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泣かないで
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どくんと心臓がひとつ大きく跳ねた。向こうから、隆太郎が歩いてくる姿が見える。相変わらず不機嫌そうだ。地面に視線を向けたままこちらを見ようともしない。
きゅっと拳を握る。
「……よし」
くじけそうになる自分に気合いを入れ、わたしは隆太郎に駆け寄った。
「隆太郎」
緊張か、今からすることに対しての恥ずかしさからか、わたしは隆太郎の顔を直視することができず彼に呼びかけた。隆太郎が立ち止まったところでわたしも足を止め、紙袋を差し出す。
「今日は、ごめんね? わたし、わたし、隆太郎と仲直りしたいよ……」
分からない。
隆太郎が怒っている理由は分からない。
けれど、隆太郎は訳もなく怒る人ではないから、何かあるはずなのだ。
「これ、6時間目に作ったやつ……。隆太郎の、ために、作ったから……」
受け取って、と、掠れた声しかでなかった。
今のわたしにはこれを言うだけでいっぱいいっぱいだ。自然と赤みが差す頬。受け取ってくれるか不安だったけれど、隆太郎は無言のままそれを手に取ってくれた。
俯いてしまう。隆太郎の表情は分からない。どうしたらいいか分からなくて、足下に視線をさまよわす。不意にカサッと紙擦れの音がした。
紙袋の中身を見たんだろうか、そんな考えが脳裏を過ぎたとき、腕を掴まれそのまま引き寄せられた。バランスを崩した身体はそのまま前のめりに倒れ込み、とすんと額に温もりが伝わる。すぐ近くに感じるそれに、わたしは一瞬何が起こったか分からず瞬きを繰り返した。
「お前、結局なんで俺が怒ったのか分かってないだろ」
上から降ってきた隆太郎の声は、もう怒りの色を含んでいなかった。
おそるおそる顔を上げる。すると、思いがけなく彼の優しい瞳に出会い、わたしの涙腺は途端きゅっと緩んでしまった。
「りゅ、たろ……」
うー、と子どものような泣き声を上げ、わたしは隆太郎のシャツにしがみついた。
髪を撫でられ、子どもをあやすかのようにぽんぽんと背中をたたかれ、やがて隆太郎の腕はわたしの背中の後ろに組まれる。しっかりとした力でぎゅっと抱きしめられて、わたしは大きくしゃっくりを上げた。
「わたし、今日誕生日だよ……」
「……うん」
「なのに……、なのに、隆太郎、怒るんだもん。ひどいよ……」
「……うん……ごめんな……」
「ひどいよー……」
ぐすっと鼻をすすると、隆太郎はわたしを抱きしめたまま優しく髪をなでてきた。わたしが泣いたとき、いつもするその仕草。何だか今日はそれがちょっと切ない。
「泣くなよ……」
少し困ったような声だった。
わたしの涙はきっと隆太郎のシャツをぐっしょりぬらしている。でも止まらないんだから仕方がない。わたしが小さくしゃっくりを上げると、隆太郎はそれを押さえ込むかのようにわたしを抱く腕に力を込めた。
「……だって、隆太郎、ひどいんだもん」
「……うん……」
「急に、怒るし、髪、ぐしゃぐしゃにするし」
ただただ涙が止まらなかった。わたしは鼻をすすり、一度大きく深呼吸をすると、隆太郎の胸に額を押しつけた。
「ひどいよ、もう……」
きゅっと。
隆太郎が、わたしをきつく抱きしめてきた。苦しくなるくらいのその抱擁に、息が詰まって、でも離してほしくなくて、わたしは少しの呻き声を上げたあとそのまま隆太郎に身を任せた。
「ごめん……」
だから泣くなよ、と隆太郎が耳元でささやく。わたしはまだ微かに残る嗚咽を飲み込んで、隆太郎の言葉に小さく頷いた。
