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第四章 兎とナイフ
82 輝く馬
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穴の中から空をあおぐ。
星が出ている。
でも、ほんの、ほんのすこしだけ、星が見えにくくなってきていた。
夜明けが近いのだ。
「も、もう限界です……」
キッサがいう。
「さ、最後にもう一回だけ見てみます……」
そろそろ法力も底を尽くだろうし、副作用で俺にキスしまくりたいだろう。
実際、夜伽三十五番は、手だけじゃなく、今は手足を括りつけるように固く縛られている。シュシュがやったのだ。
そして、目から涙をあふれさせて、
「んふぅぅ~~、んフゥゥ~~~」
と呻いている。
すまん。
この戦いが終わったらいくらでもキスさせてやるからさ。
あれ、この戦いが終わったら、だなんて、これフラグっぽいな、いかんいかん。
そっと外を伺うと、敵の攻撃が乱れてきている。
雄叫び、悲鳴、武器や法術のぶつかり合う音があちらこちらから聞こえてきている。
イアリー家の騎士団が突撃してきたのだ。
いやあ、しかしまじ来るのが早いな。
どうなってんだ。
と、最後の法術を使ったキッサが、副作用で苦しいのだろう、とぎれとぎれに言った。
「あの、……十二カルマルト先、重装歩兵五千と軽装歩兵千、騎兵千騎……」
「方角は!?」
「西です……」
これは……おそらく、帝国軍第三軍の軍勢だろう。
ヴェルが前説明したとおりなら、第三軍はこちらがわにつくだろうという話だった。
ラータ将軍……とかいったか。
穴の中で、俺は俺の奴隷たちの顔を見渡す。
白い髪、白い肌、赤い瞳のキッサ、その妹で銀髪のシュシュ、そしてブラウンのショートボブ、同じくブラウンの瞳の色をした夜伽三十五番。
この子たちを助けられる可能性が高まった、とおもった。
「援軍が来た、と判断していいと思う」
俺は言った。
伝書カルトの通信で、ミーシアとヴェルが領地に知らせた帝都の急変。
それを知ったヴェルの妹とラータ将軍がこっちに軍勢をよこしたのだろう。
西の国境沿いで敵とにらみ合いをしていたはずだが、どんな魔法を使ったのやら。
さて、俺はこの愛しい奴隷たちを生かさなければならない。
いや違うな、生かしたい。死なせたくない。
そのために俺がとるべき行動は……。
「俺たちが、まだここで生き延びてる、と知らせる必要があるな」
俺の言葉を聞いて、シュシュがわかっているのかわかっていないのか、コクンと殊勝に頷く。
うーむ、今はもう夜伽三十五番もキッサも副作用でうめき声を上げながら身悶え始めちゃってるから、俺がなに言っても聞いてくれるのはこの九歳の女の子だけか。
「外に出て、ひと暴れだけしてまたすぐ戻る。シュシュ、ねえちゃんたちをよろしくな」
「うん、わかったよおにいちゃん」
ここまでの旅で、シュシュの顔も随分汚れてしまっている。
かわいそうにな、まだこんな小さい女の子なのにこんな苦労させて……。
十二歳の女帝ミーシアなんかはそのうえ、皇帝としての責務もあるのだ。
二十三歳の男である俺が女の子たちの命を守るためにがんばらなくてどうする。
空は白み始め、長い夜が終わろうとしていた。
どうやらイアリー騎士団が、騎兵旅団に突撃を敢行したようだ。
穴から見上げる空を、溶岩の塊……火球が横切った。
ヴェルの能力だ。
それを見て俺は決心する。
「ちょっと、悪いけど……」
と、キッサと三十五番の肩に足をかけ、それを踏み台にして穴から這い出た。
その瞬間、目の前には敵の騎兵。
「おるぁッ!」
ライムグリーンのムチを振るい、そいつをなぎ払う。
感情を爆発させろ。
いやもう爆発しっぱなしでむしろ爆発してない状態がどんなだったか忘れるくらいだが。
最後の、渾身の力を振り絞る。
空がもう随分と明るくなってきた。
騎兵たちの一人ひとりの顔までよく見える。
やつらはもはや俺など眼中になく、イアリー騎士団にかかりっきりだ。
その敵の中でも主力と思われる、いちだんと大きな集団にむかって、
「くらええええええっ!」
ライムグリーンの扇を広げ、叩きつけた。
数百の騎兵が一気にその場で倒れこみ、ついでに力加減を間違えた俺も膝をついた。
あれ、やばいやばい、調子に乗って全力をだしすぎた。
全身の力が抜ける。
身体が、動かない。
まずい、タコツボに戻らないと。
俺が死んだら、キッサとシュシュも確実に死ぬのだ。
なのに、身体に力がはいらない。
法力を使いすぎると――『死ぬこともある』
ヴェルの声が頭の中でこだまする。
実際、そこにヴェルがいるようなはっきりした声が聞こえる。
「エージ! エージ! しっかりしなさい!」
そう、現実にそこにいるような――リアルな声――
目の前に――我らが騎士様が――
馬上のヴェルは輝いて見える。
ついでにいうと、馬まで輝いている。
なんだこれ、まじもんの白馬の王子様かなにかかこいつ。
あれ、これ夢かな現実かな?
