上 下
2 / 56

第2話 レアスキル【鼓動の剣】

しおりを挟む
 光希こうきのもともとの職は魔法戦士だ。
 剣を扱い、攻撃魔法を唱える。
 銃火器が無効化されるこのダンジョン内で、剣と魔法による攻撃だけがモンスターを倒す唯一無二の方法だ。
 死んだ凛音りんねがどこかで見守っているかもしれない。
 いや、そうに違いない、光希こうきにはその確信があった。

 無様な死に方はできなかった。

「ミシェル、頼むぞ」
「まかせといて」

 ミシェルは両手に持ったレイピアを構える。

:250V〈がんばれ〉
:時計〈二人でどこまで行けるか……?〉
:青葉賞〈由羽愛ゆうあちゃんのとこまであと少しだ〉
:マカ〈頼むぞ、二人とも!〉
:ハンマーカール〈絶望的な状況だな〉
:aripa〈いや、梨本光希ならやれる〉

 光希たちがいるこの玄室は、一辺が百メートルもあるほど広い。
 天井の高さも見上げるほどで、二十メートルはある。
 その大きさはコンベンションセンターの大ホールがイメージとしては近い。
 だが、もちろん大ホールのように採光に工夫が施されている、わけではない。
 ダンジョンの天井や壁は未解明の魔法の力でほのかに光を発しており、真っ暗というほどではなかったが、すべてを見渡せるほどには明るくない。

 ほんの十メートル先は暗闇なのだ。

 その闇の向こう側からなにかがやってくる。

 ミシェルが足を大きく広げ、腰を落として敵を待ち構える。
 ウサギのモンスターである彼女の、白くて丸いふわふわの尻尾が目に入る。
 身体にぴったりとフィットしたミシェルの戦闘服は、鍛え上げられた彼女の丸く大きな尻を強調している。
 その尻の大きさに負けないほどの立派な太ももの筋肉を張り詰めさせながら、ミシェルは目前に迫った戦闘に備えていた。
 ミシェルのかわいらしい尻尾はその大きな尻に多少不釣り合いではあった。

 光希のパーティではミシェルが最前を務めているので、見慣れた光景だ。
 今までと違うのは、光希やミシェルの後方から補佐をしてくれていた皆はもういないということだった。
 防御魔法をかけてくれる亜里沙はいない。
 攻撃魔法で支援してくれる凛音りんねは今はただの肉の塊となった。

 長年、背中を預けあった剣士の三原も、いつだって頼もしい支援をくれたアーチャーの田上もいない。

 ――俺は、目的を達成して生き残れるのか? 恋人まで失って……生き残る意味なんてあるのか?

 いや、ある。
 まだ、やらなければならないことがあるのだ。
 ここで死ぬわけにはいかないのだ。

「マスター、来るぞ。……でかい。飛んでくる」

 ミシェルが呟く。
 光希も空気の震えを感じた。

 これは――。

 気配だけでも敵の強大さがわかる。
 そして、そいつが姿を現した。
 うろこに覆われた暗い緑色のからだ、ぎらつく牙と鋭い爪は見るだけで恐怖心を掻き立てる。
 そいつは巨大な翼をはばたかせ、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

:エージ〈ワイバーンだ!〉
:みかか〈討伐難易度LV35だぞ!〉
:Kokoro〈それってすごいの?〉
:エージ〈ダークドラゴンがLV42だからな。基本LV30以上は人類が倒すのは困難とされているんだぞ〉
:リャンペコちゃん〈それを消耗しきった二人で相手にすんのかよ……〉
:おならのらなお〈いやこれは無理ゲーだろ〉
:音速の閃光〈大丈夫だ、光希ならいける〉
:積乱雲〈由羽愛ゆうあちゃんを助けてあげて!〉

 支援魔法もなしにミシェルと二人だけでワイバーンと戦闘か。
 光希は腰に下げていた剣を両手に握った。
 いや、正確には、剣ではない。
 なぜなら、その剣には刃も刀身もなかったからだ。
 きらびやかな装飾の施された、柄《つか》だけのそれを、光希はぎゅっと握りしめる。
 そして。
 精神を集中して、体内のマナの高まりを意識する。

