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第六章 帝都奪還

108 そして次の戦いへ

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「ふっざけんな!」


 おっかねえなこのおばさん。まあお前を殺すといわれたんだから激昂するのは当然だが。

 と、そこにヴェルも俺に助け舟を出す。


「いいえ、確かにおかしいわ。帝位簒奪という大事件がおきたのに、陛下も私もラータもヨキ殿下からの一切の連絡がなかった。伝書カルトで陛下の親書……勅は受け取ったんでしょう? それを無視とは、つまりヨキ殿下にもなんらかの疑惑をもたざるを得ないわ。私の献策。セラフィ殿下は南の辺境に流罪。ヨキ殿下は北方の島に流罪。これでどう」

「これでどうじゃないわよ! あんたたちに返信する術がなかっただけで……」


 ラータが目を眇めて言う。


「しかしながら、ヨキ殿下がヘンナマリの反乱に対してなんらかの行動や意思表示を示したごようすがありません。これはつまり、黙認したという……」

「表立って反抗したら私の身が危ないでしょ!」

「それこそセラフィ殿下も同じことです。セラフィ殿下を処罰するのならばヨキ殿下も処罰しないと釣り合いがとれません。民衆に範を示せません」


 と、ここで最終決定者も口を出す。


「あのね、あのね、確かにヨキもひどいなあって私は思ったの」

「陛下……!」


 畳み掛けるように俺は言った。


「ならば献策いたします。セラフィ殿下とヨキ殿下の荘園を没収。一ヶ月のあいだ謹慎。それでいかがでしょう」

「荘園を没収……みとめられないわ!」


 この国での荘園といえば租税徴収権を認められた土地のことだ、これがヨキの資金源になっていたのだ。


「よろしいのではないでしょうか」

「いいと思うわ」


 ラータとヴェルが間髪いれずに賛成を示し、


「私もそれでいいかなあ……」


 もともとヨキのことを好きじゃなかった皇帝ミーシアが頷《うなず》く。

 今回の反乱鎮圧の功労者がこぞって賛成したので、ほかに反対意見を言うものはいない。

 ヨキだけが、


「陛下! 誤解です! そんな、そんな……荘園を没収? ありえない……だいたいセラフィなんてもともと荘園をもってないじゃない! 私だけ? なぜ私だけ……」


 そんなヨキに、ラータが冷たい声で言う。


「ヨキ殿下。はっきりした証拠はございませんが、ヨキ殿下がヘンナマリと親しい交友関係があったというのは事実です」

「親しくなんかないわよ! 利害関係が一致しただけで……」

「一致してたんですね? 死刑……」

「い、いや、今のは言葉の綾で……」


 はあ、とミーシアが大きくため息をついて、


「確かに荘園すべてというのはあまりに過酷」

「陛下、ですよね、荘園没収なんて……」

「セラフィとヨキの荘園のうち、帝都より東にあるものを没収する。加えて一ヶ月の謹慎。これは朕の最終決定である。貴族院、朕の意見に賛成するか?」

「はい。陛下の御心のままに」


 ヨキを除いた全員が頭を下げる。

「な……そ、そんな……私がなにか……」

 もうこうなったら形式上覆せないほどの大決定だ。

  ちなみにあとで聞いたが、ヨキの荘園はほとんどが帝都以東にあるそうだ。さらに言うと、セラフィはもともと荘園を所有していないので、ただの一ヶ月謹慎ですんだことになる。


「な……な……! くそ……! ヘンナマリめ、下手打ちやがって……」


 皇族とは思えない言葉遣いで悪態をつくヨキ。

 これでヨキは事実上の失脚だ。

 いやあ、すがすがしいほどの権力追い落としを見ましたよ、ラータ閣下。

 ヨキは第二等内相の地位にいたわけで、ヨキの力を削ぎ落とさ(そぎおとさ)ないと第一等宰相だったエリン亡き今、今度はヨキが実質的に帝国を牛耳るところだった。

 ま、その権力追い落としに俺も参画したんだけど。

 どろどろしてるなあ。


「それでは、そういうことでよろしいですか? では、次に……褒章についてですが。功のあったもののリストはこちらです。主な者だけですが」


 ドリルが議題を進める。

 財相のヒウッカがまず声を上げた。


「ラータ将軍とヴェル卿は当然昇進がよろしいかと思います。ラータ将軍につきましては荘園所有の許可、ヴェル卿については知行の加増。いかがでしょうか」


 そしてヒウッカとラータが目を合わせて頷き(うなずき)合う。

 なるほどねえ。

 自分から報奨はいいだしにくいけど、こうして誰かにいわせてるってことか。

 うーんほんとどろどろしていていやだねえ。

 議長はドリルだけど、実際この会議を主導しているのはラータかもしれない。

 そもそもこの中で軍事力を背景にしてものをいっているのはラータとヴェルの二人だけだし、血筋だけのヨキだとか、軍事力をもたない他の貴族たちはなかなか口を出しづらいだろう。