しばらく、隆太郎はわたしを抱きしめたままでいた。身じろぎひとつできない空間の中で、苦しいけれど安心できるその空間の中で、わたしは次第に落ち着きを取り戻していった。
きゅっと拳を握る。
「……よし」
くじけそうになる自分に気合いを入れ、わたしは隆太郎に駆け寄った。
「隆太郎」
緊張か、今からすることに対しての恥ずかしさからか、わたしは隆太郎の顔を直視することができず彼に呼びかけた。隆太郎が立ち止まったところでわたしも足を止め、紙袋を差し出す。
「今日は、ごめんね? わたし、わたし、隆太郎と仲直りしたいよ……」
分からない。
隆太郎が怒っている理由は分からない。
けれど、隆太郎は訳もなく怒る人ではないから、何かあるはずなのだ。
「これ、6時間目に作ったやつ……。隆太郎の、ために、作ったから……」
受け取って、と、掠れた声しかでなかった。
今のわたしにはこれを言うだけでいっぱいいっぱいだ。自然と赤みが差す頬。受け取ってくれるか不安だったけれど、隆太郎は無言のままそれを手に取ってくれた。
俯いてしまう。隆太郎の表情は分からない。どうしたらいいか分からなくて、足下に視線をさまよわす。不意にカサッと紙擦れの音がした。
紙袋の中身を見たんだろうか、そんな考えが脳裏を過ぎたとき、腕を掴まれそのまま引き寄せられた。バランスを崩した身体はそのまま前のめりに倒れ込み、とすんと額に温もりが伝わる。すぐ近くに感じるそれに、わたしは一瞬何が起こったか分からず瞬きを繰り返した。
「お前、結局なんで俺が怒ったのか分かってないだろ」
上から降ってきた隆太郎の声は、もう怒りの色を含んでいなかった。
おそるおそる顔を上げる。すると、思いがけなく彼の優しい瞳に出会い、わたしの涙腺は途端きゅっと緩んでしまった。
「りゅ、たろ……」
うー、と子どものような泣き声を上げ、わたしは隆太郎のシャツにしがみついた。
髪を撫でられ、子どもをあやすかのようにぽんぽんと背中をたたかれ、やがて隆太郎の腕はわたしの背中の後ろに組まれる。しっかりとした力でぎゅっと抱きしめられて、わたしは大きくしゃっくりを上げた。
「わたし、今日誕生日だよ……」
「……うん」
「なのに……、なのに、隆太郎、怒るんだもん。ひどいよ……」
「……うん……ごめんな……」
「ひどいよー……」
ぐすっと鼻をすすると、隆太郎はわたしを抱きしめたまま優しく髪をなでてきた。わたしが泣いたとき、いつもするその仕草。何だか今日はそれがちょっと切ない。
「泣くなよ……」
少し困ったような声だった。
わたしの涙はきっと隆太郎のシャツをぐっしょりぬらしている。でも止まらないんだから仕方がない。わたしが小さくしゃっくりを上げると、隆太郎はそれを押さえ込むかのようにわたしを抱く腕に力を込めた。
「……だって、隆太郎、ひどいんだもん」
「……うん……」
「急に、怒るし、髪、ぐしゃぐしゃにするし」
ただただ涙が止まらなかった。わたしは鼻をすすり、一度大きく深呼吸をすると、隆太郎の胸に額を押しつけた。
「ひどいよ、もう……」
きゅっと。
隆太郎が、わたしをきつく抱きしめてきた。苦しくなるくらいのその抱擁に、息が詰まって、でも離してほしくなくて、わたしは少しの呻き声を上げたあとそのまま隆太郎に身を任せた。
「ごめん……」
だから泣くなよ、と隆太郎が耳元でささやく。わたしはまだ微かに残る嗚咽を飲み込んで、隆太郎の言葉に小さく頷いた。
しばらく、隆太郎はわたしを抱きしめたままでいた。身じろぎひとつできない空間の中で、苦しいけれど安心できるその空間の中で、わたしは次第に落ち着きを取り戻していった。
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