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第一章 世界創造編
52.時空を超える
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「元気そうで何よりだよ、ツツミ」
ウカノミタマは柔らかい笑みを浮かべながら言った。一方のツツミはパニック状態である。
「え。え。え? ここ、高天原? あなた、ウカノミタマ様?」
「うん。ここ、高天原。僕、ウカノミタマ様」
律儀に答えを返してくるウカノミタマ。
「つまり……ここは元の世界ですか? え? なんで?」
「……あなたの主が呼び戻したという事なのでしょう」
「……うー。あの。星の。光。来た時と。同じ。だった」
「お友達の方が理解が早いようだね」
レカエルとエウラシアはある程度状況が飲み込めたらしい。ツツミも頭が回ってきた。
「つまりあの星はウカノミタマ様の仕業ですか! 天界ごと滅びるかと思いましたよ!」
「いやあ、見ていたよ。とてもいい顔をしていた。うん」
どうやらリアルタイムで鑑賞されていたらしい。趣味の悪い主である。
「それで、ウカノミタマ? 呼び戻されたという事は、私たちの異世界での仕事は終わりですか?」
一応レカエルより格上の存在であるウカノミタマ。しかし唯一神の使いを自負するレカエルは敬称を使うつもりはないらしい。ウカノミタマも気にした様子もなかったが。
「いや、そういうわけではないんだ。君たちにちょっと相談したいことがあってね」
ウカノミタマは少し真剣な顔をして言った。
「あの人間について、君たちの意見を聞きたい」
そういうことか。ツツミはウカノミタマの袴の裾をちょいちょいとつつきながら答える。
「なんだー、そんなことですか。ウカノミタマ様ったら、まだまだお若いんですねっ」
「うん? なにがだい?」
「またまたーとぼけなくっても。で、どの娘が好みなんです? 私の一押しは断然タンチョウですよ! それともミノタリアのボディにやられちゃいました? あ、イヴの勝気な感じがいいんでしょうか?」
悪徳奴隷商人のような笑顔でツツミは続ける。
「人間の娘を妾にしようだなんて……。あ、もしかして三人いっぺんに召し上がるんですか? もうっ、ウカノミタマ様の、ヘ・ン・タ・イ・さんっ」
「食べるならツツミがいいかな」
「ひゃっ!」
ウカノミタマは笑顔で腰の刀を振るった。とっさに躱したツツミの前髪が何本かはらり、と地に落ちる。
「そういえば久しぶりにカレーが食べたかったところなんだ。キツネの肉は臭みが強いらしいが大丈夫。カレーなら何とかしてくれる」
「ご、ごめんなさいウカノミタマ様っ! 冗談に決まってるじゃないですか! 久しぶりの主とのお茶目な掛け合いがしたかっただけなんです。ていうかタンチョウはあげませんよ!」
「……イヴとミノタリアなら構わないような言い方をするのではありません」
レカエルがあきれ果てたように言う。ツッコミがデンジャラスなのは二人に共通しているかもしれない。
「人間についての相談、つまり、アツシのことでしょう。私たちのことを監視していたようですから」
「うんご名答。それにしてもアツシ、アツシね」
とげのあるレカエルの言葉を軽くいなし、ウカノミタマはくっくっくと笑った。
「アツシ。彼はこの世界の人間だ」
「まあ。正直。そんな気は。してた」
明かされたアツシの出所に、どうでもいいような様子のエウラシア。ツツミもレカエルもさほど驚きはない。
「考えられる一番高い可能性はそれでしたからね」
「うん。格好もこの世界のヤツに似てたし」
推測が当たっていたことが確認できた。それだけの話である。
「それにしても名前がアツシになった時は笑ったよ。この世界での彼の名前もアツシという。いやはや偶然とは恐ろしいものだ」
