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第14話 はったり

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 カプレラ数である297秒はとっくに過ぎ去っている。
 光希のムチの刀身はすでに消失していた。
 宙に浮かぶツバキはニヤリと笑うと、

「霊体は魔法粒子でできている――。普通はそれを破壊されるとゴーストなんて存在そのものがこの次元から吹き飛ばされちゃう。が、私ほどの魔力があるとね、魂だけの状態からこの霊体を作り出すことなんて簡単なのさ。そんじょそこらの幽霊ゴーストとは格が違うんだ。さて、その子を返してもらおうか?」
「もともと由羽愛ゆうあはお前の所有物じゃないはずだが?」

 光希は刀身ガチャのために精神を統一しながらそう答えた。
 ツバキは楽しげな表情のまま、

「取得時効は過ぎたでしょ? なにせ五年だよ」
「残念だったな。日本の法律だと、取得時効は十年だ」

 妙に法律に詳しいミシェルがレイピアを構えてツバキに言う。

 ふん、と鼻を鳴らしてツバキが人差し指を指揮者のように振るった。
 すると通路の角の向こうから、さきほど床に落ちた金属球が再び飛んでくる。
 ツバキはその球体の上にあぐらをかいて座る。
 派手なワンピースのスカートがはだけた。

:時計〈みえ……〉
:みかか〈いや、ギリ見えない〉
:パックス〈鉄壁のスカートだな〉
:音速の閃光〈はしたないなあ〉

「さて、色気のあるお姉さんがまた相手してやるよ」
「はは、それにしては子供みたいな体型しているじゃないか。私くらいに成長してからお姉さんを名乗るんだな、お嬢ちゃん」
「一周まわった上級者にしか私の身体の魅力はわからないんだよ」

 そんな会話をしている間にも、光希は刀身のない剣の柄を握ってスキルを発動させようとしていた。
 呼吸を整え、胸の奥底からほとばしる自身の力を一転に集中させる。
 そして叫んだ。

具現せよEmbodyわが魂 the bladeの刃of my soul!!」

 ギィィン、という不快な音とともに、新たな刀身が具現化する。
 ピンク色にぼやけて光る、長さ二メートルはあろうかという刀身だった。
 ちっ、と光希は心の中で舌打ちをする。
 霊体と戦うならそれなりの刀身であってほしかった。
 これは――あまりにも戦闘向きじゃない刀身だ。

:250V〈メルティングソードか〉
:とりそば〈やばくね? これ生物以外のみを溶かすやつだよな?〉
:光の戦士〈無機物にしか効果のない刀身だ。魂の宿った魔法粒子でできた霊体は無機物とはいえない〉
:見習い回復術師〈ここでこれを引くとはちょっと詰んでないか?〉

 コメント欄がざわめくが、光希は同様を表情に出さずにその剣を構える。

「ツバキ、お前はこれで終わりだ。いい刀身を引いた。これは触れるものすべてを粘液状に溶かす刀身――。霊体であるお前の身体もドロドロに溶かせるぞ」

 そして光希はその剣でダンジョンの壁を叩きつける。
 極めて固い不思議な石材でできているダンジョンの壁が、まるで突然粘度の高いローションにでもなったかのように溶けて床に流れ出る。
 壁には半径数メートルの穴がぽっかりと空いた。

 はったりだった。
 この刀身の能力で地下十四階の床をえぐり、地下十五階まで来たのだ。
 すべての無機物を液状化させるこの力は、しかし、有機物には影響を与えられないという制約のせいで戦闘にはほとんど向いていない。
 たとえば今回も、壁に生えていた苔までは溶かせない。有機物であるからだ。
 苔は溶けて粘液になった壁の上に浮かんでいる。
 そして霊体相手にはこの刀身は効果を発揮できない。
 それを過去の別の探索での戦闘ですでに光希は知っていた。

