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隆太郎サイド STORY.1 どうしようもないくらい
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それからしばらく時は過ぎて、その日からあっという間に1ヶ月のときを数えた。季節は完全に夏へと色を変え、じりじりと地を焼く太陽は高く光を降り注いでいた。
あの日の帰り道、何ともなしに飯嶋のことを会話の中で触れてみた。飯嶋って奴知ってる? と聞くと、当然のように美緒は頷いた。
「隆太郎こそ、なんで飯嶋くん知ってるの?」
尋ねられて少々狼狽してしまった。
「お前んとこの学級委員だろ」
その日知ったばかりだというのに、そんな理由にもならない言い訳をした。基本的にちょっと人より鈍い美緒はふーんと納得したようにつぶやいただけで、それ以上言葉を切り返してくることはなかった。
「そいつに何か言われたりした?」
それをいいことに、俺はさらに美緒に尋ねた。
「別に……何も言われてない……あー隆太郎のことちょっとだけ言われたかなあ」
「俺?」
予想していたとはいえ反射的に顔をしかめてしまった。美緒はうん、と頷くと、笑顔をこちらに向けた。
「仲いいねって。幼馴染っていいねって言われた」
「い」
嫌みだ。思いっ切り嫌みだ。
思わず口に出しそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。
「でも隆太郎と幼馴染でもねえ」
空を見上げて、美緒はどこか嬉しそうに、笑顔のまま口を開いた。
「朝は遅刻するし、宿題は忘れるし、なーんもいいことないかも」
「おい」
なんだその表情と合ってない言葉は。
顔をしかめると、美緒はにっこりとした微笑みを俺に向けた。
「うーそ」
楽しそうな笑い声とともに、美緒の長い髪がさらりと風に揺れた。
……飯嶋は、あの日以来俺に何か言ってくるようなことはなかった。廊下ですれ違っても無視。微妙に睨まれている気もしたが、いちいち気にするだけ無駄だと思ったので特に何かしようとも思わなかった。
「あ」
そしてそれは数学の授業中のことだった。窓の外に美緒の姿を見つけた。学校指定の紺色のジャージを着て、髪を2つに結わえていた。
50メートル走のタイムを測っているようだった。美緒は足のせいで体育に参加できない。けれど、小学校のときとは違い、見学することなく教師の手伝いをしていた。ゴールのところに立ち、ストップウォッチとタイムの記録を書き込んでいる姿が見えた。
美緒は足のことを悲観することは決してない。クラスメイトにどうして体育にでないのかと聞かれれば、気にするようすもなく自分の足のことを話した。
「次ー!」
窓を全開にしているせいで、グラウンドの声はこちらの教室に筒抜けだった。
教師が笛を鳴らすと、遠くグラウンドの向こう側で並んでいた2人の男子が同時に地面を蹴った。
美緒のようすをぼんやりと眺めていた。クラスが変わってから学校での美緒をあまり見ていないような気がした。今までは授業中真剣にノートを取っている姿や、睡魔に負けないよう健気に頑張っているところなんかを当たり前のように視界に入れていたから、どこか不思議な感じがした。
笛の音が再び響き渡った。どうやらさっきの男子2人が最後らしかった。ふと見ればその一人はあの飯嶋だった。
美緒は持っている紙に何やら書き込んだあと、他のクラスメイトがいる場所へと足を向けた。小走りでグラウンドを行く。
いくら足がよくなったといっても、やっぱり走るのはあまり良いことではない。俺と美緒の遠い距離がものすごくもどかしかった。そして心配したとおり、美緒は足を躓かせた。
危ない――思わず立ち上がりかけた俺は、次の瞬間カッと頬を熱くした。
転ぶ寸前、美緒は一人のクラスメイトに抱き留められた。飯嶋、だ。あの飯嶋。素早い動作だった。美緒をずっと見つめていない限り、できるはずのない行動だった。
ふざけんな――。
美緒に触れていいのは俺だけだ。艶のある長い黒髪も、柔らかい身体も、全部、全部、触れていいのは俺だけだ。あの可愛い笑顔だって、向けられるのは俺だけでいい。
心臓が熱かった。心の奥底から何かがこみ上げてきた。
これは、嫉妬だ。
美緒のことは好きだ。好きじゃないならこんなに長い時間を一緒にいたりなんかしない。
彼女は、俺にとって大切な女の子だ。何よりも、誰よりも、一番に守ってあげたい女の子だ。
