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第二章 人間に崇拝される編

65.お酒は楽しく飲みましょう

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「おほん! では改めて再会を祝してってことで……かんぱーいっ!」

 ツツミの音頭から、皆がグラスを合わせる。様々な問題が一段落したころには夜になっており、なにはともあれ宴会という運びとなったのだった。

『…………! ……!』

 テーブルの上には所狭しと料理や飲み物が並べられ、イザナミさんが嬉々として皆に取り分けている。

「ありがとうございますイザナミさん。それにしても……料理までこなされるとは……」

 レカエルがピザを手に取り感嘆の息を漏らす。冥界はレストラン施設も充実していた。調理を担当するのはもちろんイザナミさんである。ファーストフード、洋食、和食、中華。メニューも豊富だ。

「冥界にきてからは厳密には食事の必要はないのだが……。死してもうまい食事というのは心を豊かにしてくれるな!」

 そう言ってハンバーガーにかぶりつくミノタリア。口元についたケチャップが艶めかしい。

「うんうん! 現世で頑張った人たちにはご褒美がなくっちゃね! おいしいご飯は基本だよ!」

 ツツミは食卓を眺めご満悦だ。冥界創りの折、神使パワーをフル活用して食料供給システムを創った甲斐があったというものである。

 地上とは比べ物にならない生活環境の充実っぷりだったが、既に一生を終えた者たちがたどり着く場所なのだ。少々甘くしても問題はあるまい。

「あ、ご主人様。グラスが空ですね。お注ぎします、さあどうぞ」

 タンチョウがにこやかにツツミに近寄る。

「うん! ありがとタンチョウ! お願い……する……んん?」

 ツツミはタンチョウが手に持つピッチャーを目に止め固まった。シュワシュワと泡を立てる琥珀色の液体。ちなみに最初にツツミが飲んでいたのはコーラだったのだが……。

「えっと……これ、ビール?」
「ええそうですよ? あれ、ご主人様はお酒はダメでしたか?」
「い、いや飲めるけど。……そっか、そういえばそういうのも創ったっけ……」

 見るからに喉越しがよさそうなビールを見つめ考え込むツツミ。なにか忘れている気がする。お酒。酔う。……酒乱。

「……はっ! そうだ! エウラシアにお酒はっ!!」

 もふもふ大好きニンフのリミッターが外れる危険があるではないか。飲みすぎないよう監視しなければ。慌ててエウラシアの方を確認すると、ミノタリアと歓談の真っ最中だった。

「はっはっは! 主どの、まあ飲もうではないか!」
「うー。ビール。久しぶり」

 タンチョウと同様にビールを注ぐミノタリア。エウラシアは杯を受け、軽く口をつける。どうやらまだエンジンはかかっていないらしい。

 ほっと胸をなでおろすツツミをよそに、エウラシアがミノタリアのグラスを目に止めた。

「ミノタリアも。お酌。してあげる」
「おお! 光栄だ主どの! ではありがたく……」
「み、ミノタリア! 君はお酒は……」

 近くにいたアツシが慌てたように制した。

「なんなのだアツシ。本当に久しぶりの再会なのだぞ? 飲むべきではないか!」
「い、いやでも君は……。あっ!」

 アツシを振り切り、グラスを一気に傾けるミノタリア。大きく上を向いた体勢になり飲み干した。と、そのままバタンと仰向けに倒れる。

「ちょ、ちょっと!? 大丈夫ミノタリア!?」

 慌てて駆け寄るツツミ。アツシはため息をついてかぶりを振る。

「ああ……。だから言ったのに……」
「え。いやこれって急性アルコール中毒とかじゃ……!」
「いえ。とてつもなくお酒には弱いみたいですがそんなに心配はいりません。ただ……」

 アツシの言葉通りミノタリアはすぐに立ち上がった。すこしふらついてはいるようだが大丈夫そうだ。そのままエウラシアの元に近づく。

「……はっはっは。主どの。うむ……」
「……うー?」

 ガシッとエウラシアの両肩を掴むミノタリア。その瞳からポロリと涙がこぼれた。

「はっはっは……。よくぞ……よくぞ戻ってきてくれた……! うむ……、うむっ! はっはっは!」

 笑いながら涙をこぼし感極まったように言葉を漏らすミノタリア。

「わあ……。ミノタリア、結構主思いだったんだね……」

 飄々としているように見えて実はかなり心配してくれていたのか。少し感動してツツミが様子を見ていると、アツシが言いにくそうに説明した。

「いえその……。ミノタリア、お酒が入ると絶対泣くんです。すっごい些細な理由でも」
「……えっ?」

 きょとんとするツツミをよそにミノタリアの言葉は続いた。

「戻ってきてくれたというのに……! 主どのが変わらず半裸だなんて……っ!」
「おー。今更。なにを」

 会った時から変わらぬ恰好のエウラシア。しかしミノタリアの涙は止まらない。

「元世界に戻ったのならまともな服を着てくればよかったのだ……! 相変わらずそんな恰好で……!」
「うー? 私。元世界の。ころから。この。格好。だけど」
「ああ! そんなことだからゼウス様に……! 僕の主はなんと不憫なのだろう!」

