王子様な彼

nonnbirihimawari

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側にいるのに

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  STORY.3 側にいるのに 1  

 結局わたしは優花に何も言えなかった。だって、わたしは隆太郎のお姫様、なんていくら何でも口にできない。自意識過剰すぎるかもしれないし。
「納得できないなあ」
 優花はそう不服そうに言葉を漏らしたけれど、この話をしたらしたで納得できないと思う。優花のことだからきっと「お姫様イコール好きな子でしょ」と断言しそうだ。


 ぼんやりと、空に浮かぶ雲を眺めていた。こないだの席替えで窓際になってから、わたしはしょっちゅうこうやって外を見ている。
 ここの教室は3階であまり高い位置ではない。だから見晴らしはそんなによくはないけれど、風景を見るのが好きなわたしにとってはもってこいの場所だ。
 青い空の下、グラウンドで走り回る生徒たち、窓の向こうに高くそびえている木が、葉の色を少しずつ変えていくのを見るのも好きだ。この辺はときどき飛行船が横切ったりするから、それを見られたときにはわたしの機嫌は一日中いい。単純かもしれないけれど、そんな小さな幸せもわたしには大切なことだった。
「佐藤ってさ」
 突然、隣からわたしを呼ぶ声がした。
 びっくりして振り向けば、そこには当たり前のことだけれど隣の席の男子がいた。
 日詰孝明。隣の席になってから2週間、結構親切な人だ。
「髪きれいだよなー。前から思ってたんだけど。ね、ちょっと触っていい?」
 誉められたのは悪い気はしない。けれど、やっぱり自分の髪を他人――しかも男子に触られるのは抵抗があった。うーん、と考えて、そういえば日詰くんは美容師志望とかいつか言ってたなあ、と思い出した。
 親切な人だし、美容師志望なら変なこと考えてなさそうだし。わたしは躊躇ったすえに結局こくんと頷いた。
「おー、やっぱ佐藤の髪ってすげーさらさら」
 日詰くんは感極まったようすでそんなことを言う。照れる。それにかなり恥ずかしい。

 あああ、もうっ。そんなじっくり触らなくていいから早く手離してー。

 そんなわたしの心の声が彼に聞こえるわけもなく、日詰くんはひょこりとわたしの顔を覗き込んできた。
「ちょっといじっていい?」
「え?」
「大丈夫。俺、美容師志望だし、ふつーより上手いと思うよ、多分」
「う、ええ?」
 そう言って日詰くんは立ち上がると、わたしの背後に回って髪をとき始めた。
 どこから出したんだろう、と思ったくしはどうやらブレザーの内ポケットから出したようだ。男の子ってみんなそうなのかなあと一瞬考えたけれど、多分日詰くんが特別なんだろう。隆太郎なんて絶対持ってなさそうだし。
「佐藤っておじょーヘアー似合いそうだよな」
「おじょー?」
「お嬢様ヘアーのこと」
 お嬢様ヘアーってどんなだ、と思ったけれど、そこは黙っておくことにした。
 日詰くんは本当にこういうことに慣れているようで、実に手際よくわたしの髪を結っていった。鬢の部分を器用にあみこみにして、両側に2つの三つ編みを作る。そしてその2つを後ろにもっていくと、日詰くんはポケットから取り出した可愛らしい髪飾りでそれらをまとめた。
「うん、できた」
 日詰くんは満足したように笑顔を作る。これまたどこから出したのか、彼はそのあとわたしに鏡を見せてきた。
「わーすごいね。あみこみすごいきれー」
 手で、髪に触れる。鏡に映る自分を見て、これが世にいうお嬢様ヘアーなのかなあと考えた。
 不意に手が結び目に触れた。そこはただのゴムではなく髪飾りだ。先ほどちらりと見た限りではピンク色をしていたと思う。
「これ……」
「あー、それ」
 わたしが戸惑い気味に声を出すと、日詰くんはちょっと笑って言った。
「それ、この前買って、でもいらないから。佐藤にあげる」
「ええっ。いいよ、そんなの悪いよ。この前買ったって、まだ新しいんでしょ?」
「うーん……新しいっちゃあ新しいけど……」
 日詰くんは言葉を濁すようにそう言った。
「でも、佐藤にあげる。俺使わないし」
「そう……?」
 何だか断るのも悪いような気がして、わたしはありがたくそれをもらうことにした。まあ、確かに日詰くんがこれを使うなんて絶対……うん、絶対に考えられないだろうし。
「ありがと」
「うん」
 笑顔でお礼を言うと、日詰くんは嬉しそうに目を細め、優しく微笑んだ。
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