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1.理不尽すぎる連座
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「ゴッドフリート前王の娘、アニカ王女よ。そなたの罪は重い」
目の前の男は厳めしい顔で言った。王城の一室に集った指揮官や兵たちも大半が頷く。アニカはビクッと身を縮めて目を閉じうつむいた。
「前王の悪政、暴虐の数々。虐げられた民のなんと哀れな事か……。それを諫めようともせず、多くの嘆きの上でそなたは生きてきたのだ。償いが必要であろう?」
「あ、あの、教皇様っ」
アニカは意を決して言葉を発した。機嫌を損ねないようニコッと笑うつもりだったが、頬が引きつっただけである。
「ほう、申し開きがあるのかね?」
教皇はじっとアニカを見つめた。すでに老年にさしかかっている彼は、立派な絹の服と赤いマントも相まって威圧感たっぷりである。
「え、ええとですね。私、王女といっても一番下の7人目の側室の娘なんです」
「ああ」
「もっと言うと18人兄妹の末っ子なんです。お父様はちゃんと私の顔をを覚えていたのでしょうかね、あ、あはは」
「存じておる」
アニカの必死の冗談にも教皇の表情は崩れない。
「え、えっとえっと。お母さまが私が6歳の時に亡くなって、それから今まで10年間ずっと他国に行かされていたんですよ」
「そなたの母君の実家の国であったな」
「さっすが教皇様はなんでもご存じですね! まあ実家でも邪魔だったみたいで、体よく全寮制の学校に追い払われたんですけど……」
アニカはそこで言葉を切って教皇を見た。残念ながら同情を誘えた様子もない。
「え、えへへっ。一応貴族も通う学校だったんですけど、暮らしはほとんど平民と同じで。あ、なので私貴族っぽく話せないんです、ごめんなさい教皇様っ」
「……アニカ王女」
ペコリと頭を下げたアニカに対し、教皇は深いため息をついた。
「そなたの生い立ちは聞いている。それで、何が言いたいのかね?」
「つ、つまりですね。私がこの国にいたのなんてそれはもうちっちゃいころの事なんです。そんな子が『おとーさまー、もっと民をだいじにしてー』とか言えたかって話を……ひゃっ!」
ダンッ! 教皇の机を叩く音でアニカの弁明は遮られた。
「……王族たるもの、いかに幼くとも責務は全うしなければならぬ」
「そんな! 幼児にかける期待が多すぎませんか!? 『ウンチ』とか言われただけで爆笑する年頃ですよ!?」
「ウ、ウン……。コホン。それが王族というものだ」
仮にも王女の口から出るとは思えない単語に初めて教皇は言葉に詰まった。しかし意見は変わらないらしい。
「第一そなたの養育費は前王から支払われていたのだろう? もとをただせば市民の血税ではないか」
「そんなのがめついおじいさまの懐にほぼ消えましたよ! 月々のおこづかいなんてせいぜい銅貨30枚ですよ! ちょっとハチミツ買ったらそれで消えます!」
「ハチミツ? なぜそんなものを……」
「ちょっとずつ舐めるために決まってるじゃないですか!」
寮の食事ででてこない甘味を味わうため、費用と量を考えた答えがハチミツだったのだ。裕福な平民ですらもうちょっとまともなお菓子を食べているだろう。
「……と、ともかく!」
教皇はさすがにあぜんとした様子だったが、すぐに気を取り直した。
「アニカ王女。この国にもはや王族など不要なのだ。そなたは他の王族と同様に火刑に処す」
「か、火刑!? 火あぶりですかっ!?」
アニカは椅子から立ち上がり涙目で叫ぶ。
「そんなのやです! 一番苦しいヤツじゃないですか! せめてもっと楽に殺し……いやいや楽でもいやですっ! 助けて神様!!」
「神に仕える私が命じているのだ」
「神様はロースト王女なんて食べませんよっ! いーやーだー! 誰かー!!」
「ええい、おとなしくせよ! おい、この娘を縛って……」
「教皇様。しばしお待ちを」
教皇の命令は別の者に遮られた。この場には似つかわしくない、まだアニカと同じくらいの年頃の少年が手を挙げている。
「……勇者殿。なにかね?」
きらびやかな鎧姿に立派な剣を携えた少年。彼は微笑みながら教皇に言う。
「確かに彼女には情状酌量の余地があるのではありませんか? 他の王族と違って随分と貴族らしからぬ暮らしだったようだ」