 笑い泣きは号泣へと変わり、ひしっとエウラシアを抱きしめるミノタリア。

「……ねっ?」
「……うん。とりあえず私の感動を返してほしいかな」

 意味不明なミノタリアの言い分にずっこけそうになるツツミ。アツシは続けて言う。

「というか……ミノタリアに限らず僕の奥さんたちは酒癖が……その……」
「えっ。ミノタリアだけじゃ……」
「い、イヴ!? いったい何を……!?」

 レカエルの声がツツミの言葉を遮った。見ると真っ赤な顔のイヴがレカエルにしなだれかかっている。

「……えへへっ。レカエル……おねえちゃんっ!」
「イヴ!? あなた、正気に戻ったのでは……っ!?」
「もう! 何言ってるのレカエルおねえちゃん! イヴ、プンプンだよ?」

 再び幼児の仮面をかぶって振舞うイヴ。

「イヴって……元々そういう素養があったんじゃない……?」
「……ノーコメントです」

 冷や汗をたらし目をそらすアツシ。と、朗らかな笑い声が割って入った。

「うふふっ。まあいいじゃないですか。お祝いなんですから」

 タンチョウがイヴやミノタリアの様子を眺めながらにっこりする。微笑ましさとはまた違う状況な気もするのだが、タンチョウの目は優しい。

「そ、そうだね! まあちょっとくらい羽目を外しても……あれ? アツシ? どこいくの?」

 なぜかアツシがさりげなくタンチョウから距離をとっている。ふとアツシの言葉が思い出された。僕の奥さんは……。

「た、タンチョウ? どうしてピッチャーが空になってるのかなぁーなんて……」

 ……返ってきたのは返事ではなく抱擁だった。背後に回り込んだタンチョウがツツミを抱きすくめ、頭をわしわしと撫でつける。

「た、タンチョウ? ……タンチョウ!?」
「うふふっ。捕まえましたよご主人様。もうどこにも行かないでくださいねっ」
「タンチョウ!? もしかしなくてもすっごい酔ってる!?」

 ミノタリアやイヴと違い顔色に変化はないタンチョウ。しかし摩擦熱で焦げるのではないかという勢いで頭が撫でまわされている。

「ふふ。実は前からこうしたかったんです。ご主人様、かわいいなぁって」
「あ、ありがと? でもちょっと力が強いかなーって」
「あ! そういえば忘れてましたね!」

 タンチョウは急に撫でるのをやめ、ポンッと手を打った。

「エウラシア様に報酬をお支払いしなくては! ご主人様も付き合ってくださるんでしたよね!」
「い、いや私はもう散々もふもふされたから……!」

 ツツミの言葉も聞かず、抱きすくめたままエウラシアの元に近づくタンチョウ。

「せっかくですからイヴさんも一緒に!」
「タンチョウ!? 何を言っているのです!?」

 おろおろとイヴをあやしていたレカエルが驚愕の声をあげる。当のイヴは上目遣いでタンチョウを見つめた。

「……レカエルおねえちゃんもいっしょ?」
「もちろんです!!」
「……やったぁ!!」
「な、なぜ私まで!?」

 タンチョウの例に倣いレカエルを引きずりはじめるイヴ。向かう先のエウラシアはミノタリアにハグされながらグラスを煽っていた。

「……ふふふふふふふふふふふ」
「やばいよレカエル! エウラシアも出来上がってる!」
「は、離すのですイヴ! ……そ、そうですアツシ! 助けなさい!」

 少し離れて成り行きを見守っていたアツシ。レカエルの言葉に申し訳なさそうに頭を下げる。

「……レカエル様、ツツミ様。僕にできるのは経験からくるアドバイスくらいです」
「アツシ?」

 救助は期待できなさそうなアツシ。助言は簡単だった。

「酒の力を借りてください。酔った彼女たちと同じ土俵に立てば傷は浅くて済みます。……見てるのも失礼ですから僕はお暇しますね」
「アツシ!?」

 引き留めの言葉には答えずその場を後にするアツシ。ツツミは腹をくくった。

「……イザナミさん! 一番強いお酒、ありったけ持ってきて!!」

 ……主従たちの乱痴気騒ぎは、全員が意識を失うまで続いた。
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