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誕生日の朝は
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STORY.1 誕生日の朝は 1
雨が降った翌日は快晴と世の中では決まっているのだろうか。
視界いっぱいに青々と広がる空を見て、わたしは目を細めた。
初夏の空気は葉に浮かぶ水滴を美しくきらめかせ、ゆらゆらと揺れる水溜まりは明るい町を映し出す。
まさに爽やか、そんな一言でくくれる朝のこと。わたし――佐藤美緒は18歳の誕生日を迎える。
* * *
「美緒ー!」
後ろから聞こえてきた声にわたしは身を翻した。玄関前で待つこと約5分。奴は今日も遅刻をする。
「わりい、ちょっと遅れた」
自転車にまたがり、顔の前でぱんっと両手を合わせるこの男。小学校からの腐れ縁であり現在もクラスメイトであり続ける成瀬隆太郎だ。
「また遅刻ー? もーしっかりしてよね」
「いーだろ、まだ時間余裕なんだから。今時1時間前登校するやつなんかいねーって」
「早く行ってるのは隆太郎のためでしょ! 宿題やってこないんだから!」
「へーへーそれは悪うございますねえ」
この隆太郎のすました顔。これには本気でむかつく。
わたしは無言のまま手に持っていた鞄を思い切り振り上げた。
「いってー!」
ばこん! というものすごい音がして、そのあとすぐ悲痛すぎる悲鳴が上がる。
顔面を抱える隆太郎にわたしは鼻をふんっとならすと、痛がる彼を無視して自転車の籠の中に鞄を放りこんだ。
「お前なあ、それぜってー辞書入ってるだろ辞書! ざけんなよー。って美緒! 聞いてんのか!」
いつもの定位置。自転車の後ろに腰をかけ、わたしは隆太郎の背中をばしばしたたく。隆太郎が騒がしいのはいつものことなのでこんなこともしょっちゅうだ。いちいち反応なんてしていられない。
わたしは隆太郎の腰をぎゅっと掴むと、さっきの出来事ですっかり晴れた気分を全面に押し出した口調で口を開いた。
「しゅっぱーつ」
ぎろっと、隆太郎がわたしを睨み付けてくる。自分だけがものすごく痛い思いをしたのが気に入らないんだろう。
うーん気分は最高にいい。目も覚めるような晴天に、すがすがしい朝の風。自然と笑みがこぼれてくる。
「ったく……」
にこにこと笑っているわたしを見て、隆太郎は呆れたように息をついた。そして仕返しといわんばかりにわたしの髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてくる。
「じゃ、行くぞ。ちゃんと掴まってろよ」
「ちょっ、何すんのよ! 今日髪頑張ったのに!」
「っるせ。辞書よりましだろ」
「んなもの入ってない! ……うひゃっ」
がくん、と小さな段を下りる振動が身体に伝わった。
突然の出発に驚いたわたしは妙な叫び声を上げてしまい、反射的にぎゅっと隆太郎の腰にしがみつく。ゆっくりと動き出した自転車はすぐにスピードを上げ、風を切るように走り出した。
「ちょっと! 何か言ってから出発してよ」
「はあ? 俺はちゃんと言いましたけど?」
何が楽しいのか、けらけらと笑いながらペダルを漕ぐ隆太郎は前方を見据えたままそんな屁理屈を口にする。その言い分に一瞬むかっときたけれど、反論するのも何だかしゃくに障ってわたしは口をつぐんだ。
「あれー? 美緒さん、反論できなくなっちゃったのかしら?」
からかうときの癖というのか。
いつものごとく隆太郎のおかま言葉がでてきて、わたしは眉を寄せた。
「う、やめてよ、そのしゃべり方。って隆太郎、学校はそっちじゃなーい!」
「近道だよ! 美緒は黙って乗ってればいーの!」
隆太郎はそう叫んだかと思うと、ぐっと急なカーブを右に曲がっていつもとは違う道に入り込む。
ま、まさか。
周りの景色を見てわたしは冷や汗を流した。
この先は、わたしの知っている限り……。
「ちょ、隆太郎、ストーップ! 止まれー!」
「無理! お前のせいで遅くなったんだからこっちの道で行くぞ」
「な、どうしてわたしのせいなのよ! 隆太郎のせいでしょ隆太郎の!」
「オーノー。アイムソーリー。ワタシニホンゴワカリマセーン」
今度は左に大きくカーブ。身体を右に傾けてそれをやり過ごすとわたしはもう二の句を告げなくなった。
この先待っているのは長い長い坂道。
怖い。怖すぎる。かなり前に一回通ったことがあるけれど、あまりのスピードに本気で死ぬかと思ったのだ。
「速度! 速度もうちょっと落としてよっ」
「俺を信じろ」
「無理ー!」
「あはは」
『あはは』ってなんだ『あはは』って!
「ちょっと! ほんとーにわたしは怖いの!」
「だーいじょうぶだって。死ぬときは一緒だ」
「隆太郎と心中なんてやだー!」
ああもう泣きたい。本当に泣きたい。
でも。
『死ぬときは一緒だ』、なんて、隆太郎の言葉に一瞬嬉しいなんて思ってしまったわたしって馬鹿?
