肺がんだった話

結城有子

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入院

生きがい

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 初めての点滴の日、問診票を渡されました。薬物療法の患者向けの問診票で、次の項目について症状の有無をチェックします。

・吐き気
・嘔吐
・食欲不振
・味覚異常
・口腔粘膜炎
・だるさ
・息切れ
・発熱
・便秘
・下痢
・しびれ
・むくみ
・不安
・痛み
・爪障害
・手足症候群
・皮膚のかゆみ
・視覚異常

 症状がなければ「なし」に、ある場合には、その深刻度を3段階のどれに当てはまるかをチェックします。

 3段階の目安は、症状ごとに記載されています。たとえば「不安」の項目なら1が「軽度の不安」、2が「日常生活に支障がある」、3が「身の回りのことができない」という具合。

 ほぼ全部が「なし」だったけど、不安の項目だけ1の「軽度の不安」に丸をつけました。人間、生きてれば何かしら不安があるもんね。じゃあ何が不安なのかって聞かれると、答えに困るんだけど。いろいろ、としか言いようがない。そもそも軽度だし。

 チェックして思ったけど、元気だわ、わたし。

 咳は出るけど、それ以外はこれといって何もないもんね。その咳も、しゃべらなければあまり出ない程度に減ってきてるし。

 そんな中、看護師さんが何やらインタビューにやってきました。

「何か困っていることはありますか?」
「特には……」

 だって、これといって自覚できる副作用も出てないんですよ。ご飯はおいしいし、夜はぐっすり眠れてるし。湿疹が出たのには困ったけど、それは看護師さんたちに相談して改善しつつあります。

 考えても、これといって出てきません。

「何か知りたいことはありますか?」

 知りたいこと……。

 正直、困ってしまいました。聞きたいことなら、山ほどあります。だけど今すぐ言えと言われても、いつでも質問が頭の中で整理されてるわけじゃないんですよ。せめてそういう質問をすると、前もって予告しておいてほしかった。そうしたら、こちらも質問リストを作成しておくとか、準備ができたのに。

 最終的にお願いしたのは、がんの種類を知りたい、ということでした。もっとも、だいたい見当はついていたし、入院時に渡された資料からも当たりはついていました。それでも、きちんと先生から聞きたかったので。

 一応、先生から「唾液を司る──」という説明は受けたけど、もうちょっとネット検索可能なワードで説明してもらえるとありがたい、というようなことを言った気がします。すると看護師さんは、したり顔で「うんうん」と何度もうなずきました。

「あの先生、ボソボソした話し方ですもんねえ」

 笑っちゃったけど、わたしはそこまで言ってません。おっとりと穏やかな話し方の人だな、とは思います。声質も柔らかいから、耳の遠い患者が相手だと苦労しそうではあります。でも、わたしは聴覚に問題ないから、聞き取りづらいと思ったことはないのです。

 声や話し方じゃなくて、言葉の選び方の問題なんですよね。慎重すぎるというか、かみ砕きすぎて、逆によくわかんなくなっちゃうことがあるというだけ。

 そう説明したら、看護師さんはにっこり「わかりました」と請け合ってくれました。

「わかりやすく説明するよう、よく言っておきますね!」

 若干の不安を覚えつつ、よろしくお願いしました。大丈夫かなあ。なんか、先生ごめんなさい。

 そして看護師さんは、次の難問を発しました。

「生きがいは、何ですか?」
「生きがい……」

 生きがい、ねえ。

 いや、質問の意図はわかるのです。「がん患者が残された日々をできるだけ豊かに生きられるようお手伝いするための手引き」みたいな、何かマニュアルがあるのでしょう。きっとそれに沿ってカウンセリングしようとしてるんだろうな、というのはわかるんですけど。

 だけど世の中、「これがわたしの生きがいです」ってババーンと胸を張って即答できる人ばかりじゃないんですよ。少なくとも、わたしは違う。

 いくつか趣味はあるけど、生きがいってほどのものじゃないしなあ。

 で、散々悩んだ末の答えが──。

「特には……」

 いや、もう、カウンセリングし甲斐のない患者で、本当に申し訳ない。

 だけど自分でも、本当に何もないかっていうと、何かあるんじゃないかとは思いました。即答できるかどうかは別にして。生きがいが本当にひとつもない人ってのも、そんなにいないような気がしますもんね。

 わたしの生きがいって、何だろう。

 このときから、折りにつけ考えるようになりました。それだけでも、カウンセリングの意味はあったんじゃないかな。看護師さん、ありがとう。

 ああ、これか、と自分で納得できるものに気づくのは、まだ少し先のこと。
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