完全にイヴやミノタリアたちの都合でつけられた名前はばっちり正解だったようだ。
「それで、アツシをこちらに戻すんですか? うーん……タンチョウたちと仲良くやってるみたいだったんですが、仕方ないですかね」
少々残念だが、生まれ育った世界に戻るほうがアツシにとっても幸せかもしれない。しかしウカノミタマは首を横に振った。
「いや、本来ならそうすべきなんだろうけどね。彼、なかなかかわいそうな境遇の人間なんだよ」
「かわいそう……ですか?」
はて、と首をかしげるレカエル。ウカノミタマは言いよどむ。
「まあ。なんというか……。よくできた人間なんだ。ただ、総じていい人間は悪い人間の食い物にされるのが人の理というものでね。詳しい事情は聞かないほうがいいと思うよ?」
主がここまで歯切れが悪いのはけっこう珍しい。よほど聞くに堪えない事情があるのだろう。
「まあ、色々込み入った話があって彼はそちらの世界に飛ばされたんだ。本人が望んだわけでもなくね。といっても、彼にとっては幸運だったかもしれない」
ウカノミタマは話をまとめるようにパン、と手を打った。
「と、いう訳で、彼はそのままそちらに住まわせてくれるとありがたい。つらい記憶もなくしてうまくやってるみたいだからね。一応実際に会ってる君たちの話も聞こうと思ったんだが……」
ウカノミタマの問いかけるような視線に三人は顔を見合わせた。
「きちんとアツシと話したことはないけど。いいんじゃないかな」
「ええ。イヴも憎からず思っているようですし」
「ラブコメ。ハーレム。だしね」
エウラシアの意見はともかく三人の意見は一致した。それを見てウカノミタマも頷く。
「よしよし。ではよろしく頼む。……ああ、ツツミ? せっかく戻ってきたんだ、見せたいものがあるよ」
「はい? なんですか? ……ってそれは!」
ウカノミタマが持っていたのはブルーレイディスクである。ツツミは異世界へ旅立つ直前のことを思い出した。
「ホントに録画してくれたんですか!?」
「君の同僚のキツネがね。ああ、君が太陽や月を創る時に人の書物を参考にしていた話も彼女にしたよ。そしたらこっちも渡してくれと頼まれた」
ウカノミタマは袂から一冊の本を取り出す。
「そ、それはひょっとして……あの物語の!」
反応したのはレカエルだった。参考にされたコミックス。その最新刊である。最も続きを読みたがっていたのは彼女だった。
「ウカノミタマ様……。ありがとうございますっ! いい主に仕えられて私は幸せです!」
「本当ですね! 神を僭称する者にしてはよく気が利いています!」
受け取ろうとウカノミタマに近づくツツミとレカエル。しかし刀が一閃され、二人は歩みを止めた。
「わっ!?」
「危ないではないですか! 何の真似……え?」
空を切った刀の軌道が虹色の光を放っている。
「言っただろう? 見せたいものがあるって。もう見たじゃないか。では用事は終わりだ。そちらの世界に帰るといい」
そう言うとウカノミタマは微笑みながら刀を何度も振るった。ツツミたちの周りを虹色の光が囲んでいく。
「ウカノミタマ様!? 手土産にくれるんじゃないいんですか!?」
「うん? そんなつもりはまったくないよ」
「ええ!? なんでそんな見せびらかすようなことを!」
「そのほうが君が悔しがるからに決まっているじゃないか」
ものすごくさわやかな笑顔のウカノミタマはよどみなく剣舞を舞う。
「ひどすぎます!! 私が何をしたって言うんですか!!」
「ははは。君が創った神社の僕の像。随分かっこよくしてくれたようだね」
「……あっ」
移動型木製神社ロボ『明星』の存在がばれている。頭部はウカノミタマのご神体を使ったのだった。
「遊園地もなかなか楽しそうじゃないか。悪魔を倒すあの遊びは面白かったかい? カッコつけているつもりはなかったんだが……、不快にさせてすまなかったね」
