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第二章 人間に崇拝される編

60.サプライズキス

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 外に出て見ると、てんでばらばらに楽しんでいた群衆は道の端に固まっていた。

「久しぶりのアツシ神さまのパレードだな!」
「パパ―! もっと前で見るー!」
「私、アツシ神さま見るの初めて……! 冥界に来てよかった……!」

 たくさんの人々が口々に楽しそうな声をあげている。

「わお。すっごい人気だね!」

 冥界を遊園地化すると決めたときからパレードの構想はツツミにもあった。どうせなら夜にピッカピカの光るパレードにするつもりだったのだが。

「なんというか……ごめんなさい、ご主人様。ご主人様を差し置いてこんな……」
「まあいいって! こーゆーの、私も好きだからさっ」

 再び申し訳なさそうに頭を下げるタンチョウをぽんぽんと撫でるツツミ。一方エウラシアはげんなりした顔をしていた。

「……うー。人。多い」
「はっはっは、主どの。往来でごろ寝するのは迷惑だぞ。さあ、立った立った!」
「もう。ここで。いい。ここで。見る」
「他の人の足しか見えないではないか。まったく……」

 ひょいっ、とエウラシアを抱きかかえるミノタリア。お姫様抱っこだが、エウラシアは手を首に回そうともせずだらりと力を抜いている。

「主どの。ちゃんとした抱きかかえられ方というものがあるのだが。完全に力を抜かれるとやりにくい」
「なら。置いてって。いい」
「やれやれこの主どのは……。せめてよだれは拭いてくれ。はっはっは」

 軽口を叩きながら歩くミノタリアは相変わらず剛力だった。と、近くにいた鳥人、タンチョウ族の老人が声をかけてきた。

「おお、ひいおばあさまではないですか! ご無沙汰しておりますぞ」
「あっ、こんにちは!」

 タンチョウの知り合い……というか子孫らしい。ちなみに冥界では自分が一番望む年頃の姿になれるのだが……。この老人、よほど老後が楽しかったのだろうか。

「アツシおじいさま……、いや失礼。アツシ神さまを見に来られたので?」
「ええ、そうなんです」
「ふぉっふぉっふぉ、相変わらず仲睦まじいですな。おや、こちらの方々は……?」

 ツツミとエウラシアに気づいた老人が視線を送ってくる。タンチョウは老人の耳元に口を寄せると小声で囁いた。

「……私のご主人様、ツツミ様です! ついに戻ってこられたのです!」
「お、おお……!」

 老人は驚愕に目を見開いた。次の瞬間、がばっと地面に平伏する。

「あなた様が……あなた様が! 本当にいらっしゃったのですな! ああ、お会いできる日が来るとは……!」
「え、えっ!?」

 突然最大限の敬意を払われ困惑するツツミ。

「ちょ、ちょっと! ……ここではまずいです!」

 周りの人間が何事かと注目している。タンチョウは老人を抱き上げて立たせた。

「あ、ああ、そうですな。……いや失礼」

 周囲の視線に気が付いたのか、老人は決まりの悪そうな顔で咳払いをした。ツツミに近づくと声を潜めて言う。

「お話には聞いております、ツツミ様。するとそちらはエウラシア様ですな。今日はなんと素晴らしい日か……!」
「えっと、私のこと知ってるの?」
「もちろんですとも。この世界を創られた三女神様。我々が在るのもあなた様方のおかげであると、古い人間ならだれでも知っております」
「ん? ん?」

 混乱するツツミ。てっきり自分は紫色の怪物に転職したと思っていたのだが……。

「まだ詳しい事情をお話しできていないんです。ひとまずパレードを見ることになって……」
「そうでしたか。しかし……よろしいので?」

 老人は心配そうにツツミとエウラシアを見る。

「私のご主人様はとっても優しい方なんですよ。心配ないです」
「なんと心の広い……。おお、ではこちらへ。……お前たち、すまんがちょっと道を開けてくれい」

 老人は周りの群衆に声をかけた。顔が利くのか、人々はいらだつ様子もなくツツミたちに場所を譲ってくれる。老人は会釈をすると、『お邪魔をしてはいけませんな』と言って去っていった。

「びっくりした。私たちのこと知ってる人もいるんだね」
「おー。紫じゃ。ないのに。気づいて。くれた」

 ミノタリアに抱きかかえられたままのエウラシアが頷く。

「はっはっは。僕たちがちゃんと子供に教えたからな! そもそも……」

 ミノタリアが何か言おうとした瞬間、ファンファーレが聞こえてきた。

「あっ、はじまるみたいだね! ごめんミノタリア、後で聞くよ。長い話になりそうだし。大丈夫、みんなのこと怒ったりしてないって!」
「そうか。ツツミ様はやっぱりツツミ様だな。ではパレードを楽しむとしよう。見世物としてはよくできているのだ!」

