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11.運勢を占ってみる

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「うう……痛かったよぅ。でもすごい楽になった……ありがと、ヒワちゃん……」

 アニカは涙目でヒワに礼を言った。

「お役に立てたなら何よりです。もしよければ明日もやりますからね」
「う……」

 いっそ明日は本当にセイランにおんぶでもしてもらおうか。そう考えるアニカだった。

「そろそろ食事もできる頃です。行きましょうかアニカ様。……アニカ様?」

 アニカに手を差し出すナディネ。しかしアニカはそれを無視して立ち上がった。

「……よし。行こっかヒワちゃん」
「はい」
「……アニカ様? その、私は……」

 手の行き所をなくしたまま、ナディネは困惑する。アニカはつーんと横を向いたまま言った。

「ふーんだ。裏切り者のナディネなんか知らないっ」
「お、お待ちください! 私はアニカ様のことを思って……」
「その割にすごく楽しそうに見てましたよね、アニカさんの事。なんか、恍惚って感じの顔で」
「ひ、ヒワ! なにをありもしないことを……! そもそもあなたが……!」

 慌てたように取り繕うナディネを放っておいて、アニカは焚火の方へと向かった。

「よーし! いっぱい食べようねヒワちゃん!」
「アニカ様っ!? アニカ様ぁー!!」




 焚火の近くではセイランが鍋からスープを取り分けていた。

「遅かったなナディネ。スープが煮えたようだったからよそって……ってどうしたんだ?」
「……なんでもないのです。ああ、私の馬鹿馬鹿……」

 半泣きの表情を見せるナディネを目に止め、セイランが尋ねたが要領を得る返事は返ってこなかった。

「……アニカ? なにがあったんだ?」
「ふんだ。ナディネは、私がヒワちゃんのマッサージ受けてるとこ楽しそうに眺める薄情者なんだよ」
「……な、なるほど」

 おおよその事情は察したものの、なんと言っていいかわからないセイラン。結局選んだ選択肢は当たり前のものだった。

「ま、まあ飯にしようか!」




 食事は保存がきく堅パンに、ナディネ特製の野菜と豆のスープだった。

「……うん。おいしいです」
「ああ! ナディネは料理がうまいのだな! 調味料もたいしたものはなかっただろうに!」

 せわしなくスプーンを動かすヒワとセイラン。村を出るときや昼に一応の食事はしたが、きちんとした温かい食べ物は久しぶりなのだろう。

「お、お口に合ったのであれば何よりです。……あ、アニカさ……。いえ、なんでもありません……」

 賛辞を受けたナディネは相変わらずさえない表情だ。セイランは苦笑して、ひとまず無言で食べるアニカに話しかけた。

「しかし、ヒワのツボ押しはきつかっただろう? アニカ」
「ヒワちゃんの指が足にめり込むかと思ったよ……。でも疲れが一気になくなった!」
「ま、効果は確かだからな。俺でも叫ぶくらいの激痛だが」

 そう言って再びスープに口をつけるセイラン。と、アニカはなんだか申し訳ない気分になった。

「考えて見たら私、なにもしてないや。みんなに食事用意してもらって、マッサージされて……」
「アニカさんの仕事は明日に備えて体力を温存することですよ」
「うーん。でもなんかお礼を……。あっ、そうだ!」

 ひとつ思いつく方法があった。アニカとしてはグレーゾーンだがまあいいだろう。

「私、占いができるんだ! もしよかったら運勢を見てあげるよ!」
「そんなことできるんですか? それってあのオンミョウ……、っと失礼しました」

 思わず口走りそうになった言葉を飲み込むヒワ。

「あはは……。まあ、どういう由来のやり方かは置いといて。ヒワちゃん、今14歳って言ってたよね? 誕生日は?」
「12月の……」

 ヒワから誕生日を聞いたアニカは、その辺にあった枝で地面に円を描いた。

 いくつかのスペースに区切るよう線を入れ、霊符に書かれていたような文字を書いていく。

「生まれた日付で運勢がわかるのか?」
「そ。あと、実際占いをしている今この日、この時刻も要素の一つだよ。ほんとは道具を使うと細かく視れるんだけど……」

 そういったものはほとんど先生の所に置いてきたから仕方がない。地面にいくつも文字を書き続けながらアニカは集中する。

十二月将じゅうにげっしょう功曹こうそう日干支ひえと乙卯きのとう四課三伝しかさんでんは……」

 アニカのつぶやきに比例して、地面の円に様々な文字が模様の様に増えていく。

十二天将じゅうにてんしょう天后てんこう吉神きっしん凶殺きょうさつを配して……。よし、できた!」

 アニカはパンっ、と両手を叩いた。出来上がった図面は複雑で、それでいて規則正しい美しさがある。

「わぁ……すごいです、アニカさん!」

 ヒワの声には珍しく感激がこもっていた。セイランも大声で言う。

「おお! かなり本格的ではないか! 書いていることや言っていることはさっぱりわからんが、やるなアニカ!」
「へへ。けっこう当たるんだからね」
「それで、あたしの運勢はどうなんです?」

