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5.アニカの力

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「た、たったの銀貨5枚ですかい!?」

 日が暮れ、わずかな月明りと松明の火のみに照らされた農村。村長はアニカたちと接していた時とは全く違う卑屈な態度で叫んだ。

「なんだ不満かよ? 偉くなったもんだなぁ、村長サンよ」

 野盗は10人前後だろうか。革の鎧にこん棒や弓矢など、思い思いの武器を持っている。親玉らしいひげ面の男が不敵に笑った。

「ふ、不満なんて滅相もねぇ! ただ、もうちょい上乗せしてもらえるとなにかと……」
「上乗せ? 増やせってのか? ぎゃはははは!!」

 なにがおかしいのか下品な声をあげる親玉。他の野盗もにやにやしている。

「い、いやいや! 気分を悪くしたなら謝りまさぁ!」
「悪くしちゃいねぇよ? むしろいい気分だ。そうだな……倍の銀貨10枚でどうだ?」

 慎ましくしていれば人一人が一か月くらい食べることができる金額である。もっとも奴隷4人の値段にしてはそれでも安すぎるのだが。

「へ、へいっ。ありがとうございやす! では銀貨10枚で……」

 荒くれ者相手に値段交渉で粘ればいつ殺されるやもしれない。村長はこの辺で手を打つことにした。元手はほとんどかかっていないのだ。もらえるだけ儲けものである。

「で、支払いはいつ? 今お持ちですかね?」
「なに言ってやがる。お前が払うんだよ」
「……は?」

 何を言われたのか理解できない様子で固まる村長。

「厄介者四人を引き取る手数料ってとこだな。いやあ、自分から上乗せを申し出るなんていい心掛けじゃねぇか!」
「そ、そんな! そいつはあんまりで……ひ、ひいっ!」

 村長の言葉は眉間に突きつけられた曲刀に遮られた。

「おいおいお前が言い出したことだぜ? その4人と銀貨10枚、さっさと持ってきな。いやだってんなら……」

 手下たちがこれ見よがしに武器をちらつかせる。

「わ、わかりやした! お、おい! 俺の家に行って女房に伝えろ! 何してる、急げ!」

 付き添っていた村人の一人が慌てて駆けだした。すぐに革袋を持って戻ってくる。

「どれどれ……。おう、確かに受け取ったぜ。さてと、じゃあ早いとこその馬鹿どもを……」
「待てぇぇぇい!!!」

 闇夜に勇ましい声が響いた。

「な、なにもんだ!?」

 驚き、声の方に松明を向ける村長と野盗たち。納屋の屋根に黒づくめの男が立っていた。

「問われて名乗るもおこがましいがよかろう! 俺は世を忍び夜を駆ける者、セイラン! 悪党ども、月夜の忍者の恐ろしさ、思い知るがいい!!」
「あ、あのヘンタイ……! くそっ、見張りは何してやがる!」

 毒づく村長が視線を下に落とすと、見張りに置いておいた村人が気を失った様子で倒れていた。他の三人の娘の姿もある。

「あの男は何を考えているのですか!? 早く逃げればいいものを、見つかってしまったではありませんか!!」

 ナディネがヒワに詰め寄る。セイランは当て身で見張りを倒した後、何をとち狂ったのか屋根に上って大声をあげたのだ。

「あー。ダメですね。月夜に野盗、兄さんが大好きなシチュエーションです。全員成敗するまで止まりませんよ」
「なにその理由!? 考えなしにも限度があるでしょ!?」

 アニカも呆然とするが、セイランは実に楽しそうである。

「……おい。あれがお前が言ってた商品か?」
「へ、へい。あの高いところが好きなナントカと、下の女三人でさぁ」

 村長の答えに、親玉はしばしポーズを決めるセイランを眺めていた。げんなりした様子で呟く。

「……あいつはいらねぇ。馬鹿すぎて売れそうにない」
「奴隷仕事も無理ですかい……」

 村長も疲れたように言う。親玉は視線をアニカたちに向けるとやや気を取り直したようだった。

「まあ娘っ子はいいじゃねぇか。えらいべっぴんさんが一人と……ガキ二人か。ま、ガキの方も将来性はありそうだ。……おい」

 親玉はセイランを指さして手下に指示を出す。

「女どもはケガさせんなよ。あのバカはいい、とっとと殺せ」
「合点でさぁ!」

 弓を持っていた数人が矢をつがえた。ヒュンッ、とセイランに向けて放たれる。

「ふん!」

 セイランは短剣を抜き放ち一閃した。一瞬の間があり、なにかが屋根の上にぱらぱらと落ちる。矢が両断されてセイランの足元に転がった。

「……なっ!?」
「我が忍者刀の切れ味とくと見たか! はーはっはっはっは!!」
「野郎、舐めたマネを……!」

 高笑いするセイランに向かって、激高した手下の一人が走り出す。

「馬鹿の分際であんまり調子に乗ると……」
「……遅いです」

 不意に手下の耳元で声が聞こえた。訝しむ間もなく目の前に少女が現れる。手下の両肩を掴むと地を蹴り、時計の針の様にピンと体を伸ばして回転した。勢いをつけて背中に回り、両足で蹴りを入れる。

「どわぁああああ!?」

 手下はなすすべもなく顔から地面に突っ込んだ。しばらくぴくぴくとしていたが、やがて動かなくなる。

 見事着地も決めたヒワは無表情でピースサインを決めた。

「な、なんだこいつら!?」
「女だからって甘く見んな! 全員でかかれ!」

 親玉の命令通り、残っていた手下がヒワに殺到する。

「助太刀するぞヒワ! とうっ!」

 セイランは屋根を蹴り空中へ躍り出た。そのままヒワをかばうように着地……するかと思われたのだが。途中で失速する。

 ……ゴンッ、という音が響き、セイランの頭とヒワの後頭部が激突した。そのまま二人重なって倒れこむ。

「……なにしてるんですか。兄さん」
「……い、いてててて……。すまん、腹が減って足に力が入らん……」
「奇遇ですね。あたしもです。やっぱりミルクだけじゃ……」
「ああ……」

 力尽きたように脱力するセイランとヒワ。

「ちょ、ちょっと二人とも!?」

 アニカの呼びかけにも最早答えは返ってこない。

「ったく、手間かけさせやがって……!」

 一瞬気勢をそがれた様子だった手下たちが、気を取り直して二人に迫る。

「あ、アニカ様!!」
「えーと、えーと、えーと。……ああもう! 仕方ないなあ!!」

 アニカは心を決めた。一応自分たちを助けてくれた二人のためだ。致し方あるまい。

 頭巾から一枚の紙を取り出す。五芒星と、普通の人間には読めない文字が書かれた霊符。アニカは素早く指で空を切る仕草をすると、霊符を掲げた。

「出でよ、いと早くいと気高き者、オオグチマカミ。……急急きゅうきゅう如律令にょりつりょうっっ!!!」

 霊符が光り輝き、五芒星から巨大な白いオオカミが咆哮と共に飛び出した。
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