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古い書店 Ⅱ
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店主の許可を得て店内を歩き始めてしばらく。
興味深そうにキョロキョロしていた有栖がそっと耳打ちしてくる。
「意外に新しい本もたくさんあるな」
外観とか雰囲気とかで古本屋だと勘違いしているのかもしれない。もしくは、閑散としているから新しく仕入れてないと思ったのかも。
僕も当初は有栖と同じように思っていた。正直なところ、綺麗と言うよりは趣があるといった方がいい見た目だし、新しいものは置いていない雰囲気だ。
だが、外観とは異なってきちんと新しいものも入荷している。
そして、このお店は実は結構な繁盛店なのだ。
というのも、この辺りには図書館も本屋も、本屋が入っているデパートもない。何か読みたいと思ったら、ここに来る以外はネットで買うしかない。
本は中身を見て買う人が多いから、ネットよりこっちに来る人が多いのだ。
半分は図書館にもなっているので、買わないけど読みたい人も多く訪れる。
また、ここは古本の買取りもしていて、特定の人にはお宝になるような本もごろごろしている。
実際、僕も面接後に一冊お宝を購入した。何かというと、手描きの鳥類図鑑のコピー版だ。
今はほとんどが写真、もしくは簡易イラストになっているけれど、古い図鑑の中には羽毛の1枚1枚から全て色鉛筆や筆で描かれたものがある。
特に僕が買ったのは巣や卵も全て描かれてあって、しかも安かった。多分あちこち劣化しているからだと思う。
外国の本だからこの国には居ない鳥ばかりだったのも目新しかった。
さすがに原本じゃないけど、コピーでも十分凄いものが手に入ったのだ。
そういうものを求めてはるばるやってくるお客さんもいる。
そのことを簡単に話すと、有栖は納得した様子で何度も頷いた。
「失礼ながらレア物がある店には見えなかったが、知る人ぞ知るって感じなんだろうな。そう言われればなんだか趣のある外観に見えてくる」
店主には絶対に聞こえないようにしながら、彼は物珍しそうに本を手に取っている。
物の見方は心理的なものがかなり影響するから、彼の手の平返しな感想もよく分かる。
有栖のことだって、よく知らなかった頃は見た目とか人気とかから正直怖い人だと思っていた。そのせいか見た目も少し怖く見えていたけど、人となりを知ってからは安心感しかない。完璧な顔も、さらさらな髪も、ほどよい筋肉がついた体も、全部努力が実った結果だと知っているから。
当時のことを振り返ると、友人達も「有栖に会ってみたい」とはいいつつ「性格悪そう」とも言っていた。それは多分有栖が綺麗すぎて、性格が悪いくらいのマイナス点がないと釣り合わないからだと思うけど。
神様って人に対して結構普通に二物を与えるよな。逆に僕みたいに何の特技もない人もいれば、何もかも全て苦手という人もいる。
どうせ造るなら皆平等に造って欲しいものだ。個性があった方が面白いのはそうだと思うけど、差がありすぎるのもどうかと思う。
僕がそんなことを考えながら有栖に付いて行っている間、彼は気になった本にあれこれ手を伸ばしている。ちらりと冴木さんの方も目で追ってみると、彼は料理の本とかお片付けのライフハックとか、実に彼らしい本を楽しそうに見ていた。
……ここは家からそんなに遠くないし、僕の職場でもあるから、二人には移住後も楽しんで欲しいな。
二人のことを微笑ましく思う。
「……あっ」
ふと、有栖が驚いたような声を上げた。釣られてそちらを見ると、慌てたように何かの本をさっと背中に隠した。
「どうしたの?」
「あっ、いや、別に何でも」
明らかにばつが悪そうにしている。
見られたくない物でもあったのだろうか。でも隠されると余計に見たくなってしまう。
「それ、何?」
「いや、あの、これは……」
目を合わそうとしてもスッスッと目線を躱される。
「僕には見せてくれないの?」
「うっ……。だって、これは見られたら恥ずかしいというか死というか」
「極端すぎない?」
「そりゃあそうだろ、だって俺の女装――……じゃなくて! まあ、その、な? 撮影してたら黒歴史の一つや二つ……」
……女装? 今、女装って言った?
