上 下
6 / 16

第6話 セカイ系

しおりを挟む
「まずは風呂に入ってもらおう。長い冒険の最中なんだ、ゆっくり入浴なんかしたことないだろう。水浴びくらいはしていたかもしれんが……」

 俺はクーレにそう言った。

 勇者パーティはあちこちに転戦しながら戦ってきた。
 魔法や不思議なパワーが発達したこの世界、戦争は数よりも質が重要だった。
 たとえばなんの能力も持たない農民を一万人集めたところで、一人の魔道士の魔法によってあっという間に全滅させられる。
 もちろん、地域の占領となるとそれなりの戦力はいるにしても、戦争の趨勢すうせいを決める戦闘においては、数人単位の個人の強さがモノを言うのだ。

 そして、勇者パーティは各地にいる魔将軍を激闘のすえ倒していったのだ。

 まああの外見からとても想像がつかないけどな。

 でもよく見るとあいつら、装備もけっこうボロボロで、髪の毛も手入れしていないっぽくてボサボサだったよな。

「よしクーレ、この城、客用の風呂ってあるか?」
「ない。モンスター、あまり風呂入らない。水浴び場はある」
「そ、そうか……まあゴブリンとかコボルトとかたしかに風呂入らなそうだもんな……」
「でも、魔王様専用の浴場はある」
「あるんじゃん! 使えるようになってるか?」
「使える。手入れしてある」
「魔王は逃げ出したのに水回りはちゃんとしているんだな」
「こっそり私が使っている。広くて気持ちいい」
「…………あ、そう。正直で好感がもてる、といっておいてやるぜ……」

 そして俺達は、準備万端整えて勇者パーティの襲来を待ち構えたのだった……。

     ★

 先日と同じ作戦室。
 先日と同じく俺達はテーブルを挟んで座っていた。

「あのあのあの……あのぉ……」

 勇者モジェリアは俺の顔をちらっと見るとすぐに顔を真赤にして俯いてしまう。
 こんなんでほんとに魔王軍の魔将軍たちをぶったおしてきたというんだからな。
 全然信じらんねえよ。

「ばか、モジェリア、こいつ魔族なんだぞ、なに顔を真っ赤にしてんのさ。インキュバスなんだから惑わされないようにしなよ」

 修道女キャルルがそう言う。
 失礼な、俺はインキュバスなんかじゃないぞ、ただ顔と声がいいだけのイケメン魔族なだけだ。

「そうよ! どうせこんなやつ、実力は雑魚なんだから! 見た目がいいだけ! 女を惑わすインキュバスに違いないわ! こんな雑魚の顔に動揺しちゃだめ! しっかりしなさいよ!」

 メガキスもそう言い、

「デュフフ……きっと今までに数百……いや数千人の人間の女性を色香で惑わしてきたに違いないですぞ、ぐふふ……」

 女騎士タッキーもそう言う。

 あのなー。
 前世と合わせても俺は女の身体に触れたこともねーぞ。
 くそ、数千人の女を惑わすとか……。
 やってみたいぜ……。
 
「で、そちらの王太子の返事は?」

 俺が聞くと、モジェリアが顔を真っ赤にしながら小声で言った。

「あのあのあの……王太子殿下に置かれましては、交渉の内容については私達に委ねると……。あのあの、そうは言っても私たちが全権委任大使というわけではないので、内容については王太子殿下のこ゚裁可が必要になりますけど……」

「ふーん。勇者パーティって戦闘部隊だろ? 戦闘部隊に交渉を任せるのか。国家の全権委任大使を別に送り込むとかじゃないんだな」

 俺の言葉に、ギャル修道女キャルルが自分の派手に塗られたネイルを眺めながら言った。

「そりゃそーっしょ。ここ、魔王軍の本拠地なんだから。国のなよなよなお偉いさんがここまでたどり着くなんてできないっしょ。そもそもみんな臆病者だから魔王軍の本拠地に乗り込む気概もねーし」

 ま、それは織り込み済みだ。
 魔王といってもエリモートは就任したばかり、たとえ攻撃停止命令を出したとしてもすべてのモンスターを意のままに操れるほどの影響力を発揮できるかは怪しい。まあネームドの魔将軍は一応みんなエリモートへの恭順を示してくれているが。

 王都ジグレジアから五百キロ、人間がこの地まで無事にたどり着くには、いつどこから魔族やモンスターの襲撃を受けるかわからない魔王領を通る必要がある。
 そんなことができる実力と勇気を持つお偉いさん――つまり上位貴族――なんているわけもない。

「じゃあ今後、勇者モジェリア、お前とそのパーティが俺達の交渉相手になるわけだな」

「デュフフ……。そうなりますな……」

 女騎士タッキーが笑ってそう言うのだが……。
 ん?
 昨日はマントを羽織っていたからわからなかったが、よく見たら、タッキーの身につけている甲冑、なんか絵が書いてあるな。
 じっと見てみる。
 これは……美少女と美少女がなんかこう、エロい感じで抱き合っているイラストだ。
 痛車ならぬ痛甲冑かよ!
 しかも百合か……。

「あのー、タッキーさん?」
「ぐふふ、なんですか、アニック殿」
「ちょっと立って、後ろを向いてもらっていい?」
「さすがお気づきになられましたね、ぐふふふ! 私が描いたのでござるよこれ!」

 そう言って後ろを向くタッキー。
 甲冑の背中部分には裸の少女の上半身のイラスト。背後から別の少女に抱きしめられている。その手がのびて前にいる子の胸を隠している。いわゆる手ブラだな。
 イラストの少女の顔は二人とも上気して最高にエロい。
 百合エロイラスト痛甲冑かよ……。
 