「しかし……」
教皇は忌々し気にアニカを睨みつける。アニカは最大限の応援をうるんだ黒い瞳に込め、少年に視線を送った。
「罪は罪です。しかし殺すには至らないでしょう。なに、神へはすでにたくさんの王族を捧げているのです。彼女ひとりの血が不足だからと言ってお怒りになることもありませんよ」
「……後に憂いを残すことになるぞ、勇者殿」
教皇がまだ渋っていると、少年はアニカに近づいた。素早く剣を抜き放ち、首元に突きつける。
「わわっ!?」
「アニカ王女。僕たちは自由を勝ち取った。もし君が元王族であることを頼りに、再びそれを奪おうとするならば……」
首元のひんやりとした感触が重みを増す。アニカは本心から即答した。
「しませんしません!! 私は今日からただのアニカですっ! フツーの仕事に就いて目立たず生きていきます! だから火刑も打ち首もいやー!!!」
「……教皇様?」
少年は剣を引き、教皇に尋ねる。周囲の者たちも固唾をのんで成り行きを見守っていた。やや同情の目が向けられているのは気のせいではないだろう。
「……。此度の革命に尽力した勇者殿の頼みだ。致し方あるまい」
教皇はそういうと舌打ちし、アニカに向き直った。
「アニカ王女、いやアニカ。そなたをこのレーベルク国から追放する。生涯帰還は許さぬ。馬鹿な事は考えず、拾った命をせいぜい惜しむがいい」
「あ、ありがとうございまふっ……」
緊張の糸が切れたのか、最後まで舌が回らなかった。へなへなと椅子に座り込むアニカに休む間は与えられず、兵たちに両脇を抱えられた。そのまま部屋の外へ連れ出される。
「アニカ様っ!!!」
外に出ると一人のメイドが駆け寄ってきた。20代半ばといったところだろうか。乱雑な運び方をする兵を払いのけ、アニカを支える。
「アニカ様! ……おいたわしや。だからレーベルク国に戻るべきではなかったのです!」
「あ、あはは。そうだねナディネ……」
忠実なナディネは周りの兵をキッと睨んで言う。
「アニカ様に何の罪があるというのですか。御身を害するというのであれば、私が相手に……」
「大丈夫だよ、ナディネ」
アニカはポンポンとナディネの背中を叩いた。
「死罪は免れたから。国外追放だって。わざわざ呼び寄せてまた追い出すなんて二度手間だよね……」
目の前の男は厳めしい顔で言った。王城の一室に集った指揮官や兵たちも大半が頷く。アニカはビクッと身を縮めて目を閉じうつむいた。
「前王の悪政、暴虐の数々。虐げられた民のなんと哀れな事か……。それを諫めようともせず、多くの嘆きの上でそなたは生きてきたのだ。償いが必要であろう?」
「あ、あの、教皇様っ」
アニカは意を決して言葉を発した。機嫌を損ねないようニコッと笑うつもりだったが、頬が引きつっただけである。
「ほう、申し開きがあるのかね?」
教皇はじっとアニカを見つめた。すでに老年にさしかかっている彼は、立派な絹の服と赤いマントも相まって威圧感たっぷりである。
「え、ええとですね。私、王女といっても一番下の7人目の側室の娘なんです」
「ああ」
「もっと言うと18人兄妹の末っ子なんです。お父様はちゃんと私の顔をを覚えていたのでしょうかね、あ、あはは」
「存じておる」
アニカの必死の冗談にも教皇の表情は崩れない。
「え、えっとえっと。お母さまが私が6歳の時に亡くなって、それから今まで10年間ずっと他国に行かされていたんですよ」
「そなたの母君の実家の国であったな」
「さっすが教皇様はなんでもご存じですね! まあ実家でも邪魔だったみたいで、体よく全寮制の学校に追い払われたんですけど……」
アニカはそこで言葉を切って教皇を見た。残念ながら同情を誘えた様子もない。
「え、えへへっ。一応貴族も通う学校だったんですけど、暮らしはほとんど平民と同じで。あ、なので私貴族っぽく話せないんです、ごめんなさい教皇様っ」
「……アニカ王女」
ペコリと頭を下げたアニカに対し、教皇は深いため息をついた。
「そなたの生い立ちは聞いている。それで、何が言いたいのかね?」
「つ、つまりですね。私がこの国にいたのなんてそれはもうちっちゃいころの事なんです。そんな子が『おとーさまー、もっと民をだいじにしてー』とか言えたかって話を……ひゃっ!」
ダンッ! 教皇の机を叩く音でアニカの弁明は遮られた。
