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仕事体験・続
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「仕事、どうだった?」
昼休憩に入り、有栖が話しかけてきた。
「んー、やっぱりすぐには上手くできないけれど、すごく貴重な経験だなって思うよ。普通は絶対体験できないもの」
「そうか。俺にとってはいつもの現場だからよく分からないが、確かに一般の人からすればそうかもな」
そう言う有栖の顔は、メイクさんによって完璧に仕上げられている。素材の良さもあると思うがめちゃめちゃ綺麗だ。傍で見てて、アイラインとかマスカラとかは目を傷付けないように、それでいて線がぶれないようにしないといけないから難しそうだった。だけど、元々くっきりしてる有栖の目鼻立ちを更にキリッと引き締めている。この上手さはさすがプロだ。
アイシャドウや口紅は色味も肌や顔にあったものを選ばないといけないし、更に服と合わせるならそっちの色味にも気を使わないといけない。つくづく、僕にはできない仕事だ。
形の良い唇に口紅をつけているから、いつも以上に妖艶で色気がある。ファンの子はこれを目当てに雑誌を買っているんだろうな、と思ってしまうほどだ。
「有栖、すごい綺麗」
「えっ、な、なんだ急に」
「いつも綺麗だけど、お化粧してるとこの世のものじゃないみたいだなって」
「えっと、それは、褒められてる……?」
「うん」
頷くと、有栖の顔が明るくなる。頬が緩んで嬉しそうだ。それから急に子供っぽいキラキラした瞳へと変わった。
「遊紗も今度化粧してみないか? 絶対似合うと思う。メイドの時も似合ってたし」
女装メイドのことならもう忘れて欲しいのだが。
「うーん、興味無い訳では無いけど……。僕、自分でメイクできないよ?」
「いい。俺がやる。仕事だからメイクさんがやってくれるけど、自分の化粧道具も持ってるから。……せっかくだから、俺にやらせてくれないか」
さっき思い至ったにしてはとても乗り気みたいで、わくわくと期待に満ちた表情をしている。そんな顔をされては断る訳にはいかない。この顔を曇らせたくない。
……メイドの時は普通に忙しくて、自分の姿をそんなにしっかり見てないから、自分がどんな風になるのかは若干気になる。なんでも上手い有栖のことだ、きっとそれらしくメイクしてくれるに違いない。
僕はその少しの興味と有栖の期待に満ちた顔に負けて、提案に乗ることにした。いいよ、と言うといつになく喜んでいて、悪い気はしない。
そんなことをしていたらお昼休憩は終わってしまったので、別れてそれぞれの仕事に戻る。
冴木さんはその間他のスタッフさんと打ち合わせしながらお昼を食べていた。
昼以降、荷物運びや片付け、道具の整理などの所謂雑用を任されて、言われるがままにあっちにこっちに駆け回った。あまり運動してなかったから体力不足を痛感させられた。明日は筋肉痛かな。
午前は人と話すことが多かったけど、午後は黙々と言われたことをやるだけで、精神的には後者の方が楽だった。僕は一人で黙ってやる仕事が向いているのだろう。
頼まれた仕事が一段落して、次の仕事が来るまで待っている時。今日呼んでくれた、有栖がお世話になったらしいおじ様が話しかけてきた。
「いやあ、よく働いてくれているね。とても助かるよ」
「いえ、こちらも貴重な経験をさせていただいて、大変ありがたいです」
精一杯の愛想笑いを浮かべて頭を下げる。何事においても笑顔が大事なのだ。
「はは、そう言って貰えると呼んだ甲斐があるよ。……それにしても、君は本当に有栖君に普通に接するんだね。いくら仲が良くても、心の中で恐縮してしまう人の方が多いのに。そういうのは意外と分かるものだからね、君が“心から普通に”接しているのは見ていて伝わるよ」
「あー……、ええと、そうですね。至って普通に接しています」
「ふむ。一体どうしてそうできるのかな?」
「どうして、と言われましても……」
「大抵の人は芸能人とか有名人とかが相手だと、妙にテンションが高いか倦厭するかの大きく二択に分かれる。モデルが相手となればそれも顕著だと思うんだ」
「その、僕は雑誌を読まないので、彼のことを知らなかったんです。だから、彼に『普通に接して欲しい』と言われてその通りにしたまでと言いますか」