「あ、あっ」
ウカノミタマがモチーフの悪魔に嬉々として銃弾をぶち込んだ姿も見られていたようだ。
「ウカノミタマ! 大人げないことをするのではありません! あなた、眷属への情はないのですか!?」
レカエルも、コミックスを目の前にちらつかされたのは腹に据えかねたのだろう。しかしウカノミタマは微笑みも動きも絶やさない。
「そういえば、僕の姿のアレを創ったのは君だって? はは、ちょっと誇張がすぎるんじゃないかな?」
「……くっ!」
割とレカエルも恨んでいるらしいウカノミタマ。レカエルは悔しそうに唇をかむ。
「ツツミ! なんとか主をいさめなさい!」
「そ、そんなこと言われても!」
虹色の光に取り囲まれたツツミたち。結界の様になっているのか、ウカノミタマに近づくことができない。
「ではまたしばしのお別れだ。……かわいそうだからあらすじだけ教えてあげようか。ええと、コーリーベイ、だっけ? 火山に飛び込んだあれは……」
「そ、それだけは許しません!!!」
本気かどうか、そもそも読んでいたのかもわからないがネタバレをしようとするウカノミタマ。それはレカエルの逆鱗に触れたらしい。
「はぁあああああ!!!」
「こ、こらっ、そんなことをしたらっ」
最後の一閃を放とうとしたウカノミタマの刀を聖槍で受け止めるレカエル。初めて余裕の表情が消えたウカノミタマだったが、格の違いを見せつけるかのようにそのまま押し切った。
「きゃあっ! く、無念です……」
「覚えておいてくださいよウカノミタマ様! あっちのご神体がどうなっても知りませんからね!!」
怨嗟の声を漏らす二人はすぐに虹色の光に巻き込まれていった。やがて空間は何事もなかったように元の状態に戻る。
「やれやれ……運ぶ儀式を中断させようなんて乱暴な真似を……。いずことも知れない場所に飛ばされたらどうするんだ、まったく」
ウカノミタマは誰もいなくなった本殿で独りごちる。
「大変なことになっていないといいんだが……とにかく確認するか」
一枚の鏡を取り出して中を覗き込むウカノミタマ。どうやらそれがツツミたちの様子を見ることができる神具らしい。鏡を見ていたその目はやがて驚愕に見開かれた。
「お、おや? これは……。……やれやれ。君たちが招いた結果だからね」
「とりあえず悪魔の像は破壊します! ツツミ、手伝いなさい!」
「それよりうんと恥ずかしい顔に改造しよう! 鼻毛とか生やそう!」
騒いでいたツツミたちの周りから虹色の光が薄れていく。やがて目の前に広がったのは元いた天界の景色だった。
「鼻毛はちょうちょ結びです! なんならカラフルに染め上げて!」
「前歯は全部折ろうね!」
どんな報復をしたものか盛り上がるツツミとレカエル。と、黙っていたエウラシアが不思議そうな表情をした。
「おー? 天界。なんか。違う?」
「えっ?」
ひとまずウカノミタマへの恨みを置いて周りをみわたす二人。確かにどこかが違っていた。
「あれ? 天界の森ってこんなにうっそうとしてたっけ?」
「といいますか、スギたちが随分大きいような……」
森が奥深くなっている。と、まわりのスギたちが一斉に枝を振り始めた。
「うわっ! なに!? どうしたの!?」
「レバノンスギたち! なにを騒ぎ立てるのです!」
ツツミたちの問いには答えず、放射状にスギたちの踊りは広がっていく。やがて遠くから地響きが轟いてきた。
「お。おお。おおお」
「あれは……エウラシアの木ですか!?」
遠くからでも近づいてきているのがよく見えるエウラシアの木。しかし……。
「あんなに大きくなかったじゃん!!!」
もともと巨木といって差し支えなかったそれだが、これは巨大すぎる。見上げてもてっぺんが見えないほどだ。世界を分かつという伝説の木があるそうだがこれがそうだろうか。