 297秒、次の刀身ガチャを引けるようになるまでこの刀身でなんとか時間を稼ぐことが必要だった。
 だから、光希ははったりでツバキを牽制したのである。
 幸い、この能力であればあの金属球はほぼ無効化できる。
 元魔女ともなれば、金属球だけではなくほかの攻撃魔法も使えるだろうが、とにかく嘘でもなんでもついてこの状況を切り抜けなければならない。

「ほー……。なるほど、なるほど……いろんな種類の攻撃ができるってことか……」

 ツバキは目をすがめて溶けて粘液状になった壁を見つめた。
 苔に気が付かなければよいが、と光希は思った。

「しかし、時間制限があるな? しかも、その言い方だと自分で種類を選べない……。ジェシカのやつが持っているピルプロンクリスタルでもあれば別だが、あまりにも使い勝手が悪くないか?」

 ジェシカ? ピルプロンクリスタル?
 なんのことを言っているのかわからないが、光希は余裕の表情を努めて作って言う。

「だが今回はいいのを引いた。これでお前を倒せる」

「やってみるかい? じゃあ、試しにこれを喰らいな!」

 金属球がドンッ! という大きな音とともに、ツバキを乗せたまま光希に向かって飛んでくる。
 
「ふんっ!」

 光希がメルティングソードを振るうと、あっという間に金属球は溶けてしまう。
 乗り物を失ったツバキは慣性の法則に従って吹っ飛ぶが、ひらりと回転するとそのまま天井に吸い付くようにして『着地』した。

「コウモリみたいなやつだな」
「蝶のように美しい私をコウモリ呼ばわりなど……」

 そのセリフを最後まで言わせず、ミシェルが両手にレイピアを構えて突っ込んでいく。
 跳躍し、天井のツバキに切りかかった。
 だが今度はツバキも油断していない。

防御障壁シールド!」

 ツバキが叫ぶと、レイピアの剣先を魔力の壁が阻む。
 跳ね返されて弾き飛ばされるミシェル。
 くるっと回転して着地し、なんとか床に叩きつけられずにすんだ。

「いいバランス感覚だな、発情ウサギ」

 ツバキは笑ってそう言い、魔法の詠唱をはじめる。

「叫べ、我がしもべの炎たちよ。咆哮せよ! 火炎放射ファイアブラスト!」

 ゴオォォッ! という轟音とともに高威力の火炎がミシェルを襲う。
 さすが元魔女、ドラゴンのブレスなみの魔法を使いやがる、と光希は思った。

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 ミシェルは二本のレイピアを振り回す。彼女の半径1.5メートルはレイピアの刃によって守られる。
 レイピアの刃は高速で炎を斬り回した。
 おおよそ十秒もの間、ミシェルの身体は炎に包まれる。
 だがその炎は刃に阻まれてミシェルを焼き焦がすことはできない。
 魔法の放出が終わったあともミシェルはまだそこに立っていた。
 光熱によって片方だけ残ったウサギ耳の白い毛や彼女の白く長い髪の毛はチリチリに焦げてはいたが、彼女自身にはダメージは通っていなかった。

 光希もただそれを見ていただけではない。
 メルティングソードはツバキの霊体にダメージを入れることはできないとはいえ、光希はもともと魔法戦士である。

「空気よ怒れ。咆哮せよ。すべてを破砕せよ。荒ぶる力にて轟裂の波動となれ! 衝撃波shock wave!」

 光希の手のひらから目に見えない衝撃波が放出され、まっすぐにツバキを襲う。
 それと同時に光希は走り出す。
 おそらくこの程度の魔法であればツバキは耐えるか跳ね返すかするだろう。
 だがその間に距離を詰め、ツバキの霊体に掴みかかってやろうと思ったのだ。
 そうすればミシェルがその剣でツバキに攻撃するチャンスが生まれるかもしれない。
 だが、ツバキは予想外の動きをした。

 





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