上 下
73 / 138
第四章 兎とナイフ

74 二度目の……

しおりを挟む
 舌を、リンダの口の中へと強引に割りこませる。

 ぬちゃ、という粘膜がこすれ合う音。

 そして次の瞬間――

 ドクン! と目の前がピンク色に染まる。

 そして、リンダの持っている法力が俺の中へと流れこんでくるのを感じた。


「ははは。気が狂ったの? 死ぬ前に誰でもいいから接吻せっぷんしてみたかったとか? それとも――まさか。粘膜直接接――」


 姿の見えないそいつが言い終わる前に、俺の右手からライムグリーンの扇が出現し、ミーシアごとその辺り一帯を包み込んだ。

 俺の能力は、俺が敵意を持っていない相手には効力を発揮しない。

 それは以前実証済みだ。

 次の瞬間には、見えなかったそいつが姿を表した。

 俺の能力によって彼女は法術を維持できなくなったのだ。

 そいつは、緑色の髪の毛を振り乱し、両手で頭をおさえて、


「うがあああああ!!」 


 と叫んだ。

 拘束から解き放たれたミーシアは、全速力でその場から走りだし、倒れているヴェルの方へ。

 同時に、俺も緑髪のそいつへとダッシュする。


「うが、うが、ぐがあぁぁぁぁ!」


 うーん、結構派手目な顔だな、俺はもっとおとなしそうな顔の女の子が好きなんだけど。

 俺はそいつの緑の髪を鷲掴みにすると、


「わりいな、勿体ないからな」


 といって、そいつに接吻した。


「んむ、んむ? んむぅぅぅぅ!」


 じたばたとそいつは暴れるが、かまわず法力を吸い取る。

 十分吸いとったところで手を離し、


「さすがに、皇帝陛下に直接手を下した奴は許されねえな。ほんとに悪いとは思うが、お前の法術はやっかいすぎるから、すまんな」


 右手に法術の剣を出現させると、俺はそれでそいつの頭部に斬りつけた。

「あおおおおお……」


 断末魔とともに、緑髪はぐったりとして、そして、再び動くことはなかった。

 永遠に。

 うん。

 二度目とはいえ、我ながらこんなにあっさりとコレができるとは。

 生きるか死ぬかの戦乱の世界に、ようやく俺は慣れたのかもしれなかった。

 俺は再び、人を殺したのだ。


「エージ様、これを……」


 キッサが俺に短剣を渡す。

 俺はうなずいて受け取り、それで緑髪の女の耳を、切り取った。

 慣れてしまえば簡単だ。

 ――俺はこれから何人の女の子を殺すことになるのだろうか。

 男のいない世界に転生して、ちょっとはラッキーとは思わなくもなかったが、それは殺すべき敵も全て女性ということでもあって、今はすこし運命を呪いたくなった。


「――あ。そういえば、シュシュは?」


 キッサが言う。

 そうだ、まだ九歳のシュシュは、キッサと俺から離れすぎない程度の場所にある、大きな岩の陰に隠れていたはずだ。

 俺とキッサは岩陰に急ぐ。

 夜なので真っ暗でよく見えない。

 キッサが例の黒い聖石を燃料とするランプに火をいれると、――いた。

 小さな身体のシュシュが、岩に持たれるようにして座り込んでいる。


「シュシュッ! 大丈夫! どうしたのそれ!」


 悲鳴みたいな声をあげるキッサ。

 無理もない、シュシュは、どぼどぼと鼻血を垂らしていたのだ。


「おねえちゃん……おにいちゃん……ふえ……ふええええん! ちいねえちゃんが……ちいねえちゃん、大丈夫だったの?」

「ああ、シュシュ、陛下はご無事だ」


 自分も怪我をしているのに、まず口をついて出てくるのがミーシアの安否とは。

 九歳にしてはなかなか上出来だ、いい子だ。 

 しっかしまあ、この大陸が広しといえとも、皇帝陛下に対してちいねえちゃん呼ばわりのタメ口をきける奴隷なんて、こいつくらいなもんだろう。

 いや、それは今はともかく。


「鼻血がひでえな……」

「なんかね、なんかね、最初、いきなりぐーって誰かに掴まれた感じがして、そんでそんでいきなりガツーンってなって、どばって鼻血でたの」


 さっきの緑髪にやられたんだな。

 九歳の女の子にひどいことしやがる。

 おそらく、緑髪はミーシアを探していて、まず最初にシュシュをみつけたんだろう。

 緑髪がミーシアの顔を知っていたかどうかはしらんが、九歳と十二歳の女の子じゃあ、ちょっと見ただけで区別はつくとは思う。

 だがこの月の明かりしかない暗闇だ、最初にミーシアと間違ってシュシュを拘束しようとして、そのあとすぐに気づいてぶん殴ったんだろう。


「ねえねえ、なんなのこれ……」


 鼻血をぬぐい、自分の手の甲についた血を見て、不思議そうに言うシュシュ。

 まあそりゃ不思議だろう、なにもないはずなのにいきなり顔面に衝撃をくらって、鼻血が噴出しちゃったんだもんな。

 なまじ敵の姿が見えなかった分だけ、シュシュはあまり恐怖を感じなかったようだ。

 不幸中の幸いってやつか。

 正直、キッサはともかくシュシュは自分の身を守る術をまったく持っていないわけで、俺がそのシュシュと三十メートル離れるとシュシュが死んでしまう、っていうこの縛りはきついぞ。

 もうこうなったら、中途半端な位置に隠れさせるよりも、逆に俺のそばにぴったり張り付かせておいたほうが安全かもしれない。

 実際、今のもそうしておけば、シュシュが殴られることもなかっただろう。


「……シュシュ、お前、もうずっと俺から離れるな」


 俺がそう言うと、


「……そうですね、私もそちらのほうが安心できます。ついでに私もエージ様にはりつきます。そうすれば、いざというとき、私やシュシュが、エージさまに法力を補充させていただけますから」


 たしかにそうかもしれない。

 今のだって、たまたまリンダが近くにいたから法力を補充できただけだったしな。


「そういえば、ヴェルは?」

「あ、ちょうど今、目を覚ましたみたいですね」


 見ると、半身を起こした女騎士ヴェルが、頭を手で抑えている。

 あんなやばい体勢で地面にたたきつけられたのだ、おそらく痛むのだろう。

 そのヴェルに抱きつくようにしているロリ女帝ミーシア。


「……とりあえず、兵をまとめよう。いったんみなをここに集めようぜ」

「はい、エージ様、わかりました」


 その瞬間、ドンッという大きな音とともに、天空たかく、火花が散った。

 俺はこれを見たことがある。

 火花、じゃない。

 こりゃ、花火だ。

 赤く輝く、小さめの打ち上げ花火。


「……地元の祭り、ってわけじゃなさそうだな……」


 俺が呟くと、


「なにアホなこといってんのよ、あれは進軍を命じる合図よ! あたしがいるってえのに普通に帝国軍の火炎狼煙かえんのろし使うなんて、舐められてんのかしらね」


 ヴェルがミーシアに肩を借り、立ち上がりながらそう言った。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

処理中です...