春の洗礼を受けて僕は

さつま

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春の洗礼を受けて僕は

6話 木曜日2 ★

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 自室で服を着替えて、一階に降りる。
「ハナさん、この服洗っておいて」
 呼ばれた中年女性が、かしこまりましたと、木之内に借りた服を受け取った。
 運転手を呼ぼうかとも思ったが、急ぐ用でもないしと、電車で行くことにする。
「本日のお戻りは何時ごろになりますか」
「10時くらいかな。夕飯はいらない」
「かしこまりました。遅くなります時は」
「母さんに連絡するよ」
 行ってきますと、玄関を出る。
 家を出るのが遅くなった。待ち合わせ場所に着くのは、夕方6時頃になりそうだ。
 メッセージを送ると、相手からすぐ返事が来る。
 遅いよと文句も届いたが、何時に着こうがお前は待ってるだろと返してやる。
 しかし夏伊に忠実なわけではない。
 忠実というなら、自身の性欲に忠実なセフレが待っている。

 駅の改札を出るとすぐ、晶が駆け寄ってきた。
「ガッコからそのまま来るのかと思ってた」
 夏伊の高校生姿見たかったー、と晶がつぶやく。
「そういう晶も私服に着替えてるじゃん」
「今日はさぼりー。それにさ、夏伊と制服姿で並ぶのはさすがに」
 ホテルで止められたらやだし、と言うので笑う。
「中学ん時だって、制服姿で行ったことあるだろ? 止められなかったろ」
「そーだっけ?」
 ホテルの前に、駅前のビルに入り、本屋に向かう。
「えー、かしこー」
「茶化すなよ。それで、どこのフロアだろ…」
 フロア案内を端からしらみつぶしに探す。晶がつまらなさそうにクリーム色の毛先をいじっているのを、顔を逸らして視界から外した。
「なに探してんの?」
「ひみつ」
「んもー、秘密ってなになにー」
 やらしーと言いながら晶が腕にひっついてくる。さしづめ"早くホテルに行こう"といったアピールだろう。
 腕をほどいて、フロアを突き進む。
 いくつかのコーナーを渡り歩くものの、あまりピンと来ない。
 晶はずっと、高校の校舎が古いとか、同級生が冴えない奴らばっかだとか、夏伊が一番だとか、相槌を打つ気も削げるようなことばかりしゃべっている。
 しまいには「きれいにしてきたから、すぐできるよ」などと耳打ちしてくる始末で。
 セックスして帰るか…。
 不健全な解を出して、書店を出た足でホテル街に向かった。

 自分にとってのセックスは、なんの意味もない接待ゲームだ。
 自分をより良く評価して貰い、選ばれる。
 吐精する時に不快にならないよう、自分のために、相手を接待する。
 それを間違っているとは思わないし、晶と本質は変わらないことも分かっている。
 産まれた家での教育の賜物か、元々接待の能力が著しく高いのか、偶然と相性がすこぶる良かったのか、ただ家柄に価値があったからか、どの相手も夏伊との肉体関係を継続しようとした。
 だから毎日のようにゲームをしている。家を中心とした私生活と学業に支障がない限り、しばらくはこのまま、昼は高校、夜は誰かに腰を打ち付ける日々を過ごすのだろう。そう、他人事のように思っている。
 みんな、面白いくらい同じ反応をするのだ。仕組まれたロボットみたいに、女も男も誰でも、触れば甘い声を出して、それを嬉しいと微笑めば、おのずから足を開く。
 笑ってしまう。
 いつだったか、ふいにヒロにそんなことを吐露したら、フケツ…といった目を向けられながら、でも丁寧だからなんじゃないの、と言われた。夏伊は何に対しても生真面目だからと言っていたっけ。
「夏伊…あう」
 だけどこんな嬌声を受け入れられない日もある。
 ジェルを足して、中指を少し深く押し込んで、小さく円を描く。
「うう! そ、そこ…」
 緩く押しつぶすと、肩に掲げた晶の足がびくついて、夏伊の背中に当たる。
「痛い」
 渋い顔をすると、だってと恨めしそうに言われる。
「夏伊がいいとこばっかり責めるから…」
 その割に、紅潮した顔に怒りは見られない。
 体を起こした晶が夏伊を押し倒すから、夏伊は自身にコンドームを装着した。
 晶はローションを足して、自分でも指で広げていく。
「あっ、ああ…」
 出会ったばかりの頃は、髪も短くて染めてなくて、もう少しおとなしい雰囲気だったような記憶がある。
 中1の夏だったか。街中で、夏伊にぶつかって服にジュースがかかって、平謝りしていた。
 冗談で体で払ってと言ったら、顔を真っ赤っかに染めて、おもしろくて。
 ある時、あの日は初めて体を売ろうと思っていたと告白された。同性の恋人なんてできないから、せめて体だけでも知ってみたいというので、見た目とのギャップに少しビックリした。
 作り話かもしれない。実際のところはどうだったのかは知らない。ただ、たぶん何も知らなかったのを、何から何まで教えたのは夏伊だ。
 "俺は無理やりするのは好きじゃないから"
 そう言えば、ウサギのようにびくつきながら、おずおずと腰をあげた。
 胸を自分でいじってと言う内に、そこだけで達するほど感度が良くなった。
 下も、最初だけ触れば、あとは自分で見せながら高めるようになった。
 上は疲れるとつぶやいたら、次からは騎乗位でするようになった。
 それからずっと、出会った街で会って体を合わせて別れてを繰り返している。
 はじかむような笑顔は、会うたびにヘラヘラと力のない笑みになった。
 今の、セックスきもちいーと言って憚らないあけすけなところは、それでも悪くはないと思っている。
 いまは晶のことを、自制のきかない猿だと思い込んでいる。誰のせいだと責められたら、ぐうの音も出ないけれど。
 晶の柔らかい粘膜が、夏伊を包んで吸い付いてくる。
 もうきつくも何ともない。数年かけて何度も受け入れてきた箇所は、ただただよく馴染んでいて、2人の結合にはもう、つらさも痛みもない。
 ふう、と熱い息を吐くと同時に、晶がぶるっと震えた。
 晶の胸部に、白い精が散る。
「イっていいって言ったっけ?」
「夏伊だってイったでしょ…」
 今日はなんかいじわるー、それもいいけどさ、と口をすぼめる。
 事後はいつも、自分が置いていかれたような気持ちになる。
 元より相手を近づけていないのだから、置いてけぼりになるはずもないのに。
 スッキリすれば淡々とするところは似たもの同士で、ちょっと話をしながらも睦言を交わすことはなく、さくっと支度を終えた。
 親から渡されたカードで会計をし、夜の明るい街に戻る。
 明日は金曜日か…
 ふと、木之内の顔が浮かんだ。
「明日はちゃんと学校に行けよ」
 晶の頭をなでて、改札で別れた。
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