめき戦犯容疑者、いや戦争犯罪人となった者に向けられるカメラのフラッシュが一層激しくなる。

(嘘よ、嘘でしょ、この後にきっと減刑についての説明があるはず)

だがソフィアの願いは叶わなかった。
続いて裁判長が読み上げたのは、水兵に対する判決。
こちらも30人中24人が絞首刑、1人が懲役20年、3人が懲役10年、無罪は2人だけという厳しいものであった。

(そんな、私が死刑、そんなバカな、そんな)

主文に続いて判決理由が述べられるが、ソフィアの耳には入らない。
頭の中が「なぜ?」という言葉で埋め尽くされ、思考さえできなくなる。
弁護人のハンス弁護士が裁判官へ猛抗議をするのを背に、ソフィアは再び手錠を嵌められ放心状態のまま退廷した。



「済まなかったね、まさか君まで死刑になるとは思わなかったよ」

ダニエル中佐の言葉で、ソフィアはようやく我に返った。
気が付くと最初に連れて来られた裁判所の控え室へと戻っていた。

「こんな事件に巻き込んで、君のような前途有望な若者の未来を奪って済まないと思う、どうか許してくれ」

細身だが190センチある長身を折って、ダニエル中佐が頭を下げた。

(何を今さら、ここで謝るくらいなら、どうして最初から司令官の責任を果たさないの。あなたがアイリーン大尉に好き勝手させたから、こんな事になったんじゃない)

頭の中でダニエル中佐を非難するソフィア。
彼には言いたい事がたくさんあった。
しかしかつての部下に頭を下げる哀れな中年男の姿を見ると、何も言えなくなってしまう。

(ずるい、この人はいつもこう)

ダニエル中佐について周りの人間は決まって「いい人」と答える。
だがそれは優しいとはイコールではない。
誰とでも要領よく接し、強く出る者にはへつらってその場を丸く収め、波風を立てぬよう立ち回る人という意味だ。
だからトラブルが起これば必ず強い者の肩を持ち、弱い者には手を差し伸べず傍観者に回ってしまう。
海軍警備隊を仕切るアイリーン大尉とその一派にとって、彼はさぞ「都合のいい上司」だったに違いない。

「あいつらだ、あいつらが密告者よ!」

ソフィアの背後から金を切るような声が聞こえる。
騒いでいるのはアイリーン大尉だ。
彼女の視線の先にいるのは、アントン一等兵とクレア二等兵。
先の裁判で無罪判決を受けた二人だ。

「どうしてあなたたちが無罪なのよ、あの晩のリンチにも参加していたじゃない。絶対におかしいわ、この売国奴!」

ヒステリックに騒ぐアイリーン大尉に、今度は周囲も味方した。
無罪判決へのやっかみもあるのだろう、みな二人の若い水兵に厳しい目を向けている。
かつては海軍警備隊を仕切っていただけあり、敵を作って自分に支持を集めるアイリーン大尉の嗅覚はずば抜けていた。

「てめぇが仲間を売った密告者か!」

続いて怒鳴り声をあげたのはスミス中尉。
ツーブロックの髪形で、いかにもスポーツマンといった風体をしている。

「そ、そんな、僕もクレア二等兵も密告なんてしてませんよ。無罪になったのは、直接の殺害には関わっていなかったことと、リンチに無理やり参加させられたからだって、判決でもそう理由を……」

「うるせぇ、仲間を裏切ったゲールの犬は黙ってろ!」

アントン一等兵の弁明は、スミス中尉の一喝により遮られた。
ベースボールで鍛えた威圧感のある巨躯が、二人の「裏切り者」へと迫る。

「だいたい無理やりって何だ! いつ仲間がそんな事をした! そうやって罪を仲間に転嫁して自分だけ助かろうなんて、仲間に対して恥ずかしくないのか!」

仲間、仲間と連呼してアントン一等兵とクレア二等兵を責め立てるスミス中尉。
普段は親分肌で面倒見がよい男ではあるのだが、自分の定義する「仲間」から少しでも外れた者は徹底的に排撃する悪癖がある。
かつてはアレックス上等兵がその被害に合っていたものだ。

(……ッ!)

スミス中尉の勝手な言い様にソフィアは無性に腹が立つのを感じた。
彼とはアレックス上等兵を引き抜いた時に諍いがあり、以来あまり良い関係ではない。
陰ではアイリーン大尉と一緒に自分のことを「将校の地位を使って男漁りをする淫乱」だの、「内地では軍のお偉方に気に入られるために股を開いていた」だのと、事実無根の噂を広めていたことも知っている。
積もりに積もった鬱憤が爆発したソフィアは、気が付くと声を張り上げていた。

「いい加減にしなさい、あなたこそアルトリア軍人として恥ずかしくないの!」

ソフィアの言葉にスミス中尉はたじろぎ、一歩後ろへと後ずさりする。
自分が言葉で殴られる側になるとは想像もしていなかったらしい。

「密告者が二人とまだ決まった訳ではないでしょう。だいたい私たちが死刑になったのは、もとを辿ればあなたとアイリーン大尉とケイト少尉が捕虜のリンチをけしかけたせいじゃない。それでよく他人を責められるものね!」

「なんだって、もういっぺん言ってみろ、このアバズレ!」

そう叫んだのはアイリーン大尉だ。
額に青筋をむくむく這わせ、ソフィアの前へとやって来る。
一触即発の空気に、戦犯を管理するルイーゼ伍長らゲールの兵士たちが動き出す。
すると突然、大きな音が窓の外から聞こえてきた。

ドサッ!

それは地面に何かが衝突する音だった。
続いてカミラ軍曹の悲鳴が響く。

「きゃ、きゃぁぁぁぁっ、ケイト少尉!」

窓の側にいたカミラ軍曹が地面を指さした。
そこにはコンクリートの上でぐったりと倒れ、頭部から血を流すケイト少尉の姿があった。
おそらくトイレへ行って一人になった際に、窓から飛び降りたのだろう。

「静かにしなさい!」

ルイーゼ伍長が騒ぐアルトリア人の囚人たちを一喝する。
先ほどまでの醜い争いは嘘のようにピタリと止まり、彼らは新しい出来事にざわめいた。

(確かに様子は変だったけど)

ソフィアの頭に護送中のケイト少尉の姿が浮かぶ。
裁判を前に心ここにあらずといった感じではあったが、まさか自殺を考えていたとは思いもよらなかった。
騒然とする控え室から、ソフィアたちは追立てられるように外へと連れ出される。
そしてすぐに拘置所へとその身柄を戻された。
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