上 下
3 / 56

第3話 聖剣士の女の子

しおりを挟む
 目を覚ましたとき、光希こうきはまだミシェルの胸の中にいた。
 自らがテイムしているワーラビットの胸は光希が顔をうずめるのに十分な大きさをしていた。
 柔らかな感触、ほのかに伝わる体温、そして甘い香り。
 いつまでもこうしていたいという欲求に、しかし光希は抗う。
 ミシェルから身体を離し、彼女に尋ねる。

「……俺はどのくらい寝ていた?」
「マスター、もう起きたのか。ほんの十分ほどだった。今は安全だ、もう少し休め」
「……いや。俺にはやらなければならないことが多すぎる。寝てはいられない」
「マスター、魔力もまだ回復していないだろう? マスターほどの使い手でもそこまで疲労していたら休むべきだ」
「……いや、仲間をこのままにはしておけない。ミシェル、お前も手伝ってくれ」

 光希は重い身体をなんとか動かすと、まずは恋人だった凛音りんね亡骸なきがらのもとへと向かった。

:きジムナー〈ほんとに死んでるのか?〉
:250V〈死んでるとは思えないほど綺麗な顔しているな〉
:積乱雲〈かわいそうに……〉
:見習い回復術師〈まだ21歳だったよな、凛音りんねちゃん〉
:カレンダー〈このパーティ、メンバーみんな若かったからな。梨本光希も22歳だし〉
:音速の閃光〈ほんとかわいい顔してる。美少女だったよな、凛音りんねちゃん……〉
:青葉賞〈凛音りんねちゃんが死んじゃったとか、なんか実感がわかない〉
:コロッケ台風〈このコメント欄といつもレスバしてたからな〉
:ルクレくん〈俺も凛音りんねちゃんと納豆の食い方で喧嘩したのが最後のやりとりだった、後悔してる、今泣いてるよ・・・〉 
:aripa〈ナッシー、気を落とすなよ〉

 タブレットでコメント欄をちらっと見てから、光希は懐かしく思い出す。

「そうだったな、納豆に砂糖かけるかどうかでなんかずっと喧嘩してたよな、こいつ……ふふ」

 目の前に横たわっている凛音りんねを見やる。
 まるで穏やかに寝ているような表情だ。
 唇がかさかさに乾いているように見える。
 その唇にそっと指を触れさせ、そして頬を撫でる。
 まだほのかに温かい。
 だけど、最終破壊魔法を放った代償として、彼女の心臓は破壊されてしまっている。

 死んだのだ。

 そのうち、この身体も冷え切っていくだろう。

 ――泣くな、泣いたら身体が動かなくなる。

 光希はそう自分に言い聞かせ、作業にとりかかる。

「ミシェル、お前は足の方を持ってくれ。俺は頭の方を持ち上げる」
「わかった」
「……凛音りんね、お前は軽いなあ。もっと食わなきゃ……」

 言いかけて、涙がこぼれそうになったのでぐっとこらえる。
 二人で凛音りんねの遺体を壁の近くに移動させる。

 ダンジョン探索は戦闘のあるヒマラヤ登山、と例えられることが多かった。
 一度潜れば数か月滞在し、そこで生き残らなければならない。
 だから、それぞれがそれなりの量の荷物をバックパックを背負っていた。
 いざとなったらそれを置き捨てて戦闘に入るのだ。
 光希は凛音りんねが背負っていたバックパックから寝袋を取り出す。
 凛音りんねの身体をミシェルと二人で寝袋に入れた。

 寝袋に入った凛音りんねの顔は本当にただ眠っているだけのように見えて……。
 もう一度、その頬に手を触れる。
 指先で乾いた唇をなでる。
 死んでいるなんて、本当に信じられない。
 これは、夢か?

:音速の閃光〈最後だ、キスしちゃえ、きっと本人もそれを望んでいるからおけまる水産〉
:闇の執行者〈婚約者だったんだもんな……〉
:小南江〈凛音りんねさん、すごく、光希さんのこと大好きだったすよね。最後にキスしたげてください〉

 そんなコメントを見て光希はふっと笑った。

「そうだな……」

 人生の伴侶となるべく約束した最愛の人。
 しばらく凛音りんねの顔を眺める。
 彼女の綺麗な顔を見るのはきっとこれが最後になる。
 こんな状況で埋葬なんてできないし、こんなダンジョンの最深部から遺体を持って帰るなんて不可能だ。
 凛音りんねの身体はここで朽ち果てさせるしかない。

凛音りんね……。ありがとう。大丈夫だ、俺たちはずっと一緒だ。ありがとう。ずっと一緒なんだから、これからもよろしくな」

 光希はそう言って凛音りんねの遺体の唇にそっと口づけをした。
 最後のキスは、初めての時と同じに、光希の魂を震わせた。

凛音りんね、ありがとう」

 口に出してそう呟いて、最後にタオルでその顔を覆ってやる。
 ひとつ、ため息をついて、改めてミシェルに言う。

「ミシェル、サンキューな。ここまでついてきてくれてさ。お前がいなかったら俺たちは全滅だった」
「……いや、マスター、私こそすまない。マスターほどの手練れがいながらメンバーの死を招いてしまったのは私の力不足のせいだ」
「それは違うぞ、ミシェル、俺は本当にお前に感謝してるんだ。お前というモンスターを使役テイムできて、俺は誇りに思う」
「……マスター、マスターほどの人にそう言ってもらえると私も救われるよ……」