あっけにとられるツツミの耳に別の音が聞こえた。今度はバタバタという何かが虚空を打つ音だ。やがてその原因が姿をみせはじめる。
「鳥たちです!!!」
「こ、こんなにたくさん創ってない!!!」
ハトやフクロウ、空飛ぶウサギたちである。天界を埋め尽くすほどの大勢の群れがツツミたちの周りに止まり、一斉にイメージを頭に送り始めた。
「わわわわっ! そんないっぺんに見せられても……! うげぇ、気持ち悪い!」
「頭が、頭が割れます!」
「う。……や。……お」
膨大な情報量は神使三人をもってしてもかなりの負荷だった。なんとか意識をはっきり保ってひとつひとつ整理していく。
「あああああ。……あれ? あれれ?」
「もうなにがなんだか……。あら?」
「うー? んー?」
やがて徐々にイメージがはっきり見えるようになってきた。鳥たちが見た地上の様子である。それを見て困惑するツツミとレカエル、エウラシア。
「これ、街? 建物がいっぱいある」
「亜人がたくさん……? タンチョウやミノタリアに似た種族ですが、別人ですか?」
「人間が。いっぱい」
伝わってきたのは活気ある人間たちの暮らしの様子だった。タンチョウたちが暮らしていた竪穴式住居の集落ではない。レンガや木でできた家々。道は石畳で舗装され、多くの者が行きかっている。
やがてひときわ大きい広場の光景になった。噴水が水を噴き出すその傍らに、ヒヒイロノカネでできた三体の像があった。
「……これ。……私たちだ!!!」
立ち並ぶ三体の像。耳としっぽのある巫女。輪を頭上、翼を背に持つ天使。ツタと冠をまとったニンフ。多少の造形の違いはあるが間違いない。
「なにこれ? なんでこんな短い時間で文明ができてるの?」
「い、いえ。これは短時間で発展したというよりは……」
レカエルが周りのスギや鳥たちを見て何かに気づく。成長した木々。こんなにいなかった鳥たち。産み増えたらしい人間たち。
「ま、まさか……」
ツツミも思い当たったようで驚愕に思考が停止する。エウラシアが彼女にしては早口で言った。
「たぶん。ここ。未来」
ウカノミタマは柔らかい笑みを浮かべながら言った。一方のツツミはパニック状態である。
「え。え。え? ここ、高天原? あなた、ウカノミタマ様?」
「うん。ここ、高天原。僕、ウカノミタマ様」
律儀に答えを返してくるウカノミタマ。
「つまり……ここは元の世界ですか? え? なんで?」
「……あなたの主が呼び戻したという事なのでしょう」
「……うー。あの。星の。光。来た時と。同じ。だった」
「お友達の方が理解が早いようだね」
レカエルとエウラシアはある程度状況が飲み込めたらしい。ツツミも頭が回ってきた。
「つまりあの星はウカノミタマ様の仕業ですか! 天界ごと滅びるかと思いましたよ!」
「いやあ、見ていたよ。とてもいい顔をしていた。うん」
どうやらリアルタイムで鑑賞されていたらしい。趣味の悪い主である。
「それで、ウカノミタマ? 呼び戻されたという事は、私たちの異世界での仕事は終わりですか?」
一応レカエルより格上の存在であるウカノミタマ。しかし唯一神の使いを自負するレカエルは敬称を使うつもりはないらしい。ウカノミタマも気にした様子もなかったが。
「いや、そういうわけではないんだ。君たちにちょっと相談したいことがあってね」
ウカノミタマは少し真剣な顔をして言った。
「あの人間について、君たちの意見を聞きたい」
そういうことか。ツツミはウカノミタマの袴の裾をちょいちょいとつつきながら答える。
「なんだー、そんなことですか。ウカノミタマ様ったら、まだまだお若いんですねっ」
「うん? なにがだい?」
「またまたーとぼけなくっても。で、どの娘が好みなんです? 私の一押しは断然タンチョウですよ! それともミノタリアのボディにやられちゃいました? あ、イヴの勝気な感じがいいんでしょうか?」
悪徳奴隷商人のような笑顔でツツミは続ける。
