肺がんだった話

結城有子

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診断まで

誰に話す?

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 肺がんと診断が確定した日、夫に聞かれました。

「誰に話す?」

 うーん。悩ましいような、そうでもないような。ちょっとだけ考えて、こう答えました。

「別に、誰にも言う必要ないんじゃない?」

 だって、聞いて楽しい話じゃないもんねえ。聞いたほうだって、反応に困るじゃない?

 一緒に暮らしてる夫に隠すわけにはいかないけど、一緒に暮らしていない親兄弟には、わざわざ話さなくてもいいと思うのです。話したって、ただ心配させるだけで何もいいことないもの。

 もっとぶっちゃけちゃうと、心配してあれこれ質問攻めにされたら面倒くさい、というのが正直なところ。ただでも憂鬱なのに、いらんストレスを増やしたくないわけです。話してお互い楽しい話なら、言うんだけどねえ……。話題にしても、お互いストレスになるだけだからなー。

 というわけで、今のところは、あえて報告したりはしないことにしました。

 ただし夫は、上司には伝えたそうです。検査や入院で付き添いが必要になる機会が増えるから。そういうときに半休や休暇を申請するのに、事情を知っててもらったほうが都合がいい、というわけです。

 わたしも、友人ひとりにだけ話しました。何でも話せる友人なのです。そんな友人が日本人じゃないってところが、我ながら寂しいやつだと思います。

 その友人には、確定前にすでに話してました。CEAマーカーがやばいほど高かった、という時点で「たぶんステージ4の肺がん」と話しちゃったのです。話しちゃったというか、メールのやり取りなのですが。

 この友人のおかげで、化学療法を英語ではchemoと呼ぶことを学習しました。正式にはchemotherapyですが、chemoで通じます。ネット検索してみたら、なぜか日本語だとケモセラピーになるみたいです。英語の発音では「キーモ」なのに。まあ、外来語としてカタカナになると、もとの発音から離れちゃうのはよくあることですもんね。

 で、この友人に確定前に「CEAマーカーがめちゃくちゃ高かったから、たぶんもう転移してるがんだと思う」と話したら、「そんなに悲観的にならないで」と慰められたのです。悲観的になってるわけじゃなくて、現実を見ようとしてただけなんだけどな。

 友人がこう反応した原因は、少しやりとりしてから判明しました。どうやらアメリカと日本とでは、CEAマーカーの使われ方が違うようなのです。アメリカと日本とで違うというか、日本でだけ広く普及しているようでした。

 その理由は、CEAマーカーが日本生まれだから。そのため国内では利用法の研究が海外に比べて進んでいて、さまざまな場面で利用されているというわけ。

 友人によれば、アメリカではCEAマーカーの説明は次のようになっているそうです。

『検査の説明に、他の方法でがんと確定診断された後に、経過観察のために使うと明記されているんだ。それも、大腸がんで使用するのが一般的、とある』

 たぶんこれ、日本だと相当古い時代の利用法です。50年前とかの。

 もちろん今でもそういう使われ方もしているはずですが、それよりもっとずっと広く使われているんですよね。だから値が異常に高かったと説明しても、危機感が共有できなかったみたい。

 そんな具合に感覚的なすれ違いはあったものの、何でもあけすけに話しちゃってます。そういう相手がいるって、ありがたいなあ、と思います。

 ネットの検索で「がん 誰」まで入力すると、「がん 誰に言う」「がん 誰に伝える」「がん 誰にも言わない」などが検索候補として表示されます。だからきっと、がんになった人はたいてい誰でも悩むことなんでしょう。

 わたしの場合はとても自分本位に決めましたが、それでいいと思ってます。話すことでメリットが得られるなら話せばいいし、話すことのデメリットが大きいなら話さなければいい。だって本人が一番つらいんだから、少しでも楽になる方法を選んだって責められるいわれはないはずだもの。

 そんなわけで、わたしは周囲には話さないことにしました。病状が変わったら話そうと思うかもしれないけど、それはそのときの状況次第で選んでいけばよいことだと思います。
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