「んー。じゃあさ、ヴェルは第二等騎士。ラータは第一等大将軍で……ヘンナマリの領土の一部を荘園として認めてあげるよ。ルミシリール号を許す。あと宮廷料理にヘビ料理出すのも許す。約束だしね」


 そういや書面でそんな約束をしてたな。

 それを聞いたラータは喜色満面、


「ヘビ料理! すばらしい!」


 おいおい、まじ喜びじゃねーか、そんなに食いたいのかヘビ料理。

 おっと、ここだ、ここで一言口を出すために俺はこの会議への参加を希望したんだった。


「陛下、自ら声を出すのも恥ずかしいですが、私の褒章ですが……」

「あ、エージ? エージはよくやったから第四等で、準騎士から騎士。あと知行もあげるよ、どこがいい?」


 ミーシアが聞く。

 と、そこにヴェルが口をだす。


「エージは政治なんてやったことないでしょ、あたしが助言しやすいように近くがいいな」


 まあ、その通りだ、っていうか知行くれるのか。

 知行っていうのは要は領地だ、しかもこの国は半分封建制をとっているから、この場合自治権を持つ領地を俺にくれるというのだ。

 ミーシアが皇帝だとすると、王様とか大公とかみたいな感じか。


「僭越ながら」


 ラータが口を出す。


「それならば、今回ヘンナマリに与し(くみし)たリンダ・ア・グニー・アドルフソンの領地を召し上げ、エージ卿に与えるのがよろしいかと。そして同じようにカロル・ア・ミルテ・ヘイジの領地をヴェル卿に与えれば、二人の領地が隣接することになりますし、都合がよろしいかと」

「んじゃ、それでいいよ。他の人、文句ないよね?」


 皇帝ミーシアが言う。

 だが、それだけじゃ足りない、もう一声、国の大幹部が集まっているこの場でお願いしたいことがあるのだ。


「陛下。陛下は以前、私の二人の奴隷につきまして、売買の禁止を言い渡されました。今回褒章としまして、その売買の許可を願いたいのですが」

「あ、あの二人ね。別にいいけど、売っちゃうの?」


 軽いなあ!

 綸言汗の如しって言葉をしらねえのか!

 こんな軽いならわざわざこの会議に出なくてもよかったぜ。


「本人たちに売ります」

「あー……」


 ヴェルが何か言いたげな顔をした。


「なんだよ」

「それってさ、あの二人……獣の民の国に帰っちゃわない?」

「大丈夫だと思ってる。今後も俺の部下として働いてもらうさ」

「そう、それならいいけど……」

「そうだ、もう一つ、ドリル殿」


 俺は宮廷法術士長に声をかける。


「私の奴隷二人にかかっている首輪の拘束術式、あれ解けませんかね」

「……このたびの反乱により、拘束術式をかけた宮廷法術士のうち二人が死にました。残念ながらかなり難しいといわざるをえません」

「『婆様』と呼ばれる方の存在をお聞きしたのですが……」

「……ああ、あの方! あの方なら確かにあるいは……。私の先々代の宮廷法術士長です。今は帝都から西……そう、ちょうどリンダの領地の近くの生まれ故郷で隠遁されているはずです。紹介状を書きましょうか?」

「お願いします」


 うむ、これで俺がここにいる理由のすべては終わった。

 その後も会議は続いたが、俺は上の空でラータとヨキが口論しているのをぼーっとみていた。

 よかったな、キッサとシュシュはこれで自由になれる。

 こうして戦後処理もおわり、長く感じたヘンナマリの反乱のすべてがおわったのだ。

 最後につけたしておくと。

 あまり詳しく描写したくないことだからささっというが。

 ヘンナマリは公開家畜刑に処され、生きたまま家畜の餌になった。

 それを見た、というか立場上見ざるを得なかったミーシアはその場で吐き、その後三日三晩寝込んだという。

 あーあ、このターセル帝国に、恒久の平和が訪れることを願わずにはいられない。

 願うだけじゃ駄目だな、俺自身が戦わないと。

 平和は戦って勝ち取るものなのだ。

 だが俺がまずすべきことは、リンダの代わりに領地の領主として、領国経営することだ。

 そう思ってた。

 この時の俺はまだ知らなかったのだ。

 俺がターセル帝国のみならず、大陸全土に渡って俺の大好きな女の子たちのために戦い続けることになることを。


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