「人間の娘を妾にしようだなんて……。あ、もしかして三人いっぺんに召し上がるんですか? もうっ、ウカノミタマ様の、ヘ・ン・タ・イ・さんっ」
「食べるならツツミがいいかな」
「ひゃっ!」
ウカノミタマは笑顔で腰の刀を振るった。とっさに躱したツツミの前髪が何本かはらり、と地に落ちる。
「そういえば久しぶりにカレーが食べたかったところなんだ。キツネの肉は臭みが強いらしいが大丈夫。カレーなら何とかしてくれる」
「ご、ごめんなさいウカノミタマ様っ! 冗談に決まってるじゃないですか! 久しぶりの主とのお茶目な掛け合いがしたかっただけなんです。ていうかタンチョウはあげませんよ!」
「……イヴとミノタリアなら構わないような言い方をするのではありません」
レカエルがあきれ果てたように言う。ツッコミがデンジャラスなのは二人に共通しているかもしれない。
「人間についての相談、つまり、アツシのことでしょう。私たちのことを監視していたようですから」
「うんご名答。それにしてもアツシ、アツシね」
とげのあるレカエルの言葉を軽くいなし、ウカノミタマはくっくっくと笑った。
「アツシ。彼はこの世界の人間だ」
「まあ。正直。そんな気は。してた」
明かされたアツシの出所に、どうでもいいような様子のエウラシア。ツツミもレカエルもさほど驚きはない。
「考えられる一番高い可能性はそれでしたからね」
「うん。格好もこの世界のヤツに似てたし」
推測が当たっていたことが確認できた。それだけの話である。
「それにしても名前がアツシになった時は笑ったよ。この世界での彼の名前もアツシという。いやはや偶然とは恐ろしいものだ」
完全にイヴやミノタリアたちの都合でつけられた名前はばっちり正解だったようだ。
「それで、アツシをこちらに戻すんですか? うーん……タンチョウたちと仲良くやってるみたいだったんですが、仕方ないですかね」
少々残念だが、生まれ育った世界に戻るほうがアツシにとっても幸せかもしれない。しかしウカノミタマは首を横に振った。
「いや、本来ならそうすべきなんだろうけどね。彼、なかなかかわいそうな境遇の人間なんだよ」
「かわいそう……ですか?」
はて、と首をかしげるレカエル。ウカノミタマは言いよどむ。
「まあ。なんというか……。よくできた人間なんだ。ただ、総じていい人間は悪い人間の食い物にされるのが人の理というものでね。詳しい事情は聞かないほうがいいと思うよ?」
主がここまで歯切れが悪いのはけっこう珍しい。よほど聞くに堪えない事情があるのだろう。
「まあ、色々込み入った話があって彼はそちらの世界に飛ばされたんだ。本人が望んだわけでもなくね。といっても、彼にとっては幸運だったかもしれない」
ウカノミタマは話をまとめるようにパン、と手を打った。
「と、いう訳で、彼はそのままそちらに住まわせてくれるとありがたい。つらい記憶もなくしてうまくやってるみたいだからね。一応実際に会ってる君たちの話も聞こうと思ったんだが……」
ウカノミタマの問いかけるような視線に三人は顔を見合わせた。
「きちんとアツシと話したことはないけど。いいんじゃないかな」
「ええ。イヴも憎からず思っているようですし」
「ラブコメ。ハーレム。だしね」
エウラシアの意見はともかく三人の意見は一致した。それを見てウカノミタマも頷く。
「よしよし。ではよろしく頼む。……ああ、ツツミ? せっかく戻ってきたんだ、見せたいものがあるよ」
「はい? なんですか? ……ってそれは!」
ウカノミタマが持っていたのはブルーレイディスクである。ツツミは異世界へ旅立つ直前のことを思い出した。
「ホントに録画してくれたんですか!?」
「君の同僚のキツネがね。ああ、君が太陽や月を創る時に人の書物を参考にしていた話も彼女にしたよ。そしたらこっちも渡してくれと頼まれた」