 ミシェルはそう言ってひざまずく。
 光希が手を差し出すと、ミシェルはその手の甲にうやうやしくキスをした。

:Q10〈俺途中からしかこの配信見てないからわかんないけど、このワーラビットって最初から仲間だったのか?〉
:きジムナー〈いや、一年くらい前に別のダンジョン探索中に敵として出会ったんだぞ〉
:リャンペコちゃん〈あんときはいろいろあったからな。いまや梨本光希の忠実なしもべだ〉
:積乱雲〈ウサギのモンスターだからな、年中光希に発情しているけどな〉
:おならのらなお〈そうか、ウサギはいつでも発情期だったな〉
:由香〈光希こうきさんに発情するのは女として当然だと思う……私も……〉
:時計〈嫉妬したリンネちゃんとミシェルがわちゃわちゃやるのはいつものことだったよな〉
:250V〈まあ仲良しのじゃれあいみたいなもんだったじゃん〉
:ビビー〈でも本妻がいなくなった今はミシェルにとってチャンスか〉

「……マスター、この配信……続ける意味はあるのか? コメント欄も少しいやなことを言うやつもいるし……」

 ミシェルが眉をひそめて言う。

「そうだな、続けるさ。ダンジョン探索は外界と途絶された極限の挑戦……なんだけど、こうやって外界と通信しながらなら、孤独感も薄れるしな」
「そうか、私には意味があるとは思えない……」
「わりとこいつら、馬鹿だけどいろいろ知っている奴もいるし、こいつらの知識が役に立つこともあったじゃないか。それに、外の人間とつながっている、という感覚が余裕を与えてくれるんだ」
「マスターがそういうならいいが……。お前たち、おかしなことを言ったらBANするからな」
「何人か信頼できる常連をコメントNG権限のあるモデレーターにしているから大丈夫。常連ほど表示しやすい設定にしているし、行き過ぎたコメントはモデレーターがNGにしてくれるさ」

 こんな何気ない会話を続けてはいるが、光希の心はいまにも粉々にくだけちってしまいそうになっていた。
 なにしろ、将来を誓い合った婚約者の死を目の当たりにしたばかりなのだ。
 しゃべることでなんとか精神状態を安定させていたのだった。

「マスター、これからどうする? あの聖剣士の女の子を助けにいくのか?」
「ああ、俺たちはそれが目的でこのダンジョンに潜ったんだからな……」

 そう。
 人類で初めてダークドラゴンを倒した光希たちだったが、それが目的だったわけではなかった。
 光希たちのパーティがこのダンジョン探索を始めたのは、一人の才能ある聖剣士の救出を依頼されたからだった。
 いや、聖剣士の卵といったほうがいいかもしれない。
 彼女はまだ十歳なのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ただひたすら剣を振る、そして俺は剣聖を継ぐ

ゲンシチ
ファンタジー
剣の魅力に取り憑かれたギルバート・アーサーは、物心ついた時から剣の素振りを始めた。 雨の日も風の日も、幼馴染――『ケイ・ファウストゥス』からの遊びの誘いも断って、剣を振り続けた。 そして十五歳になった頃には、魔力付与なしで大岩を斬れるようになっていた。 翌年、特待生として王立ルヴリーゼ騎士学院に入学したギルバートだったが、試験の結果を受けて《Eクラス》に振り分けられた。成績的には一番下のクラスである。 剣の実力は申し分なかったが、魔法の才能と学力が平均を大きく下回っていたからだ。 しかし、ギルバートの受難はそれだけではなかった。 入学早々、剣の名門ローズブラッド家の天才剣士にして学年首席の金髪縦ロール――『リリアン・ローズブラッド』に決闘を申し込まれたり。 生徒会長にして三大貴族筆頭シルバーゴート家ご令嬢の銀髪ショートボブ――『リディエ・シルバーゴート』にストーキングされたり。 帝国の魔剣士学園から留学生としてやってきた炎髪ポニーテール――『フレア・イグニスハート』に因縁をつけられたり。 三年間の目まぐるしい学院生活で、数え切れぬほどの面倒ごとに見舞われることになる。 だが、それでもギルバートは剣を振り続け、学院を卒業すると同時に剣の師匠ハウゼンから【剣聖】の名を継いだ―― ※カクヨム様でも連載してます。

なんで誰も使わないの!? 史上最強のアイテム『神の結石』を使って落ちこぼれ冒険者から脱却します!!

るっち
ファンタジー
 土砂降りの雨のなか、万年Fランクの落ちこぼれ冒険者である俺は、冒険者達にコキ使われた挙句、魔物への囮にされて危うく死に掛けた……しかも、そのことを冒険者ギルドの職員に報告しても鼻で笑われただけだった。終いには恋人であるはずの幼馴染にまで捨てられる始末……悔しくて、悔しくて、悲しくて……そんな時、空から宝石のような何かが脳天を直撃! なんの石かは分からないけど綺麗だから御守りに。そしたら何故かなんでもできる気がしてきた! あとはその石のチカラを使い、今まで俺を見下し蔑んできた奴らをギャフンッと言わせて、落ちこぼれ冒険者から脱却してみせる!!

借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた

羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...