雨が降った翌日は快晴と世の中では決まっているのだろうか。
視界いっぱいに青々と広がる空を見て、わたしは目を細めた。
初夏の空気は葉に浮かぶ水滴を美しくきらめかせ、ゆらゆらと揺れる水溜まりは明るい町を映し出す。
まさに爽やか、そんな一言でくくれる朝のこと。わたし――佐藤美緒は18歳の誕生日を迎える。
* * *
「美緒ー!」
後ろから聞こえてきた声にわたしは身を翻した。玄関前で待つこと約5分。奴は今日も遅刻をする。
「わりい、ちょっと遅れた」
自転車にまたがり、顔の前でぱんっと両手を合わせるこの男。小学校からの腐れ縁であり現在もクラスメイトであり続ける成瀬隆太郎だ。
「また遅刻ー? もーしっかりしてよね」
「いーだろ、まだ時間余裕なんだから。今時1時間前登校するやつなんかいねーって」
「早く行ってるのは隆太郎のためでしょ! 宿題やってこないんだから!」
「へーへーそれは悪うございますねえ」
この隆太郎のすました顔。これには本気でむかつく。
わたしは無言のまま手に持っていた鞄を思い切り振り上げた。
「いってー!」
ばこん! というものすごい音がして、そのあとすぐ悲痛すぎる悲鳴が上がる。
顔面を抱える隆太郎にわたしは鼻をふんっとならすと、痛がる彼を無視して自転車の籠の中に鞄を放りこんだ。
「お前なあ、それぜってー辞書入ってるだろ辞書! ざけんなよー。って美緒! 聞いてんのか!」
いつもの定位置。自転車の後ろに腰をかけ、わたしは隆太郎の背中をばしばしたたく。隆太郎が騒がしいのはいつものことなのでこんなこともしょっちゅうだ。いちいち反応なんてしていられない。
わたしは隆太郎の腰をぎゅっと掴むと、さっきの出来事ですっかり晴れた気分を全面に押し出した口調で口を開いた。
「しゅっぱーつ」
ぎろっと、隆太郎がわたしを睨み付けてくる。自分だけがものすごく痛い思いをしたのが気に入らないんだろう。
うーん気分は最高にいい。目も覚めるような晴天に、すがすがしい朝の風。自然と笑みがこぼれてくる。
「ったく……」
にこにこと笑っているわたしを見て、隆太郎は呆れたように息をついた。そして仕返しといわんばかりにわたしの髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてくる。
「じゃ、行くぞ。ちゃんと掴まってろよ」
「ちょっ、何すんのよ! 今日髪頑張ったのに!」
「っるせ。辞書よりましだろ」
「んなもの入ってない! ……うひゃっ」
がくん、と小さな段を下りる振動が身体に伝わった。
突然の出発に驚いたわたしは妙な叫び声を上げてしまい、反射的にぎゅっと隆太郎の腰にしがみつく。ゆっくりと動き出した自転車はすぐにスピードを上げ、風を切るように走り出した。
「ちょっと! 何か言ってから出発してよ」
「はあ? 俺はちゃんと言いましたけど?」
何が楽しいのか、けらけらと笑いながらペダルを漕ぐ隆太郎は前方を見据えたままそんな屁理屈を口にする。その言い分に一瞬むかっときたけれど、反論するのも何だかしゃくに障ってわたしは口をつぐんだ。
「あれー? 美緒さん、反論できなくなっちゃったのかしら?」
からかうときの癖というのか。
いつものごとく隆太郎のおかま言葉がでてきて、わたしは眉を寄せた。
「う、やめてよ、そのしゃべり方。って隆太郎、学校はそっちじゃなーい!」
「近道だよ! 美緒は黙って乗ってればいーの!」
隆太郎はそう叫んだかと思うと、ぐっと急なカーブを右に曲がっていつもとは違う道に入り込む。
ま、まさか。
周りの景色を見てわたしは冷や汗を流した。
この先は、わたしの知っている限り……。
「ちょ、隆太郎、ストーップ! 止まれー!」
「無理! お前のせいで遅くなったんだからこっちの道で行くぞ」
「な、どうしてわたしのせいなのよ! 隆太郎のせいでしょ隆太郎の!」
「オーノー。アイムソーリー。ワタシニホンゴワカリマセーン」
今度は左に大きくカーブ。身体を右に傾けてそれをやり過ごすとわたしはもう二の句を告げなくなった。
この先待っているのは長い長い坂道。
怖い。怖すぎる。かなり前に一回通ったことがあるけれど、あまりのスピードに本気で死ぬかと思ったのだ。
「速度! 速度もうちょっと落としてよっ」
「俺を信じろ」
「無理ー!」
「あはは」
『あはは』ってなんだ『あはは』って!
「ちょっと! ほんとーにわたしは怖いの!」
「だーいじょうぶだって。死ぬときは一緒だ」
「隆太郎と心中なんてやだー!」
ああもう泣きたい。本当に泣きたい。
でも。
『死ぬときは一緒だ』、なんて、隆太郎の言葉に一瞬嬉しいなんて思ってしまったわたしって馬鹿?
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