 アニカは図面を改めて覗き込んだ。実はここまでは覚えている公式に当てはめたに過ぎない。どう読み取るかが腕の見せ所である。

「んーとね。運勢全体はかなりいいよ? しばらくは穏やかに幸運を維持してる感じ。あとは……おっ! 待ち人と縁談の運気がすごく高まってるよヒワちゃん!!」
「うん? どういうことなんですか?」
「ものすごくざっくばらんに言うと、素敵な恋の始まりの予感って感じかな!」
「ほほう……」

 セイランが凄味のある笑顔でつぶやく。

「ヒワに恋愛話か……。どういう男が来るか楽しみだな。俺の目にかなうヤツがはたしているかな……」
「ホントにいい人がいたら、兄さんの許可なんかとりませんけどね」
「いや。とりあえずは拳で語らせてもらうぞ、ヒワ!」
「セイラン……。けっこう兄馬鹿なんだね……」

 アニカは半目で呆れたようにセイランに言った。

「兄として当然の責務だ! で、俺の方も視てくれるんだろう? 生まれたのは……」
「任せて! えっと、十二月将は従魁じゅうかい……。十二天将は貴人きじん……。吉神・凶殺を配し……、は、配して……」

 図面が出来上がるにつれて、アニカの顔が引きつっていった。

「で、できたけど……なにこれ!?」
「どうしました? 兄さんはいつ死にますか? どんな惨たらしい死に方を?」
「ヒワ……お前な……」

 妹のあまりの物言いにうなだれるセイラン。しかしアニカにそれを顧みる余裕はなかった。

「セイラン!! こんなの初めて見た!!」
「な、なんだ。……そんなに悪いのか?」
「違うよ!! !!」

 アニカは枝で図面をベシベシと叩きながらセイランに詰め寄る。

「悪いとこが見当たらない……。こんな結果になる事ってあるの? どれだけ天に愛されてるのセイラン!?」
「おお、そうか!! いやはや、バラ色の未来が待っているのだな!!」

 不安な表情が一変、喜色を爆発させるセイラン。ヒワは白けたように兄を見つめた。

「なんか腹立ちますアニカさん。なんとか悪い予兆はありませんか?」
「うん、頑張って探してみる!」
「……おい。頑張るものではないだろう」

 セイランのツッコミは無視し、アニカはかなり真剣に図面に目を走らせる。

「健康……うっわなにこの徳神とくじん。絶対元気じゃんこんなの。失せ物……うわぁ、出てきそー。争いは? えーと、起こるけどすぐ解決しそうだし。あとは、あとは……あ! あった!」

 ようやく曲解すれば悪いと言えなくもない場所を見つけ、アニカはセイランに指を突きつける。

「セイラン! しばらく出産は控えたほうがいいよっ!」

「……お、おう。そうする、アニカ」
「アニカさん……」
「ってああ! 間違えたっ!」
「お前ら……そんなに俺の不幸を願っているのか」
「うう……。だって常軌を逸してるんだもん。どれだけ前世で善行積んだのセイラン……」

 無性に悔しくなってしまったアニカに、セイランは近づく。

「じゃあ今世でも善行を積むか。人助けだ。アニカ」
「……なに? 実は子供産める体質だったりするの?」
「するか。……いい加減ナディネを何とかしてやれ。見ていて痛々しい」
「ナディネ? ……うわ」

 盛り上がる三人の蚊帳の外、ナディネは一人寂しく皿をつついていた。どうやら色とりどりの豆を種類ごとに分けているらしい。

「アニカさん……さすがにアレは……」
「まったく……。そこまで怒っているわけではないのだろう?」
「う、うん。正直タイミングを逃しただけだから……」

 アニカは恐る恐るナディネに近づいた。

「えーと、ナディネ? 久しぶりにナディネも占ってみる?」
「あ、あ、あ、アニカ様……!」

 ナディネは持っていたスプーンを取り落とした。皿に分けられていた豆がモザイクガラスの様に散らばる。

「私も……私も占っていただけるのですかっ!」
「うん。あ、あとスープごちそうさま。ごめんね、言うのが遅くなって」
「アニカ様ぁぁ!!!」

 号泣しながらアニカに抱き着くナディネ。

「もう……もう二度と口をきいていただけないのではとっ……!」
「い、いや大げさな……。それで? 占ってみよっか?」
「はいっ! アニカ様と私の相性を重点的にお願いいたしますっ!」
「……またそれ?」

 アニカの占いでナディネが聞くのはいつもそればっかりだった。そしていい結果が出るまで何度もやり直す羽目になるのである。

「ま、私も大人げなかったし仕方ないか……」

 罪滅ぼしに今夜はナディネの気が済むまで付き合ってあげよう。アニカはとっくに覚えたナディネの誕生日から図面を書き始めた。
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