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千代女が意識を取り戻したのは、明け方のことであった。
縄で縛られたままの手首、木枷をはめられた足首、そして全身に残る笞跡の痛み。
石畳に横たえられた身体は、あらゆる箇所が悲鳴をあげている。

(生きてここを出ることは、もはや望めないな)

自分でも意外なほど冷静にそう思えた。
もし情報を漏らしても、待っているのは幕府による一族の粛清。
そして死ぬまで裏切り者として追われ続ける人生だ。
誇り高い千代女には、絶対に選べぬ選択肢である。

(この拷問蔵が、私の死に場所となるのか)

木格子の向こうに目をやると、おぞましい責め道具の数々が見える。
あの器具で責められ続け、やがて苛烈さを増した拷問の中で惨めに悶え死ぬ。
それが自分に定められた運命なのだと千代女は悟る。

(忍びになってから覚悟していた事ではないか、恐れることはない)

千代女は唇をかみしめ、震えの止まらぬ体を必死に鼓舞する。

(上様、そして神君家康様、千代女は最後まで徳川家へ忠義を尽くしてみせます。そして磯田様、私はここで無様に死ぬことになりますが、どうか大曾根の不正を暴いて幕府を守ってください)

心の中でそう呟いた時、ガチャリと鍵の外れる音が響いた。
思わずはっと身構えた千代女へ、室内へと入って来た二階堂がにやりと笑う。

「ほっほっほっ、幕府のくの一よ、そろそろ気は変わったかの?」

軽薄そうな口調と裏腹に、二階堂の瞳に宿る光は鋭く剣呑なものだ。
ごくりと唾を飲みこみながら、千代女は首を左右に振った。

「私はただの旅の者です、幕府など関係ありません。何度言えば……あうっ!」

千代女の言葉は、腹への蹴りにより遮られた。

「自分でも無駄とわかっている芝居はやめよ。そなたの正体はもう知っておる、千代女と申す御庭番の忍びであろう?」

ゲホゲホと咳き込みながら、千代女は鳥のように眼を見開いた。

(素性まで割れているとは……いったい、どうして)

訝しむ千代女だが、それを考える間もなく髪を掴まれ体を起こされた。
そして水だけ与えられ、木馬に乗せられる。

「あ、あうっ!」

鋭く削り立てられた木馬の背が、千代女の股間に容赦なく食い込む。
苦痛を少しでも和らげようと太腿に力を込めて木馬を挟み込むが、無駄な努力であった。
苦痛はますます激しくな。

「ぐぅっ! くぅぅ」

「どうじゃ、三角木馬の乗り心地は。動くと辛いから、できるだけ動かぬことを勧めるぞ」

「よ、余計なお世話よ」

「良い返事じゃ、今度の忍びは美しいだけでなく、心の方も上物と見える。まったく責め甲斐があるわい」

そう言って二階堂が侍に目配せすると、千代女の両足に金属製の足枷が嵌められた。
さらに梁から吊された縄が、千代女の上肢を戒める縄に繋がれる。
これでどれだけ暴れようが、木馬から逃れる事はできなくなった。

「さあ千代女よ、もはや白を切ろうとしても無駄じゃぞ。幕府に仕える隠密として知っている情報を、洗いざらい吐いてもらおう」

「誰が、そんなことを。幕府に仕える忍びでこの程度の拷問に屈する者などおらぬ!」

「その強がりが、いつまで続くかな?」

二階堂は千代女の前に座ると、酒を飲みながら千代女の足掻く様を眺めた。
しばらく時が過ぎる。
木馬の上にいる千代女は、全身に油汗を浮かべ、肩で息を始めるようになった。

「はぁ、はぁ、うぅっ!」

「そろそろ素直になったか?」

「そんなわけ、あるものか」

股間への激痛に耐えながら、気丈にも二階堂を睨みつける千代女。
すると二階堂は短い鎖がついた錘を持って来た。

「まだまだ元気がありそうじゃな、ならこれを付けても大丈夫であろう」

「ひっ!」

怯えの表情をする千代女の足枷に、錘が取り付けられる。
ズシッと両足に荷重がかかった瞳は、大きく目を見開き、ピンと上体を仰け反らせた。

「ぎゃっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「いい声で鳴くようになったわい」

二階堂は笑いながら錘を足で揺らす。
限度を超えた股間への苦痛に、千代女は激しく左右に首を振って絶叫する。

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

「そろそろ素直になったらどうだ」

「お、お断りよ!」

「強情な女だ、なら考えが変わるまで待たせてもらおう。好きなだけ木馬の乗り心地を楽しんでくれ」

そう言うと二階堂は、下女たちに命じてなんと拷問倉で宴会を始めた。
侍たちも木馬で悶えるくの一を肴に、楽しそうに酒を飲んでいる。

(こ、この男たちは)

怒りに身を震わせる千代女だが、木馬からは逃れる術はない。
宴席の見世物とされた千代女は、激痛と屈辱の中でただ耐え続けた。
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