「デュフフ、どうですか?」
「正直、ぐっとくる」

 ぱっと顔を明るくしてタッキーはすっげー早口でまくしたて始めた。

「デュフ!! これは都で大流行中の『天使少女と悪魔少女のセレナーデ』っていう漫画でこれは神の使いである主人公サリーナと悪魔の娘マリッサが禁断の恋に落ちしかしその恋は成就すると世界の均衡が崩れてしまうのでサリーナは神からマリッサの暗殺を命じられるのですがサリーナは葛藤の末世界よりも恋人をとるというセカイ系で」

 セカイ系!
 あるのかそんなもんまでこの異世界は。
 セカイ系とかちょっと古い気もするけどここは異世界だから古いも何もなかったわ。

「ちょ、ちょっとやめなさいよ、恥ずかしいから……! その甲冑もほんと、やめてほしいんだけど……」

 獣人賢者メガキスがタッキーの腕をとって座らせる。

「そんな……メガキス殿も『天使少女と悪魔少女のセレナーデ』おもしろいって言ってたじゃないですか……。同志だと思っていたのですぞ……」
「いいから! まず座って黙ってなさいよ! あと8巻だけ抜けてんのよ! 飛ばして9巻読んだら急展開すぎてびっくりしたわ!」
「あー、メガキスごめん、8巻あーしが返し忘れてんだわ」

 勇者パーティにも人気の漫画なのかよ。
 うーん、俺もそれ、読んでみたい。
 多分少女漫画っぽいやつなんだろうけど、少女漫画ってレベルたけーのいっぱいあるからな。
 いや、今はこんな話している場合じゃなかったわ。
 こほん、と咳払いをして話をもとに戻す。

「で、俺としては停戦交渉をしたい。今、我々魔王軍はお前らに押し込まれたとはいえ、東ではロードドラゴンである魔将軍デレーツの軍勢が、北では大魔道士の魔将軍コーハ・イーラの軍勢がまだ健在だ。彼らはエリモートへの忠誠を誓うそうだ。つまり、エリモートが停戦命令を出せばいつでもそれが可能な状態だ。その他の有象無象のモンスターは従わないものもいるかもしれないが……」

「いやだめっしょ。今戦争はあーしらの活躍のおかげであーしらが絶対的有利。北のロードドラゴン、デレーツは包囲しているし、北の大魔道士コーハは補給路ぶっつぶしたから動けなくて立ち往生してるっしょ? 今停戦したら魔王軍に休息と補給を与えることになるじゃん? わざわざ敵に塩を送ることになるっしょ?」

 敵に塩って日本の言い回しだぞ。
 異世界なんだから上杉謙信はいないと思うけど、ま、どうせなんかいわれがあるんだろ、スルーする。

「それなんだが、そうは言っても人間の軍勢も我が魔王領に深く進軍していて……」

 俺がそう言いかけたとき。

「わー! きゃー! や、やめなさいよ、や、やめてーー!!」

 獣人メスガキ賢者メガキスが絶叫した。
 メガキスに抱きついてその身体をまさぐっているのは、我がかわいい妹、魔王エリモートだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

呪われてしまった異世界転生者だけど、今日も元気に生きています

文字満
ファンタジー
井ノ上土筆は転生者だ。  物語に限らず主人公とは無縁の人生を歩み、子宝にも恵まれ、それこそ、日本政府がモデルケースとして用いるような極めて平凡なサラリーマンだった。  極めて平和な人生を歩み、子育ても一段落し、老後のプランを考え始めた矢先、出張先で突然意識を失い、そのまま帰らぬ人となってしまった。  多少の未練を残しながらもこの世にしがみつく程でも無く、魂が帰す場所である輪廻《りんね》へと還る予定であったのだが、その途中、ここ異世界ラズタンテの神を自称する存在《アティアノス》により掬い上げられたのだ。  それが偶然なのか必然なのか、それこそ正に神様のみぞ知る所なのだろう。  土筆はアティアノスと名乗る神からの神託を受け入れ異世界ラズタンテへ転生する事になったのである。  しかし、光が強ければ闇もまた深くなるのは世の常だ。  土筆がラズタンテの地へと転生する一瞬の隙を突かれ、敵対する魔王の妨害により呪いを受けてしまったのである。  幸運にも転生は無事終えることが出来たのだが、受けた呪いにより能力が大幅に制限されてしまう。  転生後、土筆が身を寄せていた教会に神からの啓示を受けた高位の神官が入れ替わり立ち代わり訪れては解呪を試みたのだが、誰一人として成功する者は現れず、最終的に新たな使命を担い再出発する事で落ち着いたのだった。  御《み》使いとして現れたコルレット=ラザ=フリルの計らいによって、同じような境遇にある天使メルト=リト=アルトレイと供にメゾリカの街に拠点を移し、新しい使命を果たす為に活動を始めるのであった。 *この小説は他サイトでも投稿を行っています。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

辺境伯令嬢に転生しました。

織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。 アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。 書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。

辺境領主になった俺は、極上のスローライフを約束する~無限の現代知識チートで世界を塗り替える~

昼から山猫
ファンタジー
突然、交通事故で命を落とした俺は、気づけば剣と魔法が支配する異世界に転生していた。 前世で培った現代知識(チート)を武器に、しかも見知らぬ領地の弱小貴族として新たな人生をスタートすることに。 ところが、この世界には数々の危機や差別、さらに魔物の脅威が山積みだった。 俺は「もっと楽しく、もっと快適に暮らしたい!」という欲望丸出しのモチベーションで、片っ端から問題を解決していく。 領地改革はもちろん、出会う仲間たちの支援に恋愛にと、あっという間に忙しい毎日。 その中で、気づけば俺はこの世界にとって欠かせない存在になっていく。

処理中です...