 こうしてパレードが始まった。

 まず現れたのはラッパや太鼓などの楽器をもった集団だった。冥界創りのときツツミがひそかに準備していたものである。

「おお! かなり本格的じゃん!」

 楽団は統制の取れた動きで、楽しげな音楽を奏でながら行進する。群衆がわぁっと歓声を上げた。

 次に出てきたのは踊り子集団である。祭壇画に描かれていたようなドレス。色とりどりのそれをまとった女性たちがにこやかにダンスを踊りながら歩いてきた。

「かわいいね! ……んっ? あれって……」

 踊っている集団の一部がセーラー服を着ている。やたら膝上のスカートの子もいて、くるくる回転するたびにちょっとドキッとする。

「また。でてきたね」
「うん。ねえタンチョウ、そういえば気になってたんだけど……」
「は、はいっ!? なんですかっ!?」

 タンチョウは顔を真っ赤にしていた。くくくっ、と忍び笑いをしながらミノタリアが口をはさむ。

「ああ、あの服か。ツツミ様はご存じだそうだな。あの服でタンチョウはアツシに……」
「み、ミノタリアさん!!」

 からかうような口調のミノタリアの口をタンチョウがふさいだ。

「ま、まあいいじゃないですか! それよりパレードです、パレード!」
「う、うん。そっか」

 なにやらつつくと面白そうなことが聞けそうな気もしたが、タンチョウの迫力に押されて目を戻す。

 次に出てきたのは三台の車だった。フロート車というのだろうか。大きなゴンドラのような台車に様々な飾りつけがされている。車体の下半分は布で覆われていた。中で人が引いているのだろうか。

「おー。あれ。ミノタリア?」

 車の上にはより華やかな衣装を身にまとった女性が手を振っている。タンチョウ族、イヴ族、ミノタリア族の女性だ。タンチョウ族の子は例によってセーラー服である。

「ああ。一応あれが僕たち『役』だな」
「本人。いるんだから。でれば。いいのに」

 エウラシアのもっともな指摘に、タンチョウは寂しそうに笑う。

「……イヴさんがこういうことできる感じじゃないですから。私たちだけ出るわけには……」
「……そっか」

 イヴの様子はやはりあまりよくないらしい。

「まあしんみりすることはない。レカエル様が戻ってきたのだからすぐ元気になるさ! ちなみに僕たち役の倍率は高いらしいぞ! 一番人気はタンチョウだ!」
「も、もうっ! からかわないでください!」

 空気を変えるようにミノタリアが明るく言う。と、ひときわ大きい歓声が上がった。より大きな車がきれいな装飾をされて現れる。乗っているのは一人の男。

「アツシだ!!」

 戻ってきてから大混乱だったツツミたち。その原因のアツシはブレザー姿で歓声に答えた。人々の興奮がクライマックスに達する。

「アツシ神さま!」
「我らの守り手! 我らの父祖!」
「きゃー!! こっち向いてくださいアツシ神さま!」

 崇拝の声の他になにか黄色い声も聞こえてくる。アツシは笑顔で手を振りながらタンチョウ役たちの娘を自分の車に招き入れた。エスコートもばっちりである。

 四人で手を取り合い、大きく掲げた。大音量になる音楽。クライマックスの様にダンスも激しくなり、やがてフィナーレを迎えた。

『わあああああああ!!!』

 拍手と共に大歓声を上げる人々。紙吹雪が舞い、カーテンコールの様にアツシたちは一礼した。

 と、タンチョウ役たちの娘三人がなにやら悪戯っぽい笑みを浮かべている。いきなりアツシを取り囲むと、小さく背伸びをしてキスをした。

 ひとりは右頬。ひとりは左頬。もうひとりは……。

「わおっ!?」
「おー」

 びっくりするツツミをよそに、群衆たちは口々に囃したてる。アツシは一瞬驚いた顔を見せ、あたふたしたようだがすぐに笑顔を取り戻した。

「……ほほう。随分といい気分そうだなアツシは」
「み、ミノタリア?」

 ミノタリアが静かに笑いながら言う。口調に不穏なものを感じた。見るとこめかみがぴくぴくしている。

「そ、そうだよね! お嫁さん三人もいるのにあんなデレデレしちゃって。ねえタンチョウ……っ!?」

 場を取り繕うようにタンチョウを見たツツミは固まった。

「ほんとですね。アツシさんたら。ふふっ」

 ……タンチョウは笑顔である。一見先ほどまでと何も変わらない。口調も咎めるようなものではない。なのにどうしてこんなに生存本能が危険を告げるのだろう。

「いいパレードだったでしょう、ご主人様」
「う、うん! あの、タンチョウ?」
「さあ、アツシさんのところに行きましょうか。本人もいたほうが話しやすいでしょうし」
「そ、そうだねタンチョウ。だからさ……」
「アツシさんも疲れたでしょうし。ゆっくりねぎらってあげなきゃですね。うふふふっ」

 うちのかわいいタンチョウはこんなに凄味があっただろうか。しっぽと耳の毛が逆立つのを感じながらツツミは冷や汗をぬぐった。
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