肺がんだった話

結城有子

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入院

個室病棟

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 すばらしかった病室についても、書いておきます。

 一般病棟の個室に空きがなくて個室病棟の個室になったわけですが、最初の一日ですっかり味をしめてしまいました。いいよ、ここ。いい!

 一般病棟の個室が空いたら移してくださいってお願いしてあったのを、2日目には撤回しに行ってしまった。もうずっとここがいい。高いけど。

 だって、食事からして違うんだもの。昼食と夕食には、毎回フルーツが付く。それもしょぼいフルーツじゃなくて、メロンの1/8カットがドーンと出てきたりする。キウイだったら、普通のキウイじゃなくてゴールドキウイ。

 メニューも違う。初日は八宝菜でした。ミラノ風カツレツなんておしゃれなものが出てきたときもありました。おいしかった。

 おいしいものが出てくるたびに、写真を夫に送ってました。夫はひとりで自炊に四苦八苦してるっていうのに。ひどいやつですね。

 ドライヤーもダイソンだった。そうじゃないドライヤーもあって、当然ながらダイソンのほうが人気。必要なときに借りるシステムなので、そのとき運よくダイソンが空いていれば借りられます。使ってみたら、すごくよかった。ほしい。

 夫に「高いけど、移らずにここに居たい」と言ってみたら、「いいんじゃない」と即答でした。夫にもメリットがあるんですって。一般病棟だと面会時間が決まってますが、個室病棟なら、早朝でも夜でも、好きな時間に面会に来られます。早朝なら道もすいているし、仕事前にちょっと顔を出せて、便利なのだそうです。

 ご機嫌に日々を過ごしていたのですが。人間の欲望って、際限がないのです。

 もっと上のグレードの部屋って、どんなところなんだろう。見るだけでいいから、見てみたいな。そう思って、看護師さんに尋ねてみました。

「上のグレードのお部屋の見学って、できますか?」
「できますよ。移動をご希望ですか?」
「いえ、次の機会のために、どんなお部屋があるのか見てみたいだけなんです」
「わかりました。ちょっとお待ちくださいね」

 お手すきなときにお願いします、と言ったのですが、すぐに戻ってきてくれました。そしてちょっとした見学ツアーを案内していただいたのですが──。

 なにこれ! パンフレットより本物のほうが豪華なんですけど!

 お風呂がガラス張りで外の景色が見えるとか、どこのリゾートホテルですか。洗面所は黒大理石だし。革張りの長ソファーもあるし。ほう、こっちの部屋はシティビューで、こっちはマウンテンビューですと。すてき。

 パンフレットには記載がなかったけど、クローゼットもウォークインクローゼットなんですよ。入院患者にこの広さのクローゼットが必要かっていうと、激しく疑問ではありますが。でもわたしみたいに元気な状態で入院してるなら、服も何着か持ち込もうと思うかもしれない。

 スイートルームも、見るだけ見せていただきました。こっちは完全に興味本位。これ、お手伝いさんとかいる人向けの部屋ですね……。いかにも「お付きの人用」みたいな部屋とユニットバス付きなんだもの。

 お礼を言って部屋に戻り、さっそくチャットで夫に報告。いかに上のグレードの部屋がすばらしかったかを熱く語りました。それに対する、夫のコメント。

「次があったら、上のグレードの部屋かな。次があったら」
「あったらね」

 次があったら、という夫の言葉に同意しながらも、頭の中ではぐるぐる考えちゃってました。

 次って、あるのかな。

 そもそも大学病院に入院する機会って、そうそうなくない? ──と言いつつ、わたしはこの病院に入院するのが4回目だったりしましたが。でも普通に考えたら、そうそうないはず。そもそも先生から「長生きはできないと思ってください」って言われちゃってるしな。

 だいたい、仮に次の機会があったとしても、こんな元気な状態では絶対にない。だって入院って、入院が必要なほど何かしら具合が悪いってことでしょう。そう思うと、グレードが上の部屋を楽しむのって、今が絶好の機会なんじゃないかしら。

 もちろん本物のリゾートホテルに泊まりに行ければ、それでもいいんだけど。でも今の自分の状況から考えて、贅沢を楽しめる環境が手近にあるなら、楽しんでおいたほうがよくない? 豪遊するなら、元気になった今がチャンスだよね!

 というわけで、おそるおそる夫にチャットを送信してみました。

「ねえねえ、今から上のグレードの個室に移りたいって言ったら怒る?」
「いいよ」

 即答だった。移るよ! 移っちゃうよ!

 さっそく事務の人に相談に行きました。すると「看護師長に相談してみますね」とのこと。病状によっては移せないこともあるので、必ず確認するのがルールみたい。わたしの場合、間違いなく「好きにして」と言われそうだけど。案の定、あっさり許可が下りました。

「ベッドや荷物を移動するので、少しサロンで待っててくださいね」

 すべてやってくれると聞いて、恐縮しました。でも考えてみれば、入院患者に荷物運びなんてさせられないもんね。わたしは元気だけど、普通なら入院中の患者って、入院するほどどこかの具合が悪いわけで。

 サロンで手持ち無沙汰に待つことしばし。迎えの人が来ました。

「お待たせしました。新しいお部屋にどうぞ」

 案内されて、新しい部屋に足を踏み入れ──。

 うわー。うわー。うわー。すてき!

 さっそくスマホで部屋の写真を撮りまくりました。そしてハイテンションのまま、チャット送信。

『すごいですううううう』

 わたしが部屋の見学をしたと報告した時点で、夫には「そのうち移動したいって言い出しそう」と想像がついていたそうです。いつ言い出すかと待っていたそうな。わたしには想像ついてなかったよ。だって高いもん。

 ちょうど週末だったので、翌日、夫は部屋の長ソファーで昼寝をしていきました。気持ちよくぐうぐう寝入ってた。背もたれを倒すとフルフラットにできて、ベッドにもなるそうです。お願いすれば、寝具も借りられるらしい。うちはいらないけど。

 いやあ、本当に素敵なお部屋でした。

 夫に「すっかりホテル気分だね」と笑われましたけど、実際そのとおり。入院なのに、うっかり豪華ホテルステイとか言っちゃいそうだもん。後半の5日間、しっかり堪能してまいりました。よかったわー。高かったけど。

 アメリカの友人にも、もちろん写真を送りました。日本の病室はどこもスーパーハイグレードだという誤った認識を植え付けてしまったような気がしないでもない。この部屋がハイグレードなだけで、普通はもっと普通だから。

 一般病棟の個室が空いてなくて、本当にラッキーでした。贅沢な2週間だった。
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