憂いの空と欠けた太陽

弟切 湊

文字の大きさ
上 下
131 / 142

指輪(有栖視点)

しおりを挟む
遊紗の就職が決まったことを祝うために、席を下見しに行った後のこと。

俺は一人黙々と撮影に勤しんでいた。
今日はジューンブライド用の雑誌に掲載される、ホワイトの正装を着ての撮影だ。
結婚式の衣装を着ると、脳内に遊沙が勝手に召喚される上に盛大に鐘が鳴り響くのだから困ったものだ。同性同士の結婚は今のところ出来ないことになっているし、そもそも遊沙と結婚するのかも分からないのに、シミュレーションだけは完璧である。

何を思ったのか、冴木の奴まで『指輪を買ったらどうか』などと言ってくるものだから、撮影中はずっとそのことで頭がいっぱいだ。

人との繋がりという概念は当たり前だが目には見えない。だが、指輪はそれを可視化できる。勿論別のアクセサリーでもお揃いにすれば十分出来るが、やはり指輪だと特別感がある。
その『目に見える繋がり』を遊紗と一緒に身に付けられるとなれば、これ程嬉しいことはない。デザインは? とか値段は? とかお揃いにするのかついにするのかとか、想像するだけで楽しい。
……でも、俺一人で決めて買うなんてそんな勝手なことは出来ない。サプライズプロポーズなんかはそれもありだけど、冴木が言っていたように『一生に一度の贈り物』だから、互いに一番良いものにしたい。その話し合いの時間も含めて一生の思い出にしたい。

今度、遊紗に話さないとな。


「……くん」

「有栖くん?」
「……え?」

ハッと意識を呼び戻すと、あの女性カメラマンが不思議そうな顔で俺を見ていた。今日の担当は彼女だったので、余計に別のことを考えてしまうのかもしれない。付き合いも長いし、他のカメラマンと比べても話しやすいから。

「良いの撮れたよ、って言ったんだけど、返事がなかったから。どうしたの? 何か悩み事?」
「ああ、指輪のことを……って、な、なんでもないです……」
「指輪?」

うっかり口を滑らせてしまって、彼女はそれを聞いてニヤリと笑った。

「ふ~ん、指輪ねぇ……。良いじゃない! なぁに、彼女? それとも……」
「それとも、ってなんですか。何を考えているのか知りませんけれど、多分違いますよ。ただちょっと、あの、結婚式の衣装なので、ついちょっとそういう妄想をしてしまったというか……」
「あらあら、有栖くんもちゃんと男の子だったのね。ふふ、次は花嫁衣装だけど」

そうだった。
何故だか知らないが、俺は花婿衣装と花嫁衣装の両方を着ることになっている。雑誌は裏表とも表紙仕様にするそうで、俺の写真は真ん中に使うらしい。男性用カタログと女性用カタログをそれぞれ面表紙と裏表紙から掲載していくそうで、それがちょうどかち合うのが真ん中だからだ。ジェンダーの境目として配置されたらしい。なんで俺なのかは知らない。
もっとぴったりなモデルなら沢山いると思うんだが。

あまり気が進まないが、仕事なので仕方ない。

花婿の撮影は今ので終了なので、これから女性的なメイクにし直して純白のドレスを着なければならない。
ドレスなら遊沙の方が似合うと思うのだが。絶対可愛い。
まあ、彼も男だし女装はあまり好かないみたいなので、おいそれと着させられないのが残念だ。

メイクをしてもらっている間、遊沙のドレス姿を想像して楽しい気分になる。プロに頼んでメイクやヘアセットなどをしてもらったら、それこそ可愛すぎて俺がおかしくなるかも。学園祭のメイド服だって、軽くメイクしてただけなのにあんなに可愛かったのだから。
…………花嫁ドレス、何とかして着せられないかな。難しいだろうけど。
その薬指に指輪がはまってたらもっと最高だよな。

やっぱり今度話だけしよう。で、許可が出たら選びに行こう。善は急げだ。
何なら今撮ってる雑誌の完成版を見せて、『俺の花嫁姿見せたから遊沙のも見たい』とちょっと強引に着せてしまうのもありだな。
俺は我が儘だから、見たい物が見られるなら良心に訴えかけるくらいはする。本当に嫌がっていたら勿論自重するが、多少は無理を言ってみるつもりだ。

今から彼に話す時のことを考えて、勝手に胸が高鳴った。
しおりを挟む

処理中です...