肺がんだった話

結城有子

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退院

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 退院したのは2024年7月23日。

 入院期間は、2週間+1日でした。

 1日延びたのは、湿疹のせいです。薬疹の可能性があるので、22日の段階では退院が保留になりました。でもステロイド剤で着実に改善しているため、問題ないと判断されたようです。翌日には、退院が決まりました。

 退院許可を告げに来た先生には、こう聞かれました。

「最短で明日、退院できます。どうしますか?」
「退院します」

 これ、もっと居たいって言ったら、居座ってもよかったのかな。きっとよかったのだと思います。延泊も魅力的でしたが、退院することにしました。

 だって、ねえ。

 自分だけ元気に病院で豪遊ステイだなんて、夫がかわいそうで。毎日欠かすことなく面会に来てくれるのは、きっと大変だったと思います。食事も全部自炊してたし。

 夫の知ってるレシピは、すべて出来上がりの分量が二人分。材料を半分にして作ろうとしていた夫に、手抜きの知恵をチャットで授けました。

「かつおキムチは下ごしらえだけしておいて、食べる直前に一人前ずつ混ぜればいい」
「採用」
「いんげんの肉巻きは、食べる分だけ焼いて、半分は冷凍しとけばいいよ」
「そうする」
「カレーは二人分作っておいて、二日目はレンチンでいける。ヤムウンセン風サラダは作っておいて、タレだけ食べるときにかければいいんでないかな」
「わかった」

 温めるだけで食べられる作り置きの冷凍ものもあるので、それを取り混ぜながらしのいでいたようです。それでも大変だったみたいだけど。

 退院すると決まったら、準備が始まりました。

 1回目の点滴は入院しましたが、2回目以降は外来で日帰りになります。点滴を受けるのは、集学的がん診療センターと呼ばれる場所。がん診療の拠点となっているので、そういう専門の場所が用意されているのだそうです。

 集学的がん診療センターでスムーズに診療を受けるため、事前に流れを頭に入れておくよう、パンフレットを渡されました。それだけでなく、説明動画も視聴しておくよう指示がありました。

 もちろん、真面目に予習しましたよ。

 ふんふん、集学的がん診療センターの予約の2時間半前に病院に来るように、と。当日のわたしの予約は、呼吸器内科の主治医S先生の診察が9時、集学的がん診療センターの予約が12時。

 集学的がん診療センター予約の2時間半前より、診察の予約のほうが早いから、普通に診察に間に合う時間に来れば大丈夫そうに見えます。でも念のため、看護師さんにも確認してみました。

「これは診察の2時間半前に来ておいたほうがいいですか?」
「診察がだいぶ早いから、その必要はないと思いますけど。一応、確認してきますね」
「はい、お願いします」

 看護師さんは、しばらくしてから戻ってきました。そして「診察に間に合うように来てくだされば、大丈夫ですよ」と請け合ってくれました。

 でもまだ心配が残っています。点滴にはずいぶん時間がかかっていたのに、予約が12時で大丈夫なのかしら。だって外来でしょ。日帰りなんでしょ。

 だいたいこういうのって、予約した時間よりも遅れることが多いから、実際に始まるのは早くて12時半くらいじゃないのかな。それから7時間もかかったら、終わるのが夜の7時半とか8時なんですけど。

 不安で首をかしげていると、看護師さんはにっこり笑顔で保証してくれました。

「詳しいことは知りませんが、大丈夫なように組んであるはずですよ」

 そっか。大丈夫なのか。でも、朝から夕方遅い時間までかかるのは間違いない。ご飯はどうすればいいの。お弁当を2食分用意して行かないといけないのかな。

 これにも看護師さんがにこやかに受け合ってくれました。

「点滴を準備する時間もありますからね。途中でコンビニに買いに行くくらいの時間は十分あるはずですよ」

 このときは安心してしまったけど、不安は的中しました。それがわかるのは、まだ少し先のこと。集学的がん診療センターでの受診初日の出来事です。それについては、また後ほど。

 退院にあたり、次の診察までの薬を渡されました。

 頭部の湿疹がしぶとく残っていたので、リンデロンローションを5本お願いしちゃった。だって朝と晩に2回塗ると、2日でなくなっちゃうんだもの。ほぼ頭部全体だからなー。少しずつ使用量が減っていくであろうことを考慮しても、1本じゃまるで心もとなかったのです。

 血痰はもう全然出なくなっていたので、止血剤はなし。咳止めは一応、いただいておきました。だいぶ減ってきてはいたものの、しゃべると結構まだ出ていたので。

 入院前に「だいぶ咳が減ってきたから」と飲まずに寝ようとしたところ、咳が出まくって眠れなかった苦い経験があり、絶対に大丈夫と確信できるまでは薬をいただいておくことにしたのです。

 退院するとき、ちょっと寂しかった。

 さようなら、豪華ホテルステイ──じゃなかった、ゴージャス病院ステイ。「退院するのが寂しいとか、ありえん」と夫に笑われながら、迎えに来てくれた車で帰宅しました。

 ただいま、日常。

 2週間ぶりの家の中は、思ったより荒れてました。キッチンのシンクには洗い物があふれていたし、乾燥機から取り出した洗濯物は、部屋の中央に放置されていました。きっと片付ける時間的な余裕もなく、迎えに来てくれたのでしょう。かわいそうに。

 さっそく片付けから始めました。ああ、病院のご飯おいしかったなあ──などと思いながら。まさにリゾート地でのバカンスから帰宅したかのような、この落差あふれる日常感よ。


 * * *


 入院したことを知っている知人からは、快気祝いをいただいたりして恐縮しました。病気が治ったわけではないからなあ。何だか騙してるみたいで、申し訳ない。

 でもよくなったのは間違いない。

 病名を伝えるつもりがないので「咳がとまらなくて入院して、点滴でよくなった」とだけ話しました。嘘じゃないもんね。そして病名を聞かれる前に、話をそらします。

「一般病棟の個室が空いてなくて個室病棟に入院したんだけど、すっっごくよかった! 高いけど」

 さらにはスマホで写真を見せながら、どんなふうにすばらしかったかを熱く語る。

「ほら、見て見て。ご飯も違うの。昼食と夕食は、毎日デザートつき!」

 だいたいみんな「入院した人のする顔じゃないな」と呆れたように笑いながら、話に乗ってくれます。優しい。

 病室の写真見せると、盛り上がるよね。

「なにこれ。これが病室なの? ホテルじゃん」
「そうなの、リゾートホテルみたいなの。お風呂もすごいんだよ。見て、ほら」
「いったい何しに行ってきたの……」
「一応、治療を受けに行ったんだけど……。豪遊してきました!」

 病室と食事の写真を見せれば楽しく盛り上がれて、とてもいい話題です。楽しいのが一番よね。
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