ウカノミタマは袂から一冊の本を取り出す。
「そ、それはひょっとして……あの物語の!」
反応したのはレカエルだった。参考にされたコミックス。その最新刊である。最も続きを読みたがっていたのは彼女だった。
「ウカノミタマ様……。ありがとうございますっ! いい主に仕えられて私は幸せです!」
「本当ですね! 神を僭称する者にしてはよく気が利いています!」
受け取ろうとウカノミタマに近づくツツミとレカエル。しかし刀が一閃され、二人は歩みを止めた。
「わっ!?」
「危ないではないですか! 何の真似……え?」
空を切った刀の軌道が虹色の光を放っている。
「言っただろう? 見せたいものがあるって。もう見たじゃないか。では用事は終わりだ。そちらの世界に帰るといい」
そう言うとウカノミタマは微笑みながら刀を何度も振るった。ツツミたちの周りを虹色の光が囲んでいく。
「ウカノミタマ様!? 手土産にくれるんじゃないいんですか!?」
「うん? そんなつもりはまったくないよ」
「ええ!? なんでそんな見せびらかすようなことを!」
「そのほうが君が悔しがるからに決まっているじゃないか」
ものすごくさわやかな笑顔のウカノミタマはよどみなく剣舞を舞う。
「ひどすぎます!! 私が何をしたって言うんですか!!」
「ははは。君が創った神社の僕の像。随分かっこよくしてくれたようだね」
「……あっ」
移動型木製神社ロボ『明星』の存在がばれている。頭部はウカノミタマのご神体を使ったのだった。
「遊園地もなかなか楽しそうじゃないか。悪魔を倒すあの遊びは面白かったかい? カッコつけているつもりはなかったんだが……、不快にさせてすまなかったね」
「あ、あっ」
ウカノミタマがモチーフの悪魔に嬉々として銃弾をぶち込んだ姿も見られていたようだ。
「ウカノミタマ! 大人げないことをするのではありません! あなた、眷属への情はないのですか!?」
レカエルも、コミックスを目の前にちらつかされたのは腹に据えかねたのだろう。しかしウカノミタマは微笑みも動きも絶やさない。
「そういえば、僕の姿のアレを創ったのは君だって? はは、ちょっと誇張がすぎるんじゃないかな?」
「……くっ!」
割とレカエルも恨んでいるらしいウカノミタマ。レカエルは悔しそうに唇をかむ。
「ツツミ! なんとか主をいさめなさい!」
「そ、そんなこと言われても!」
虹色の光に取り囲まれたツツミたち。結界の様になっているのか、ウカノミタマに近づくことができない。
「ではまたしばしのお別れだ。……かわいそうだからあらすじだけ教えてあげようか。ええと、コーリーベイ、だっけ? 火山に飛び込んだあれは……」
「そ、それだけは許しません!!!」
本気かどうか、そもそも読んでいたのかもわからないがネタバレをしようとするウカノミタマ。それはレカエルの逆鱗に触れたらしい。
「はぁあああああ!!!」
「こ、こらっ、そんなことをしたらっ」
最後の一閃を放とうとしたウカノミタマの刀を聖槍で受け止めるレカエル。初めて余裕の表情が消えたウカノミタマだったが、格の違いを見せつけるかのようにそのまま押し切った。
「きゃあっ! く、無念です……」
「覚えておいてくださいよウカノミタマ様! あっちのご神体がどうなっても知りませんからね!!」
怨嗟の声を漏らす二人はすぐに虹色の光に巻き込まれていった。やがて空間は何事もなかったように元の状態に戻る。
「やれやれ……運ぶ儀式を中断させようなんて乱暴な真似を……。いずことも知れない場所に飛ばされたらどうするんだ、まったく」
ウカノミタマは誰もいなくなった本殿で独りごちる。
「大変なことになっていないといいんだが……とにかく確認するか」
一枚の鏡を取り出して中を覗き込むウカノミタマ。どうやらそれがツツミたちの様子を見ることができる神具らしい。鏡を見ていたその目はやがて驚愕に見開かれた。