途端に僕の中の『気になる』が『見たい』に変わる。お化粧してない状態ですら綺麗なのに、女装なんかしたらどうなってしまうのか。それが気になって仕方なかった。
「ねえ、有栖」
「な、何だ」
「有栖も、僕の女装見たよね? 学校際で」
「…………」
「だったら、僕が有栖の女装見ても良いでしょ?」
そういって詰め寄ってみる。本当に嫌だったらやめるけど、たまには僕も迫ってみてもいいだろう。実際、僕だけあの黒歴史を知られているなんて不公平だし。
有栖はしばらく渋ったけれど、最後には『もうどうにでもなれ』という風に見せてくれた。
「うっわぁ……」
見せられた雑誌は、結婚式の衣装用カタログだった。ジューンブライト用なので、何で今これが出ているのか分からない。
聞くと、こういったドレスはかなり前から準備しないといけないらしく、そのためにはカタログも早めに出さなければならないらしい。
「来年の六月には、その時撮ったまた別の写真で雑誌が組まれる予定だ。そっちは、その……真ん中に俺の花婿姿と花嫁姿の両方が載るらしい」
「なんか、凄いね。こっちも十分凄いしめちゃくちゃ綺麗だけど」
雑誌は分かるにしても、何でこのカタログでも女装させられているのかは謎だ。多様性ってやつだろうか。
白いレースのドレスに身を包んだ有栖は、別のページの女性モデルさんが霞んでしまう程綺麗だった。
でも、それは完璧な、女性的な綺麗さという意味ではなくて。何て言うんだろう、男性のまま綺麗っていうんだろうか。有栖は骨格的にも女性的じゃないし、化粧をしてドレスを着たからって完璧な”女性”になっているわけではない。けれど、一目で目を惹かれてしまうような、そんな美しさを持っていた。
言葉にするのは難しいが、男性にしか出せないような綺麗さを漂わせていてとても良い。
「有栖、ドレス似合うね」
「ええ……あんまり嬉しくないな……。遊沙に褒められるのは嬉しいが」
「やっぱり、格好いい方が良い?」
「まあな。……そうだ、遊沙もドレスを着てみる気はないか?」
「えー……気乗りはしないかな。カフェでの女装も渋々だったし」
「そ、そうか」
何だか残念そうにしている。そんな顔をされると申し訳なくなるが、ウエディングドレスはさすがに恥ずかしい。
雑誌は一応売り物なので丁寧に元の場所に戻して、店内の散策を再開する。もう少し見て回ったら今の家に帰って、またいつもの生活に戻るだろう。そのうち指輪も届くだろうし、そういう……ウエディングドレス的なことは、もっと後に話をすればいい。
彼としては見たいかもしれないが、もう少し我慢をしてもらおう。
興味深そうにキョロキョロしていた有栖がそっと耳打ちしてくる。
「意外に新しい本もたくさんあるな」
外観とか雰囲気とかで古本屋だと勘違いしているのかもしれない。もしくは、閑散としているから新しく仕入れてないと思ったのかも。
僕も当初は有栖と同じように思っていた。正直なところ、綺麗と言うよりは趣があるといった方がいい見た目だし、新しいものは置いていない雰囲気だ。
だが、外観とは異なってきちんと新しいものも入荷している。
そして、このお店は実は結構な繁盛店なのだ。
というのも、この辺りには図書館も本屋も、本屋が入っているデパートもない。何か読みたいと思ったら、ここに来る以外はネットで買うしかない。
本は中身を見て買う人が多いから、ネットよりこっちに来る人が多いのだ。
半分は図書館にもなっているので、買わないけど読みたい人も多く訪れる。
また、ここは古本の買取りもしていて、特定の人にはお宝になるような本もごろごろしている。
実際、僕も面接後に一冊お宝を購入した。何かというと、手描きの鳥類図鑑のコピー版だ。
今はほとんどが写真、もしくは簡易イラストになっているけれど、古い図鑑の中には羽毛の1枚1枚から全て色鉛筆や筆で描かれたものがある。
特に僕が買ったのは巣や卵も全て描かれてあって、しかも安かった。多分あちこち劣化しているからだと思う。
外国の本だからこの国には居ない鳥ばかりだったのも目新しかった。
さすがに原本じゃないけど、コピーでも十分凄いものが手に入ったのだ。
そういうものを求めてはるばるやってくるお客さんもいる。
そのことを簡単に話すと、有栖は納得した様子で何度も頷いた。
「失礼ながらレア物がある店には見えなかったが、知る人ぞ知るって感じなんだろうな。そう言われればなんだか趣のある外観に見えてくる」
店主には絶対に聞こえないようにしながら、彼は物珍しそうに本を手に取っている。
物の見方は心理的なものがかなり影響するから、彼の手の平返しな感想もよく分かる。