だって、ヴェルが二人も――二人もいるんだもん――
片方のヴェルは泣きそうな顔で、もう片方のヴェルは冷たい目で俺をみていて――
そして俺は意識を失った。
星が出ている。
でも、ほんの、ほんのすこしだけ、星が見えにくくなってきていた。
夜明けが近いのだ。
「も、もう限界です……」
キッサがいう。
「さ、最後にもう一回だけ見てみます……」
そろそろ法力も底を尽くだろうし、副作用で俺にキスしまくりたいだろう。
実際、夜伽三十五番は、手だけじゃなく、今は手足を括りつけるように固く縛られている。シュシュがやったのだ。
そして、目から涙をあふれさせて、
「んふぅぅ~~、んフゥゥ~~~」
と呻いている。
すまん。
この戦いが終わったらいくらでもキスさせてやるからさ。
あれ、この戦いが終わったら、だなんて、これフラグっぽいな、いかんいかん。
そっと外を伺うと、敵の攻撃が乱れてきている。
雄叫び、悲鳴、武器や法術のぶつかり合う音があちらこちらから聞こえてきている。
イアリー家の騎士団が突撃してきたのだ。
いやあ、しかしまじ来るのが早いな。
どうなってんだ。
と、最後の法術を使ったキッサが、副作用で苦しいのだろう、とぎれとぎれに言った。
「あの、……十二カルマルト先、重装歩兵五千と軽装歩兵千、騎兵千騎……」
「方角は!?」
「西です……」
これは……おそらく、帝国軍第三軍の軍勢だろう。
ヴェルが前説明したとおりなら、第三軍はこちらがわにつくだろうという話だった。
ラータ将軍……とかいったか。
穴の中で、俺は俺の奴隷たちの顔を見渡す。
白い髪、白い肌、赤い瞳のキッサ、その妹で銀髪のシュシュ、そしてブラウンのショートボブ、同じくブラウンの瞳の色をした夜伽三十五番。
この子たちを助けられる可能性が高まった、とおもった。
「援軍が来た、と判断していいと思う」
俺は言った。
伝書カルトの通信で、ミーシアとヴェルが領地に知らせた帝都の急変。
それを知ったヴェルの妹とラータ将軍がこっちに軍勢をよこしたのだろう。
西の国境沿いで敵とにらみ合いをしていたはずだが、どんな魔法を使ったのやら。
さて、俺はこの愛しい奴隷たちを生かさなければならない。
いや違うな、生かしたい。死なせたくない。
そのために俺がとるべき行動は……。
「俺たちが、まだここで生き延びてる、と知らせる必要があるな」
俺の言葉を聞いて、シュシュがわかっているのかわかっていないのか、コクンと殊勝に頷く。
うーむ、今はもう夜伽三十五番もキッサも副作用でうめき声を上げながら身悶え始めちゃってるから、俺がなに言っても聞いてくれるのはこの九歳の女の子だけか。
「外に出て、ひと暴れだけしてまたすぐ戻る。シュシュ、ねえちゃんたちをよろしくな」
「うん、わかったよおにいちゃん」
ここまでの旅で、シュシュの顔も随分汚れてしまっている。
かわいそうにな、まだこんな小さい女の子なのにこんな苦労させて……。
十二歳の女帝ミーシアなんかはそのうえ、皇帝としての責務もあるのだ。
二十三歳の男である俺が女の子たちの命を守るためにがんばらなくてどうする。
空は白み始め、長い夜が終わろうとしていた。
どうやらイアリー騎士団が、騎兵旅団に突撃を敢行したようだ。
穴から見上げる空を、溶岩の塊……火球が横切った。
ヴェルの能力だ。
それを見て俺は決心する。
「ちょっと、悪いけど……」
と、キッサと三十五番の肩に足をかけ、それを踏み台にして穴から這い出た。
その瞬間、目の前には敵の騎兵。
「おるぁッ!」
ライムグリーンのムチを振るい、そいつをなぎ払う。
感情を爆発させろ。
いやもう爆発しっぱなしでむしろ爆発してない状態がどんなだったか忘れるくらいだが。
最後の、渾身の力を振り絞る。
空がもう随分と明るくなってきた。
騎兵たちの一人ひとりの顔までよく見える。
やつらはもはや俺など眼中になく、イアリー騎士団にかかりっきりだ。
その敵の中でも主力と思われる、いちだんと大きな集団にむかって、
「くらええええええっ!」
ライムグリーンの扇を広げ、叩きつけた。
数百の騎兵が一気にその場で倒れこみ、ついでに力加減を間違えた俺も膝をついた。
あれ、やばいやばい、調子に乗って全力をだしすぎた。
全身の力が抜ける。
身体が、動かない。
まずい、タコツボに戻らないと。
俺が死んだら、キッサとシュシュも確実に死ぬのだ。
なのに、身体に力がはいらない。
法力を使いすぎると――『死ぬこともある』
ヴェルの声が頭の中でこだまする。
実際、そこにヴェルがいるようなはっきりした声が聞こえる。
「エージ! エージ! しっかりしなさい!」
そう、現実にそこにいるような――リアルな声――
目の前に――我らが騎士様が――
馬上のヴェルは輝いて見える。
ついでにいうと、馬まで輝いている。
なんだこれ、まじもんの白馬の王子様かなにかかこいつ。
あれ、これ夢かな現実かな?
だって、ヴェルが二人も――二人もいるんだもん――
片方のヴェルは泣きそうな顔で、もう片方のヴェルは冷たい目で俺をみていて――
そして俺は意識を失った。
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