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第三章 数の暴力

第23話 バニー【※※※和彦視点】

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 和彦たちは、透視の魔法を使って慎重に歩を進めていた。
 目の前でパーティメンバーが落とし穴の罠にひっかかってダンジョンの奥底へ落ちていくのを目の当たりにしたのだ。
 美香子が落下の衝撃で下の階の床に叩きつけられるすさまじい音を、和彦たちは聞いていた。
 あの音、どう考えても無事ではすんでいない。
 一瞬の油断で、命を刈り取られる。
 どんなに注意をしても、注意をしすぎるということはない。
 地下八階から地下七階へと続く階段をのぼる。
 このダンジョンの地下七階はほぼ一本道になっている。
 地下七階には魔法式のエレベータが設置してあり、地下二階まで直通で行き来できるようになっていた。
 パーティメンバーがたったの二人になったとはいえ、レベル45の司教とレベル40の僧侶。
 この地下七階さえ無事に通過できれば、あとは楽勝で地上にもどれるはずだった。

「なにか、くる」

 耳の良い春樹がいった。
 和彦も賢者の杖をもって身構える。
 パタパタという小動物が床をける音。
 曲がり角の向こうからくるようだ。
 基本的にはここのダンジョンはアンデッドダンジョンで、モンスターはほぼ不死のものしか存在しない。
 僧侶系の特殊技能である解呪をつかえば、一部の解呪無効のアンデッドを除けば問題なく倒せるはずだ。
 こちらへやってくる何かの姿をとらえる前から、二人は解呪の詠唱を始める。

「闇の力よ、消え失せよ。悪夢の力を解き放て。聖なる神よ、我が声に応えたまえ、……」

 そして足音の主が角を曲がった瞬間に叫ぶ。

「解呪!」

 アンデッドモンスターならそれで土に戻るはずだった。
 だが、そうはならなかった。
 そのまま、 白い動物のようなものが十匹ほどこちらへ突っ込んでくる。そんなに大きくはないようだ。

「くそっ、なんだってんだ……わが魂の怒りよ、怒りを熱に変えよ、炎に変えよ、大炎《マファルトー》!」

 和彦は間髪入れずに攻撃魔法を唱える。
 するとあっというまに炎に包まれたそいつらは絶命した。

「……なんか、おかしいな」

 ぱっと見は首を切ってくる恐ろしいモンスター、キラーバニーに見える。ここはアンデッドダンジョンだから、それのゾンビバージョンだろう。
 そうおもったのだが。
 だけど、焼け残った一匹を見ると――。

「なあ春樹、こいつただのウサギにみえるんだけど」
「ボクもそう思うよ。どうしてこんなところにただのウサギが――?」

 なにかの罠の予兆か?
 と、またウサギの群れ――今度は三十匹ほど――がピョンピョンとこちらへとやってくる。
 うん、どっからどうみてもモンスターじゃない、ただのウサギだ。
 どういうことだ?
 次から次へとウサギの群れがやってきては和彦の足元をついてまわってくる。

「――意味がわからん、だけどウサギを殺すためにMPを消費するのもばかばかしい、無視してエレベーターへ向かおう」

 だが、エレベーターへの一本道を進む間にも、どんどんウサギの数は増えていく。
 いまや和彦たちの周りには、3000匹を超えるウサギがみっしりと埋め尽くしていた。
 3000匹である。
 床がうごめくウサギによって白く染められたようにも見える。
 前にも後ろにもウサギ。
 はっきりいってちょっとキモイ。

「……なんだよこれ……」

 いままでこのダンジョンでこんなことは一度もなかった。
 ダンジョンの床一面、どこを見ても白いウサギ、ウサギ、ウサギなのだ。
 異常事態といってよかったが、さしせまってなにかの危険があるようにも見えなかった。

「……まあ、ウサギだし、俺たちに危害を加えてくるわけではないみたいだしな」

 ウサギを蹴飛ばしながら進もうとしたその時だった。
 その中の一匹だけが、とんでもないスピードで春樹にとびかかった。
 瞬間、和彦は叫ぶ。

「春樹、よけろッ」

 その声に反応して、春樹はたいをかわす。
 そうしなければ、文字通りここで春樹の首が“刈られていた”。
 そうはいっても、首のかわりに春樹の左腕が血を吹き出しながら音もなく床に落ち、春樹は突然の出血のショックで床に崩れ落ちた。

「くそっ……このウサギの群れの中に……キラーバニーのゾンビが紛れ込んでいるぞっ」

 ゾンビなら解呪をすればいい、だが解呪の成功確率はおよそ97%。
 目視で目の前にいるゾンビなら解呪が成功したかどうかわかるし、失敗したなら魔法攻撃なり物理攻撃なりをくわえればよい。
 だけど――。
 このウサギの群れの中に、何匹のキラーバニーのゾンビが紛れ込んでいるんだ?
 一匹ならまだいい、二匹か、十匹か、まさか百匹とかいるのか!?
 解呪が成功してたとえば二匹のキラーバニーが土に戻ったのを確認したとして、3%の確率で生き残ったキラーバニーゾンビがこのウサギの群れの中に一匹も残っていないと、どうやったらわかる?
 いや、そんなものはわかりやしない。
 三千匹の中で、何匹がキラーバニーゾンビなのか、和彦にはわからない。
 百匹いたとして、何回解呪を繰り返せば、数学的にほぼ殲滅できたことになるんだ?
 そしてそんな計算をしている暇はない、春樹が出血で死ぬ。
 春樹にのんきに回復魔法をかけていたら、その間に今度は春樹が首を切られかねない。
 長く考える時間はなかった。
 そんなギャンブルをここで行うわけにはいかない。

「しょうがねえ、攻撃魔法で全部焼き払うしかねえわけか」

 早くしないと春樹のケガがひどい。
 春樹は意識を失って床に倒れこんでしまっていた。
 片腕もがれて大出血したらこうなるのは当たり前だった。
 春樹を見捨てて自分だけエレベーターに駆け込む想定もしたが、その場合、その後一人でダンジョン内を歩くことになる。
 ソロのダンジョン探索なんて常識では考えられない。
 ちょっと麻痺毒を受けて動けなくなったら完全なる死だ。

「全部焼き払うしかないか……。これを、全部、だと?」

 和彦は床を埋め尽くすウサギ――三千匹のウサギを見て、途方にくれた。
 こいつらを焼き払うのに、どれだけのMPが必要だってんだ!?
 どこから襲ってくるのかわからないキラーバニーゾンビに注意しながら、一匹の漏らしもなく殺しつくさねばならない。
 生き残った一匹がキラーバニーゾンビだったなら、ここでパーティ全滅のおそれがあった。
 結局、春樹はただのウサギの大群を焼き尽くし、そして春樹を回復呪文で治癒するのに、その持っているMPのほとんどを使い果たしてしまった。
 三千匹のうち、キラーバニーゾンビはたったの一匹しかいなかったことなど、もちろん和彦は知らなかった。

     ★

「じゃーん! どやっ」
 そのころ、慎太郎の先祖は大浴場にてバニーガール姿を子孫に披露していたのだった。
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