有栖のことだって、よく知らなかった頃は見た目とか人気とかから正直怖い人だと思っていた。そのせいか見た目も少し怖く見えていたけど、人となりを知ってからは安心感しかない。完璧な顔も、さらさらな髪も、ほどよい筋肉がついた体も、全部努力が実った結果だと知っているから。
当時のことを振り返ると、友人達も「有栖に会ってみたい」とはいいつつ「性格悪そう」とも言っていた。それは多分有栖が綺麗すぎて、性格が悪いくらいのマイナス点がないと釣り合わないからだと思うけど。
神様って人に対して結構普通に二物を与えるよな。逆に僕みたいに何の特技もない人もいれば、何もかも全て苦手という人もいる。
どうせ造るなら皆平等に造って欲しいものだ。個性があった方が面白いのはそうだと思うけど、差がありすぎるのもどうかと思う。
僕がそんなことを考えながら有栖に付いて行っている間、彼は気になった本にあれこれ手を伸ばしている。ちらりと冴木さんの方も目で追ってみると、彼は料理の本とかお片付けのライフハックとか、実に彼らしい本を楽しそうに見ていた。
……ここは家からそんなに遠くないし、僕の職場でもあるから、二人には移住後も楽しんで欲しいな。
二人のことを微笑ましく思う。
「……あっ」
ふと、有栖が驚いたような声を上げた。釣られてそちらを見ると、慌てたように何かの本をさっと背中に隠した。
「どうしたの?」
「あっ、いや、別に何でも」
明らかにばつが悪そうにしている。
見られたくない物でもあったのだろうか。でも隠されると余計に見たくなってしまう。
「それ、何?」
「いや、あの、これは……」
目を合わそうとしてもスッスッと目線を躱される。
「僕には見せてくれないの?」
「うっ……。だって、これは見られたら恥ずかしいというか死というか」
「極端すぎない?」
「そりゃあそうだろ、だって俺の女装――……じゃなくて! まあ、その、な? 撮影してたら黒歴史の一つや二つ……」
……女装? 今、女装って言った?
途端に僕の中の『気になる』が『見たい』に変わる。お化粧してない状態ですら綺麗なのに、女装なんかしたらどうなってしまうのか。それが気になって仕方なかった。
「ねえ、有栖」
「な、何だ」
「有栖も、僕の女装見たよね? 学校際で」
「…………」
「だったら、僕が有栖の女装見ても良いでしょ?」
そういって詰め寄ってみる。本当に嫌だったらやめるけど、たまには僕も迫ってみてもいいだろう。実際、僕だけあの黒歴史を知られているなんて不公平だし。
有栖はしばらく渋ったけれど、最後には『もうどうにでもなれ』という風に見せてくれた。
「うっわぁ……」
見せられた雑誌は、結婚式の衣装用カタログだった。ジューンブライト用なので、何で今これが出ているのか分からない。
聞くと、こういったドレスはかなり前から準備しないといけないらしく、そのためにはカタログも早めに出さなければならないらしい。
「来年の六月には、その時撮ったまた別の写真で雑誌が組まれる予定だ。そっちは、その……真ん中に俺の花婿姿と花嫁姿の両方が載るらしい」
「なんか、凄いね。こっちも十分凄いしめちゃくちゃ綺麗だけど」
雑誌は分かるにしても、何でこのカタログでも女装させられているのかは謎だ。多様性ってやつだろうか。
白いレースのドレスに身を包んだ有栖は、別のページの女性モデルさんが霞んでしまう程綺麗だった。
でも、それは完璧な、女性的な綺麗さという意味ではなくて。何て言うんだろう、男性のまま綺麗っていうんだろうか。有栖は骨格的にも女性的じゃないし、化粧をしてドレスを着たからって完璧な”女性”になっているわけではない。けれど、一目で目を惹かれてしまうような、そんな美しさを持っていた。
言葉にするのは難しいが、男性にしか出せないような綺麗さを漂わせていてとても良い。
「有栖、ドレス似合うね」
「ええ……あんまり嬉しくないな……。遊沙に褒められるのは嬉しいが」
「やっぱり、格好いい方が良い?」
「まあな。……そうだ、遊沙もドレスを着てみる気はないか?」
「えー……気乗りはしないかな。カフェでの女装も渋々だったし」
「そ、そうか」
何だか残念そうにしている。そんな顔をされると申し訳なくなるが、ウエディングドレスはさすがに恥ずかしい。
雑誌は一応売り物なので丁寧に元の場所に戻して、店内の散策を再開する。もう少し見て回ったら今の家に帰って、またいつもの生活に戻るだろう。そのうち指輪も届くだろうし、そういう……ウエディングドレス的なことは、もっと後に話をすればいい。
彼としては見たいかもしれないが、もう少し我慢をしてもらおう。
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