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第四章 兎とナイフ

81 兎とナイフ

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 地球上の歴史で、過去なんども大戦があった。

 その過程で、いくつもの発明があった。

 鉄砲などの武器だけじゃないし、民生用の発明が戦争に使われたこともあった。

 たとえば、有刺鉄線。

 もともとは動物などから作物を守るために発明されたものだが、塹壕や機関銃と合わせて用いられることで、歩兵の突撃戦術を過去のものとした。

 もちろんここには有刺鉄線も機関銃もない。

 だが、穴を掘ることはできる。

 そう、塹壕だ。

 現代戦の歩兵にとって、穴を掘る、というのはとてつもなく重要な行為だ。

 なにしろ、地面というのはどこにでもありふれていてなおかつ防御力が非常に高い遮蔽物となるのだから。

 二次大戦の頃には、歩兵の仕事の八割が塹壕堀りだったというからな。

 それを、今から即席で作ろうというのだ。

 旧日本軍でタコツボとよばれた、小型の塹壕を。


「キッサ、一分だけでいいから障壁つくれないか?」

「え、それは法力を補充する前に言ってくださいよ!」


 もっともだ。


「今の私の法力じゃ、一分も持ちませんよ!」

「ああ、それでいいから頼む!」


 俺たちの周りをキッサの法術障壁が囲む。

 なにしろ俺がさっきキッサの法力を吸い取ったせいで、それはあまりに頼りなく、しかも一分も持たないときた。

 急がないと。

 俺は法術で出現させたライムグリーンの棒――というより、スコップ――で地面を一瞬のうちに掘り抜く。

 キッサから補充された法力で俺の身体は満たされている。

 ものの数十秒で四人がなんとかぎゅうぎゅう詰めで入れる程度の穴が掘れた。

 掻きだした土は穴の周りに盛る。


「ここに入れ! ――もっと早くこれに気付けばよかったぜ」


 そうすれば、四人を守れるほどの大きさの扇は必要なかったのに。

 狭い穴の中で、四人が密着する。


「おにいちゃん、おねえちゃん、く、苦しい……」


 シュシュがあえぐようにいうけど、九歳の彼女は安全そうな一番奥に押し込む。

 踏まないように気をつけないとな。

 俺は穴の中から右手だけ出し、敵なんか全然見えないけどとにかく法術のムチをしゃにむに振り回す。


「ぎゃあ!」


 という悲鳴、馬が倒れる音、一応攻撃は当たっているみたいだ。


「エージさま、こんな穴に隠れてこれからどうやって……」

「死ななきゃいい」

「でも、陛下が……」

「そうだ、陛下はともかく、ヴェルが来るまで待つんだ」

「待つといったって! 騎士様はもう……」


 違う。

 違うんだよ。

 あのヴェルが、三千騎を前にして、なすすべもなく大軍に飲み込まれた?

 そんなわけない。


「キッサ、副作用がはじまるまで、残りの法力使って西をずっと見ててくれ」

「はい……」


 納得いかないようすで、でも言うとおりにするキッサ。

 と、


「そ、そんな、早すぎる! あ、これは……」

「どうした?」

「も、もう来ました! 三千の騎兵が……囲まれて私達、おしまいですよ……」


 違う。

 違うはずだ。

 違うといいと思う。


「頼む、キッサ、その三千の騎兵……多分騎士の部隊だと思う、旗の紋章は?」

「いまさら旗の紋章ですか?」

「いいから、頼む!」

「そ、そろそろ副作用が……。く、やってみます! 我を加護するキラヴィ、我と契約せしレパコの神よ、我に闇の向こうを見せしめよ!」

「うおおおおお!」


 その間にも俺はムチを振るい続ける。

 この闇夜だ、数百、数千の光る槍や矢が飛び交う戦場で、俺たちのいるタコツボの位置を正確に割り出すのは簡単ではないだろう。


「キッサ! 紋章は!?」


 俺の予想どおりなら。

 それは、キッサの知る紋章のはずだった。

 そして、キッサは叫んだ。


「ナイフを咥えた兎の紋章――ああもう! なんなのこれ! この世で一番残虐で残酷な騎士の紋章です!」


 そう、キッサは知っているはずなのだ。


「これは――イアリー家騎士団の紋章!」


 キッサはヴェル・ア・レイラ・イアリーと戦って捕らえられたのだから。
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