「いいの出てくれよ、頼むぞ……。……むんっ! 具現せよ、わが魂の刃Embody the blade of my soul!!」

 光希が気合を入れて叫ぶ。
 すると、バチーンッ! という耳をつんざくような音とともに、柄《つか》から真っ白に凍り付いた刀身が現れた。
 これが、光希の持つスキル、【鼓動の剣】だった。

 魔法力で刀身を作り出し、戦う。

 ただし、現れ出る刀身には今回のような氷の剣だけでなく、稲妻や光、果ては水や空気などの種類があり、それを選ぶことは光希自身にもできなかった。
 ほとんどの場合、物理的な剣をはるかに凌駕する威力を誇る。

:積乱雲〈ぶっちゃけ刀身ガチャのスキルだよな〉
:マカ〈お、今回はアイスブレードだ!〉
:seven〈当たりの部類だぞ〉
:ハンマーカール〈行けるか?〉
:音速の閃光〈梨本光希ならいける! 世界一の魔法戦士だからな〉
:aripa〈前衛職二人だけでワイバーンか……〉

「マスター、用意はいいか?」
「ああ、もちろんだ。行くぞっ!」

 光希とミシェルは息を合わせて同時に床を蹴り、ワイバーンにとびかかる。

「グゴァァァァッ!」

 ワイバーンが咆哮し、その巨大な口を開ける。
 そしてそこから灼熱の火炎を吐きだした。
 周辺のものをすべて焼き尽くすほどのブレス攻撃だった。
 並みの探索者であればなにもできずに消し炭になるほどの威力。

「おるぁぁぁぁっ!」

 光希は叫び、氷の剣アイスブレードをふるう。
 それは周囲の空気を凍らせ、灼けつく炎のブレスを冷気で吹き飛ばして真っ二つに割った。
 驚愕の表情を浮かべるワイバーン。

「よし、行け、ミシェル!」
「さすがだマスター! ……参る‼」

 ミシェルは叫んで、跳躍した。
 兎のモンスターらしく、驚異的な瞬発力。
 あっという間に割れた炎の隙間に飛び込む。
 彼女の長い銀色の髪が美しく舞う。
 両手に持った二本のレイピアがきらめいた。

「グガァォォォッ!」

 ワイバーンが翼と一体化した腕を振るい、ミシェルを叩き落そうとする。
 だがミシェルはその一撃をくいっと首を振って数センチのところでよける。
 そして。

「せいっ!」

 そのまま頭部から生えている自分の長いウサギ耳――それはいまや硬化してあらゆるものを叩き斬ることができる刃物と化している――でワイバーンの腕に斬りつけた。
 スパァンッ! と小気味の良い音ともにワイバーンの腕の皮膚が割れ、青い血液が噴き出す。

「グォァッ!」

 怒りの感情をその赤い目に浮かべ、ワイバーンはミシェルに噛みつこうとした。
 だが、ワイバーンはワーラビットごときにかまっているべきではなかった。
 もっと大きな脅威に対処すべきだったのだ。
 そう。
 いまその目の前に突っ込んできたのは、すべてを凍らせる冷気をまとった剣をふりかぶった男だった。

「くらえやぁぁぁぁぁっ!」

 光希は一気に氷の剣アイスブレードを振り下ろした。
 その凍てつく刃は、ワイバーンの頭部に触れた瞬間にその部分を凍らせた。
 そして次の瞬間には光希の剣は、光希自身の鍛え抜かれた肉体によって生み出された衝撃力で、ワイバーンの凍った頭蓋骨を粉砕した。

 討伐難易度LV35。
 数々の熟練探索者を屠ってきたトップレベルモンスター。
 しかしいまや、頭部を完全に破壊され、飛行を続けることなく無言で落下していく。
 その大きな翼のおかげでしかししばらく滑空し、だが完全に絶命しているその巨体はズゥゥン、という重い音とともにダンジョンの床に落ちた。
 その後、ピクリとも動かなくなった。