「……王族たるもの、いかに幼くとも責務は全うしなければならぬ」
「そんな! 幼児にかける期待が多すぎませんか!? 『ウンチ』とか言われただけで爆笑する年頃ですよ!?」
「ウ、ウン……。コホン。それが王族というものだ」
仮にも王女の口から出るとは思えない単語に初めて教皇は言葉に詰まった。しかし意見は変わらないらしい。
「第一そなたの養育費は前王から支払われていたのだろう? もとをただせば市民の血税ではないか」
「そんなのがめついおじいさまの懐にほぼ消えましたよ! 月々のおこづかいなんてせいぜい銅貨30枚ですよ! ちょっとハチミツ買ったらそれで消えます!」
「ハチミツ? なぜそんなものを……」
「ちょっとずつ舐めるために決まってるじゃないですか!」
寮の食事ででてこない甘味を味わうため、費用と量を考えた答えがハチミツだったのだ。裕福な平民ですらもうちょっとまともなお菓子を食べているだろう。
「……と、ともかく!」
教皇はさすがにあぜんとした様子だったが、すぐに気を取り直した。
「アニカ王女。この国にもはや王族など不要なのだ。そなたは他の王族と同様に火刑に処す」
「か、火刑!? 火あぶりですかっ!?」
アニカは椅子から立ち上がり涙目で叫ぶ。
「そんなのやです! 一番苦しいヤツじゃないですか! せめてもっと楽に殺し……いやいや楽でもいやですっ! 助けて神様!!」
「神に仕える私が命じているのだ」
「神様はロースト王女なんて食べませんよっ! いーやーだー! 誰かー!!」
「ええい、おとなしくせよ! おい、この娘を縛って……」
「教皇様。しばしお待ちを」
教皇の命令は別の者に遮られた。この場には似つかわしくない、まだアニカと同じくらいの年頃の少年が手を挙げている。
「……勇者殿。なにかね?」
きらびやかな鎧姿に立派な剣を携えた少年。彼は微笑みながら教皇に言う。
「確かに彼女には情状酌量の余地があるのではありませんか? 他の王族と違って随分と貴族らしからぬ暮らしだったようだ」
「しかし……」
教皇は忌々し気にアニカを睨みつける。アニカは最大限の応援をうるんだ黒い瞳に込め、少年に視線を送った。
「罪は罪です。しかし殺すには至らないでしょう。なに、神へはすでにたくさんの王族を捧げているのです。彼女ひとりの血が不足だからと言ってお怒りになることもありませんよ」
「……後に憂いを残すことになるぞ、勇者殿」
教皇がまだ渋っていると、少年はアニカに近づいた。素早く剣を抜き放ち、首元に突きつける。
「わわっ!?」
「アニカ王女。僕たちは自由を勝ち取った。もし君が元王族であることを頼りに、再びそれを奪おうとするならば……」
首元のひんやりとした感触が重みを増す。アニカは本心から即答した。
「しませんしません!! 私は今日からただのアニカですっ! フツーの仕事に就いて目立たず生きていきます! だから火刑も打ち首もいやー!!!」
「……教皇様?」
少年は剣を引き、教皇に尋ねる。周囲の者たちも固唾をのんで成り行きを見守っていた。やや同情の目が向けられているのは気のせいではないだろう。
「……。此度の革命に尽力した勇者殿の頼みだ。致し方あるまい」
教皇はそういうと舌打ちし、アニカに向き直った。
「アニカ王女、いやアニカ。そなたをこのレーベルク国から追放する。生涯帰還は許さぬ。馬鹿な事は考えず、拾った命をせいぜい惜しむがいい」
「あ、ありがとうございまふっ……」
緊張の糸が切れたのか、最後まで舌が回らなかった。へなへなと椅子に座り込むアニカに休む間は与えられず、兵たちに両脇を抱えられた。そのまま部屋の外へ連れ出される。
「アニカ様っ!!!」
外に出ると一人のメイドが駆け寄ってきた。20代半ばといったところだろうか。乱雑な運び方をする兵を払いのけ、アニカを支える。
「アニカ様! ……おいたわしや。だからレーベルク国に戻るべきではなかったのです!」
「あ、あはは。そうだねナディネ……」
忠実なナディネは周りの兵をキッと睨んで言う。
「アニカ様に何の罪があるというのですか。御身を害するというのであれば、私が相手に……」
「大丈夫だよ、ナディネ」
アニカはポンポンとナディネの背中を叩いた。
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