王子様な彼

nonnbirihimawari

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隆太郎サイド STORY.6 困った家族

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「あ、ちょっと隆太郎」
 秋は文化祭の季節。今日からの2日間、その準備期間に入るため授業は一切なしだ。いつもより重い鞄を背負い、家を出ようとしたところ、突然母親に呼び止められた。
「何?」
「帰ってきたら詳しく話すけど、あなた家庭教師する気ない?」
「家庭教師ぃ?」
 驚いて声をひっくり返してしまった俺に、母はにこにことした笑顔でひとつ頷いた。
「私の友達の滝口さん。ほら、この前うちにお茶しに来た人いるでしょう? あの人の娘さん中学2年生なんだけど、あなたのことちらりと話したら是非見てもらいたいって電話で言ってきたのよ」
「えーっ、隆ちゃんが家庭教師ぃ?!」
 母の声を聞きつけたのか、まだリビングで朝食を取っていたはずの姉がものすごい勢いでこちらにやってきた。そして俺の姿を目に留めると、案の定けらけらと笑い出した。
「なーに言ってるのよ、隆ちゃんにそんなの荷が重すぎるって!」
「あら、そんなことないわよ。隆太郎最近成績すっごくいいんだから。こないだなんて学年で48番よ48番!」
 母が嬉しそうに目をきらきらとさせた。確かに最近成績が上がったのは認めるが、まだまだだ。50番以内に入っただけでは到底十分とは言えない。
「よ、よんじゅー」
 はち、と口をぱくぱくさせている姉を尻目に、母は再び口を開いた。
「まあ、一応考えてみてちょうだい。詳しくは帰ってきたら話すから」
「分かった」
「あ、ちょっと隆ちゃんっ。ってお母さん、それいつの話よ! こないだまであの子半分よりぎりぎり上って感じだったじゃないー!」
 玄関を閉めたあとも、姉の叫び声は外にまで聞こえていた。
 庭にとめてあった自転車にまたがる。2分遅れだ。俺は美緒の家に向かい、猛スピードで自転車をこぎ始めた。


*     *     *


 文化祭準備は目が回るほどに忙しかった。学校中を駆けずり回り、そう大抵のことでへこたれない俺でも家に帰る頃にはもうくたくたになっていた。
 部屋に入った途端、制服も着替えずにベッドに倒れ込んだ。思考能力の落ちた脳はだんだん働きを遅くしていき、やがて俺はそのまま重い瞼を落とした。

 ノック音で目が覚めた。ぼんやりした視界の中壁に目をやるともう夕食の時間で、外からは姉の声が聞こえた。
「ちょっと隆ちゃん、何してるのよ。ご飯よーっ」
「あー今行く」
「早く下りてきなさいよ」
 部屋の前から足音が遠ざかっていき、俺はベッドから起きあがった。着替える時間もないから制服のままでいいかと考え、そのまま部屋を出た。


*     *     *


 俺の父親は高校の教師をやっている。専門は数学で、教えているのは私立校だ。
 でも勉強を教えてもらったことはほとんどない。小学生のころに一時期勉強を見てもらっていた時期があったらしいが俺はそれを覚えていなかった。
 多分、今でも聞けば教えてくれるんだろう。けれど俺の中にある変なプライドがそれをすることを邪魔していた。

「お前、家庭教師やるんだって?」
 食事を始めてからものの数秒、突然父が尋ねてきて俺は食べていたものを吹き出しそうになった。母に目を向ければ今朝と変わらずにこにこしていて、そうよねー、と同意まで求められた。
「まだやるとは言ってない」
 そうは答えたものの、文化祭準備が忙しすぎたせいで俺は家庭教師の件を今の今まですっかり忘れていた。やってみるのはいいと思う。けれど、人に教えられるか自信がないのも事実だった。
「やらないのか?」
「いや……まだ、考え中」
 というよりもまだ何も詳しいことは聞いていないから答えようがない。曜日はいつだとか時間は何時からだとか、それによってできるかできないかも決まってくる。
「何言ってるのよー、考える必要なんてないわよ。あちらはあなたの都合のいい曜日でいいって言っているし、時間も何時からでもいいって言うし、それに、時給2000円よ2000円!」
 今時滅多にないわよ、と母は力説した。
「週に1回なんだから美緒ちゃんとの時間にも影響ないでしょう? すっごくいい条件じゃないの」
 ここで。
 美緒の名前を出すかと思わずがくりと項垂れた。
 うちの夕食は父親が帰ってきてからしか絶対に取らない。父が遅くなるときには家に電話があって、それから母は俺と姉の分だけ夕飯を作る。うちの両親は結婚22年目にして未だにものすごく仲がいいのだ。いや、仲がいいことはいい。けれど息子のプライベートをこういった家族団らんのときに持ち出すのはどうかと思うのは俺だけだろうか。
「なんだ、お前、美緒ちゃんが好きなのか?」
 そして、とうとう俺は噎せた。
 父は、まるで悪気があったわけでもなくただ純粋な興味で尋ねた、そんな顔をしていた。姉は瞳をまん丸にして驚き、母はおかしそうにけらけらと笑っていた。
「あら、あなた知らなかったの?」
「お父さん、そういうことはこっそり遠回しに聞かなきゃダメなのよ。隆太郎ショック受けてるじゃないのよ」
 ああ、そうか、なんて父は納得し、俺に悪いと謝ってくる。
 逃げたい。
 ものすごくこの場から逃げたい。
「でも、お父さんいいぞ、美緒ちゃんなら嫁にきても」
「わたしもわたしも! 美緒なら妹にしてもいいわよ。というか、美緒じゃなきゃやーよ」
「お母さんも美緒ちゃん娘にしたいわあ」
 コロッケを口に放り込み、ご飯を詰め込んだ。ひたすら食べる。食べまくる。
「でも、脈はありそうなのか?」
「女の勘としてはありそうよ。実は前聞いたのよー。かっこいいって思う男子がいないなら隆太郎のお嫁に来てわたしの妹になればって言ったら! 真っ赤になるだけで否定はしなかったから脈ありよ!」
「そうか」
 そうかじゃねえっ。
 意思とは関係なしに顔が勝手に火照ってきた。無理矢理ご飯を飲み込み、お茶を流し込む。勢いよく席を立つと、びっくりしたようにみな一斉にこちらを向いた。
「ごちそうさま!」
「あら、もう食べたの?」
「あ、隆ちゃん逃げる気ね」
 そりゃあ逃げたくもなる。
 口々に不平を言う3人を食卓に残してリビングを逃げ去った。後ろから頑張れよ~という呑気な父の声が耳に届いたときには完全に脱力した。頭を壁にぶつけた。
 どうしてうちの家族はこうなんだろう。
 プライバシーなんてあってなきがごとしの存在だ。姉に話せば母に筒抜け、母に話せば父に筒抜け、完全に情報がループしている。

 ああ、これで振られたら俺、いったいどうなるんだろう。 
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