:ルクレくん〈倒したーーっ!〉
:♰momotaro♰〈すげえ、たった二人で……〉
:光の戦士〈おいおいLV35だぜ? 万全のパーティでも倒すのは難しいモンスターを……〉
:見習い回復術師〈すげえ、信じらんねえ、ダークドラゴンとワイバーンを連続で倒した……〉
:ペケポンポン〈頼む! 由羽愛ゆうあちゃんを救い出してくれ!〉

 コメント欄が湧きたった。
 ワイバーンの死体を前に肩で息をする光希。
 さすがに魔力の消費がすごい。
 今ので本当の本当に最後の一滴まで魔力を絞り切ってしまった。
 カクン、と膝から力がぬけ、床に座り込んでしまう。
 そんな光希をミシェルが支えた。

 「さすがだ、マスター。素晴らしい攻撃だった。私はマスターに使役テイムされていることを、心から誇りに思うよ」

 背中から光希を抱きしめそう言うミシェル。

「……ミシェル、少し、休む……」
「ああ、あとは私が周囲を警戒している。そのまま眠ってくれ、マスター」

 ミシェルはふわりと光希を抱きしめる。
 自らの豊満な胸に光希の顔をうずめさせた。
 あっというまに寝息をたてはじめた光希の頬を撫で、ミシェルは柔らかな笑みを浮かべて、

「マスター……」

 と呟き、きゅっと光希をさらに抱きしめた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ただひたすら剣を振る、そして俺は剣聖を継ぐ

ゲンシチ
ファンタジー
剣の魅力に取り憑かれたギルバート・アーサーは、物心ついた時から剣の素振りを始めた。 雨の日も風の日も、幼馴染――『ケイ・ファウストゥス』からの遊びの誘いも断って、剣を振り続けた。 そして十五歳になった頃には、魔力付与なしで大岩を斬れるようになっていた。 翌年、特待生として王立ルヴリーゼ騎士学院に入学したギルバートだったが、試験の結果を受けて《Eクラス》に振り分けられた。成績的には一番下のクラスである。 剣の実力は申し分なかったが、魔法の才能と学力が平均を大きく下回っていたからだ。 しかし、ギルバートの受難はそれだけではなかった。 入学早々、剣の名門ローズブラッド家の天才剣士にして学年首席の金髪縦ロール――『リリアン・ローズブラッド』に決闘を申し込まれたり。 生徒会長にして三大貴族筆頭シルバーゴート家ご令嬢の銀髪ショートボブ――『リディエ・シルバーゴート』にストーキングされたり。 帝国の魔剣士学園から留学生としてやってきた炎髪ポニーテール――『フレア・イグニスハート』に因縁をつけられたり。 三年間の目まぐるしい学院生活で、数え切れぬほどの面倒ごとに見舞われることになる。 だが、それでもギルバートは剣を振り続け、学院を卒業すると同時に剣の師匠ハウゼンから【剣聖】の名を継いだ―― ※カクヨム様でも連載してます。

なんで誰も使わないの!? 史上最強のアイテム『神の結石』を使って落ちこぼれ冒険者から脱却します!!

るっち
ファンタジー
 土砂降りの雨のなか、万年Fランクの落ちこぼれ冒険者である俺は、冒険者達にコキ使われた挙句、魔物への囮にされて危うく死に掛けた……しかも、そのことを冒険者ギルドの職員に報告しても鼻で笑われただけだった。終いには恋人であるはずの幼馴染にまで捨てられる始末……悔しくて、悔しくて、悲しくて……そんな時、空から宝石のような何かが脳天を直撃! なんの石かは分からないけど綺麗だから御守りに。そしたら何故かなんでもできる気がしてきた! あとはその石のチカラを使い、今まで俺を見下し蔑んできた奴らをギャフンッと言わせて、落ちこぼれ冒険者から脱却してみせる!!

借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた

羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件 借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

処理中です...