憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

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家 Ⅱ

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二階のくつろぐ用の部屋にある天窓からは、今は抜けるような青空が見えていた。ずっと見上げていると首が痛いけれど、寝転べば夜には天然のプラネタリウムになる。こういう所でしか楽しめない、贅沢な娯楽だ。

「夜は星が見えるんだね」
「ああ。別角度にも付けておいたから、それぞれから別の夜空が見られるぞ」

有栖は得意げにそう言って、壁に立てかけてあった棒を手に取った。奇妙な形の先端を天窓の取っ手にかけて、押し上げる。軋みをあげて窓が上に開いた。

「ほら、こうすれば風も入ってくる」

開いた窓は、木枠に付いている細い棒を支えにして開けたままに出来るようだ。閉めたいときは開けるときに使った棒で支えを外せば閉まる。

窓が高い位置にあるせいか、下とは違った風が吹き込んでくる。説明は難しいけど、森の匂いっていうのかな? そんな香りがする。ひんやりした空気に、植物の香りが乗って漂ってくる感じだ。家の木の香りも混ざって、何とも清々しい気分になった。

「良い風だね」
「そうだな。……この立地、他より少し標高が高いし、二階だと一層高いから風が入りやすいんだ。冬は困るが、夏ならこれ以上無いほど良いエアコンだろ?」
「ふふ、確かに」

月日的に秋が近付いてきたとはいえ、まだまだ猛暑で夏真っ盛りだ。だというのに、この家の中は快適だった。
エアコンや扇風機以前に家具だって運び入れてない状態だ。普通なら蒸し暑くて汗だらけだろう。それがここでは、言われるまでエアコンがないことに気が付かなかった。

僕が有栖に引き取られる前に住んでいたアパート、あそこもエアコンがなかった。というより、金欠で設置出来なかった。おかげで冬は寒いし夏は暑い。寝落ちしようものなら寒さか熱中症で永遠の眠りにいざなわれそうだった。
同じ家でも立地によって過ごしやすさが大違いだ。

……そういえば、夏は良いけど冬は大丈夫だろうか。僕はどちらかというと冬の方が苦手だ。寒がりだから。
服を着込めば良いので問題ないと思うが、ほんの少し不安になってしまうのは仕方ない。
そんな僕の心を読んだように、有栖は、

「この家、断熱材も使ってもらってるんだ。だから、夏は涼しく、冬は暖かく過ごせる。空気が循環しやすいように一部吹き抜けの構造にしてるから、冬は一階でストーブを焚けば全体的に暖かくなるはずだ。お前は寒がりだから、そこは気を遣ってる」

と言った。
……まさかそこまで考えてくれてるとは思わなかった。有栖も冴木さんも凄く気を回してくれる人だけど、二人は寒がりではないし。三人で住むのに、一人のことを優先するものでもないと思ったから。

「えっと、良かったの?」
「は? 何がだ」
「断熱材入れるとか、高いんじゃないかなって。木材も良いの使ってくれたって言ってたし、僕は一円も払ってないからさすがに申し訳ないっていうか」
「ああ、そういうこと。良いに決まってるだろ、遊沙なんだから。遊沙のために俺がそうしたかったからそうした、それだけのことだ」
「後悔……あー、ごめん、何でもない」
「うん。それ言ったら怒るぞ」
「皆まで言ってないからセーフ」
「まったく。……あのな、お前が過労でぶっ倒れた時の俺の気持ち、分かるか?」
「うーん……」
「分からないだろ? それはもう肝を冷やしたし、どうしようと頭が真っ白になったものだ。こたつに潜っているのが可愛……じゃなくて、こたつに潜らないといけないくらい酷く寒がってるんだって思った。だから、新しく家を建てるって決めたときから、家の中で寒がらせるのはもう嫌だって考えてたんだ」

……そうだったんだ。
あの時、二人に心配をかけたことはよく分かっていた。僕が勝手にファンからのプレゼントを開けて、しかも食べてしまうなんて不用心だったとも。
だけど、終わったことだからあまり気にしていなかった。同じ轍を踏むことがないように気をつけていれば良いと思っていた。
ところが、有栖は僕が思った以上に傷付いていたみたいだ。そして、僕はそれに全く気が付かなかった。

「なんか、ごめん」
「む。謝って欲しくてこの話をしたんじゃない。お前が謝る要素もない」
「うん。分かってるけど。言いたくなったから」
「……はあ。しょうがないから受け取っとく」
「ありがと」
「ああ。……あー、それと、断熱材入れたのは全員のためでもあって、お前一人のために無茶したわけでもないから。気にせず快適に住んでくれ」

軽い調子で付け足した。
それは多分本当のことなんだろう。でも、気を遣って言ってくれた気もする。


彼は本当に何でもできるなぁ。きっと嫌がるだろうから言わないけど。
顔も良ければ性格も良いなんて、それは人気出るよな。それなのに、僕のことを色々考えてくれるのがくすぐったかった。こういうことはあまり思っちゃいけないけど、ちょっと優越感がある。

「ん? どうした、なんか嬉しそうだな」
「えっと、有栖が好きになってくれて嬉しいなって」
「…………え?」

ぽかんと口を開けて、みるみる赤くなっていく顔が可笑しかった。
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