春の洗礼を受けて僕は

さつま

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親愛なるあなたへ

3話 春2

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 図書館のカウンターで、肩幅を狭くして、スマホの画面を凝視している。
 使われている単語が、まずわからない。色々な人がいることだけはわかるんだけど。
 謎の言い回しを目にするたび、検索サイトで調べて、うう、などと唸ってしまう。
 頭を抱えていたら、スマホをひょいと取り上げられて、つい大声で叫んでしまった。
 周囲から顰蹙の目を向けられて、スミマセンと謝っているうちに、夏伊が向こうまで歩いて行ってしまう。
「ちょ、ちょ、返せよ…!」
 受付カウンターを出て追うも、夏伊は手を上げて、睦月から届かない高さで画面を読み進める。
 しばらくして、声に出さずに「フケツ」と口を動かした。
「違うよ…!」
「違わないだろ」
 セックス相手ならここにいるのに、出会い系のサイトを見るなんて。フケツ以外の何者でもないだろと、冷たい目を向けられる。
「もう、違うって…! あと図書館でそういう発言するの止めて…!」
 慌てて、夏伊をカウンターのそばまで引っ張る。
「何が違うんだよ、どこも違わないだろ」
「おれは……」
「下手か、相性が悪いのか。どっちもそんなはずはないと思ってたけど」
「じゃなくて、おれたちは既にそういうんじゃないから、友達だから、そういう関係は」
「睦月にそういう気持ちが戻ってきたのなら、俺は関係を再開して構わない。ずっとそう思ってる」
 ヘーゼルナッツ色の瞳に見つめられると、うっと息が詰まる。
 正直、ここ数ヶ月は性的にちょっと折れていた。ようやくそういう欲求の兆しが見えてきて、夏伊に世話になる訳にもいかないしとサイトを見ていたという顛末だけど、性的な動向を夏伊に感じ取られていたとは。
 ただの友達って言っておいたのに。
 夏伊がただの友達という態度になっていたから安心していたのに。
 そんな内心を露知らず、夏伊が追い詰めてくる。
「知らない誰かとするより、俺の方がよっぽど安心だろう」
「いや…」
「あの、すみません、貸し出しを…」
 生徒が声をかけてきたので、慌ててバーコードリーダーを手にする。
 夏伊は、「後でまた来る。先に帰ろうなんて思うなよ」と釘を刺して、退出した。


 ということは、夏伊はまともに匂いを嗅ぐ直前の記憶は残っているということになる。時系列は合っている。
 返事を聞いていないと言ったことから、セックスの最中については思い出してはいないらしい。でも、記憶が抜けている違和感を指摘される可能性はある。
 ここでうまく丸め込まないと、芋づる式に全て思い出してしまうかもしれない。それは避けたい。なんせこちらは返事どころか、睦月にしては熱烈な発言をしてしまっているのだ。それを思い出されたら、なあなあで肉体の関係に戻るのは必須で、それこそ最悪のルートだ。


 あの後、母さんに、父さんの話を聞くことも考えた。でも、どうしても聞けなかった。
 睦月が聞きたいことは、端的に言えば、『母や祖母は伴侶をその力で殺してしまったのか』で、事実はさておき母を深く傷つけてしまう。
 それはあまりに怖いので、やめた。
 今手元にある事実を道標にして、歩かないといけない。
 だから、関係を戻すわけにはいかない。
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