違う。
もう、そんな次元じゃない。
俺は、もうどうしようもないくらい。
どうしようもないくらい、美緒が愛しくてたまらないんだ。
あの日の帰り道、何ともなしに飯嶋のことを会話の中で触れてみた。飯嶋って奴知ってる? と聞くと、当然のように美緒は頷いた。
「隆太郎こそ、なんで飯嶋くん知ってるの?」
尋ねられて少々狼狽してしまった。
「お前んとこの学級委員だろ」
その日知ったばかりだというのに、そんな理由にもならない言い訳をした。基本的にちょっと人より鈍い美緒はふーんと納得したようにつぶやいただけで、それ以上言葉を切り返してくることはなかった。
「そいつに何か言われたりした?」
それをいいことに、俺はさらに美緒に尋ねた。
「別に……何も言われてない……あー隆太郎のことちょっとだけ言われたかなあ」
「俺?」
予想していたとはいえ反射的に顔をしかめてしまった。美緒はうん、と頷くと、笑顔をこちらに向けた。
「仲いいねって。幼馴染っていいねって言われた」
「い」
嫌みだ。思いっ切り嫌みだ。
思わず口に出しそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。
「でも隆太郎と幼馴染でもねえ」
空を見上げて、美緒はどこか嬉しそうに、笑顔のまま口を開いた。
「朝は遅刻するし、宿題は忘れるし、なーんもいいことないかも」
「おい」
なんだその表情と合ってない言葉は。
顔をしかめると、美緒はにっこりとした微笑みを俺に向けた。
「うーそ」
楽しそうな笑い声とともに、美緒の長い髪がさらりと風に揺れた。
……飯嶋は、あの日以来俺に何か言ってくるようなことはなかった。廊下ですれ違っても無視。微妙に睨まれている気もしたが、いちいち気にするだけ無駄だと思ったので特に何かしようとも思わなかった。
「あ」
そしてそれは数学の授業中のことだった。窓の外に美緒の姿を見つけた。学校指定の紺色のジャージを着て、髪を2つに結わえていた。
50メートル走のタイムを測っているようだった。美緒は足のせいで体育に参加できない。けれど、小学校のときとは違い、見学することなく教師の手伝いをしていた。ゴールのところに立ち、ストップウォッチとタイムの記録を書き込んでいる姿が見えた。
美緒は足のことを悲観することは決してない。クラスメイトにどうして体育にでないのかと聞かれれば、気にするようすもなく自分の足のことを話した。
「次ー!」
窓を全開にしているせいで、グラウンドの声はこちらの教室に筒抜けだった。
教師が笛を鳴らすと、遠くグラウンドの向こう側で並んでいた2人の男子が同時に地面を蹴った。
美緒のようすをぼんやりと眺めていた。クラスが変わってから学校での美緒をあまり見ていないような気がした。今までは授業中真剣にノートを取っている姿や、睡魔に負けないよう健気に頑張っているところなんかを当たり前のように視界に入れていたから、どこか不思議な感じがした。
笛の音が再び響き渡った。どうやらさっきの男子2人が最後らしかった。ふと見ればその一人はあの飯嶋だった。
美緒は持っている紙に何やら書き込んだあと、他のクラスメイトがいる場所へと足を向けた。小走りでグラウンドを行く。
いくら足がよくなったといっても、やっぱり走るのはあまり良いことではない。俺と美緒の遠い距離がものすごくもどかしかった。そして心配したとおり、美緒は足を躓かせた。
危ない――思わず立ち上がりかけた俺は、次の瞬間カッと頬を熱くした。
転ぶ寸前、美緒は一人のクラスメイトに抱き留められた。飯嶋、だ。あの飯嶋。素早い動作だった。美緒をずっと見つめていない限り、できるはずのない行動だった。
ふざけんな――。
美緒に触れていいのは俺だけだ。艶のある長い黒髪も、柔らかい身体も、全部、全部、触れていいのは俺だけだ。あの可愛い笑顔だって、向けられるのは俺だけでいい。
心臓が熱かった。心の奥底から何かがこみ上げてきた。
これは、嫉妬だ。
美緒のことは好きだ。好きじゃないならこんなに長い時間を一緒にいたりなんかしない。
彼女は、俺にとって大切な女の子だ。何よりも、誰よりも、一番に守ってあげたい女の子だ。
違う。
もう、そんな次元じゃない。
俺は、もうどうしようもないくらい。
どうしようもないくらい、美緒が愛しくてたまらないんだ。
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