「お、おや? これは……。……やれやれ。君たちが招いた結果だからね」
「とりあえず悪魔の像は破壊します! ツツミ、手伝いなさい!」
「それよりうんと恥ずかしい顔に改造しよう! 鼻毛とか生やそう!」
騒いでいたツツミたちの周りから虹色の光が薄れていく。やがて目の前に広がったのは元いた天界の景色だった。
「鼻毛はちょうちょ結びです! なんならカラフルに染め上げて!」
「前歯は全部折ろうね!」
どんな報復をしたものか盛り上がるツツミとレカエル。と、黙っていたエウラシアが不思議そうな表情をした。
「おー? 天界。なんか。違う?」
「えっ?」
ひとまずウカノミタマへの恨みを置いて周りをみわたす二人。確かにどこかが違っていた。
「あれ? 天界の森ってこんなにうっそうとしてたっけ?」
「といいますか、スギたちが随分大きいような……」
森が奥深くなっている。と、まわりのスギたちが一斉に枝を振り始めた。
「うわっ! なに!? どうしたの!?」
「レバノンスギたち! なにを騒ぎ立てるのです!」
ツツミたちの問いには答えず、放射状にスギたちの踊りは広がっていく。やがて遠くから地響きが轟いてきた。
「お。おお。おおお」
「あれは……エウラシアの木ですか!?」
遠くからでも近づいてきているのがよく見えるエウラシアの木。しかし……。
「あんなに大きくなかったじゃん!!!」
もともと巨木といって差し支えなかったそれだが、これは巨大すぎる。見上げてもてっぺんが見えないほどだ。世界を分かつという伝説の木があるそうだがこれがそうだろうか。
あっけにとられるツツミの耳に別の音が聞こえた。今度はバタバタという何かが虚空を打つ音だ。やがてその原因が姿をみせはじめる。
「鳥たちです!!!」
「こ、こんなにたくさん創ってない!!!」
ハトやフクロウ、空飛ぶウサギたちである。天界を埋め尽くすほどの大勢の群れがツツミたちの周りに止まり、一斉にイメージを頭に送り始めた。
「わわわわっ! そんないっぺんに見せられても……! うげぇ、気持ち悪い!」
「頭が、頭が割れます!」
「う。……や。……お」
膨大な情報量は神使三人をもってしてもかなりの負荷だった。なんとか意識をはっきり保ってひとつひとつ整理していく。
「あああああ。……あれ? あれれ?」
「もうなにがなんだか……。あら?」
「うー? んー?」
やがて徐々にイメージがはっきり見えるようになってきた。鳥たちが見た地上の様子である。それを見て困惑するツツミとレカエル、エウラシア。
「これ、街? 建物がいっぱいある」
「亜人がたくさん……? タンチョウやミノタリアに似た種族ですが、別人ですか?」
「人間が。いっぱい」
伝わってきたのは活気ある人間たちの暮らしの様子だった。タンチョウたちが暮らしていた竪穴式住居の集落ではない。レンガや木でできた家々。道は石畳で舗装され、多くの者が行きかっている。
やがてひときわ大きい広場の光景になった。噴水が水を噴き出すその傍らに、ヒヒイロノカネでできた三体の像があった。
「……これ。……私たちだ!!!」
立ち並ぶ三体の像。耳としっぽのある巫女。輪を頭上、翼を背に持つ天使。ツタと冠をまとったニンフ。多少の造形の違いはあるが間違いない。
「なにこれ? なんでこんな短い時間で文明ができてるの?」
「い、いえ。これは短時間で発展したというよりは……」
レカエルが周りのスギや鳥たちを見て何かに気づく。成長した木々。こんなにいなかった鳥たち。産み増えたらしい人間たち。
「ま、まさか……」
ツツミも思い当たったようで驚愕に思考が停止する。エウラシアが彼女にしては早口で言った。
「たぶん。ここ。未来」
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