春の洗礼を受けて僕は

さつま

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親愛なるあなたへ

8話 一人旅2

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 叔父さん一家に、もうしばらく泊まっていきなよと引き留められて名残惜しかったけど、また来るねと約束して、電車に乗った。
 東京駅まで戻って、軽食とお茶を買って北陸新幹線に乗り込む。


 富山駅は綺麗な駅舎を構えていて、JRの改札を出てすぐ、路面電車への乗り換えもできる。
 新しそうな格好のいい車両が停まっているのを見て、後で乗ろうと心に決める。
 約束の時間が近づいていたので、早歩きで富岩運河環水公園に向かった。
 心なしか、東京より涼しくて気持ちよく感じる。建物はほどよい高さで、空が広い。今日は晴天に恵まれているからか、一層の開放感を覚えて、ぐーっと伸びをした。
 広い公園を進むと、景観に調和したカフェが現れた。
「中にいる」
 メッセージが届いていたので、入店して、コーヒーを受け取る。
 見覚えのある髪型。水辺に向いた2シーターのソファに座っていたので、しぶしぶ、清風の横にかけた。
「お待たせ」
「遅かったな」
 迷ったのか、と言われて、まあと返す。嫌味の一言でも言われるかと思ったので、きょとんとしてしまった。
「何度も連絡してごめん」
「いーよ」
「元気そうだね」
「まーな」
「それって、今の学校の制服?」
「そ、夏季補習の帰り。くそだりー」
 あーあと、ソファの背もたれに体を預ける。
「相変わらず口が悪いね」
「んな事言いに富山まで来たのか?」
「嘘つきだって言いに来た」
 清風が、顔をこちらに向ける。
「嘘?」


 改めて家の本を読んで、インキュバスもサキュバスも、生命力そのものを吸うとは明言されていないと分かった。単語の範囲としては、精液の暗喩であるとか、性行為により骨抜きにするなど。生命や魂というより、もっと生身の肉体に寄せた表現としての『生命力』だ。
 その考えを補強するため、父さんの実家で、母さんは父さんの命を吸い取っていないと証明できればと思った。
 それを昨日一日で断定することはできなかったけど、父さんが元から体が弱かった、もっと早くに亡くなってもおかしくないところ、懸命に生きたことを知った。
 母さんが、「けいくん」のことを愛していることは知っている。なら、長く生きて欲しいと願ったはずだ。体の弱い父さんを心配して「命を分け与えたい」と思った事もあるだろう。
 吸えるのなら、与えることもできるはず。
 そんな奇跡が起こったら、良かったのだけれど。
 そして清風もまた、雪の日に睦月のことを「生身の人間と変わらない」と言っていた。使役に使えるような能力がないなら、少なくともこの肉体は、匂いが出ること以外は、他の人間とほぼ変わらないはず。
 強固なフレームではないけれど、これが今の答えだ。


「あー、あれか。テキトーに煽ったやつね」
 あんな軽口を間に受けちゃったんだ、睦月ったら純粋だねーとおちょくられて、本当に本当に腹が立つ。
 でもそのまま信じてしまったのはその通りで、返す言葉がなかった。
「それと、あと…」
「何」
「もう一つ。夏伊に手を出さないでいてくれて、ありがとう」
 停学になったあの事件ではなく、生命の方の話。
「…ああ?」
 清風が素っ頓狂な声を出す。
「間抜け顔だね」
「うるせーな」
「あんな話を信じちゃって、それは本当に馬鹿だったなって思う」
「ふん」
「清風にされた事は忘れられないし、もちろん腹が立ってるし、今後どんな気持ちに転がっていくかは分からない。場合によっては次回は殺す気満々で富山に来るかも知れないから覚悟しといて」
「お前、感謝しに来たの? それとも殺害予告がメイン?」
 どちらが優勢かはともかく、最大限ポジティブに考えれば、手酷いパンチを食らったからこそ自分の特性と対峙する決意がついたと思わなくもない。
 そこは、まったく感謝してないけれど。
「はーあ、つまんねーの。香月クンに頬が痛いっつって慰謝料でも巻き上げよっかな」
「もう払ってもらってるんじゃないの」
「倍プッシュよ」
「…そんなことするなら、おれにも払ってもらう」
 睦月がバッグから紙を出す。
「何これ…検査代、治療費、交通費…」
「お前の精液が体の中に入ったのが怖すぎて、病院に行った」
 そしたら中も切れてるし。怒りがおさまらないからすべて記録した、と鬱憤を伝えるものの、そりゃすんませんねーと軽く返される。
「……おい、この最後の。額がデカ過ぎんだろ」
「慰謝料一億円は、まけてやってこの金額だから。夏伊にこれ以上何かちょっかいかけたら、本当に警察に言う。前科つきたくなかったら大人しくしてて」
「可愛い顔してキッツイ奴だな」
 結局脅しに来たのかよ、と投げやりに吐き捨てられる。
「どういたしまして。じゃあ帰る、元気でね」

「香月クンとはよろしくやってんの」
 歩き出そうとした足が、ひたと止まる。
「今は…よろしくやってない」
「やっぱり。香月クン、インポになっちゃったかな。ゲロってたし」
 横目で見ると、清風は嬲れるオモチャでも見つけた時のような、下卑た笑みを浮かべていた。
「停学の理由、聞いたよな?」
「清風にムカついて殴ったって言ってたけど、きっと先に清風が嫌なことを言ったんだろ」
「ああ、まだ隠してたのか。言ったんじゃなくて見せてやったんだよ。お前を押し倒した時の、オレの記憶」
「………ホント、徹頭徹尾、嫌な奴」
 踵を返して、後ろを振り向かずに店を出た。
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