「なるほど……。でも、それをずっと貫き通せるのは凄いね」
「そうでしょうか? ありがとうございます」
「いや、本当のことを言っただけだよ。だけど、有栖君が君に気を許す理由はよく分かったよ」
「えっと、実は僕はまだよく分かっていないんですが……」
「おや。それは勿体ない。けど、ここで私が説明してしまうのは野暮というものだ。本人からちゃんと聞くといい」
「あ……それもそうですね」
満足そうにニヤリと笑ったおじ様は、そのまま仕事へ戻って行った。
その後はまた仕事が来たので、それを処理する。
……有栖が僕に気を許す理由、か。『なんで僕を選んだのか』と聞くのは年末で最後って約束したし、別の聞き方にしないと。
『僕のどこが好き?』とかかな。うん、当たり障りないし、問題なさそう。仕事が終わったら聞いてみよう。
昼休憩に入り、有栖が話しかけてきた。
「んー、やっぱりすぐには上手くできないけれど、すごく貴重な経験だなって思うよ。普通は絶対体験できないもの」
「そうか。俺にとってはいつもの現場だからよく分からないが、確かに一般の人からすればそうかもな」
そう言う有栖の顔は、メイクさんによって完璧に仕上げられている。素材の良さもあると思うがめちゃめちゃ綺麗だ。傍で見てて、アイラインとかマスカラとかは目を傷付けないように、それでいて線がぶれないようにしないといけないから難しそうだった。だけど、元々くっきりしてる有栖の目鼻立ちを更にキリッと引き締めている。この上手さはさすがプロだ。
アイシャドウや口紅は色味も肌や顔にあったものを選ばないといけないし、更に服と合わせるならそっちの色味にも気を使わないといけない。つくづく、僕にはできない仕事だ。
形の良い唇に口紅をつけているから、いつも以上に妖艶で色気がある。ファンの子はこれを目当てに雑誌を買っているんだろうな、と思ってしまうほどだ。
「有栖、すごい綺麗」
「えっ、な、なんだ急に」
「いつも綺麗だけど、お化粧してるとこの世のものじゃないみたいだなって」
「えっと、それは、褒められてる……?」
「うん」
頷くと、有栖の顔が明るくなる。頬が緩んで嬉しそうだ。それから急に子供っぽいキラキラした瞳へと変わった。
「遊紗も今度化粧してみないか? 絶対似合うと思う。メイドの時も似合ってたし」
女装メイドのことならもう忘れて欲しいのだが。
「うーん、興味無い訳では無いけど……。僕、自分でメイクできないよ?」
「いい。俺がやる。仕事だからメイクさんがやってくれるけど、自分の化粧道具も持ってるから。……せっかくだから、俺にやらせてくれないか」
さっき思い至ったにしてはとても乗り気みたいで、わくわくと期待に満ちた表情をしている。そんな顔をされては断る訳にはいかない。この顔を曇らせたくない。
……メイドの時は普通に忙しくて、自分の姿をそんなにしっかり見てないから、自分がどんな風になるのかは若干気になる。なんでも上手い有栖のことだ、きっとそれらしくメイクしてくれるに違いない。
僕はその少しの興味と有栖の期待に満ちた顔に負けて、提案に乗ることにした。いいよ、と言うといつになく喜んでいて、悪い気はしない。
そんなことをしていたらお昼休憩は終わってしまったので、別れてそれぞれの仕事に戻る。
冴木さんはその間他のスタッフさんと打ち合わせしながらお昼を食べていた。
昼以降、荷物運びや片付け、道具の整理などの所謂雑用を任されて、言われるがままにあっちにこっちに駆け回った。あまり運動してなかったから体力不足を痛感させられた。明日は筋肉痛かな。
午前は人と話すことが多かったけど、午後は黙々と言われたことをやるだけで、精神的には後者の方が楽だった。僕は一人で黙ってやる仕事が向いているのだろう。
頼まれた仕事が一段落して、次の仕事が来るまで待っている時。今日呼んでくれた、有栖がお世話になったらしいおじ様が話しかけてきた。
「いやあ、よく働いてくれているね。とても助かるよ」
「いえ、こちらも貴重な経験をさせていただいて、大変ありがたいです」
精一杯の愛想笑いを浮かべて頭を下げる。何事においても笑顔が大事なのだ。
「はは、そう言って貰えると呼んだ甲斐があるよ。……それにしても、君は本当に有栖君に普通に接するんだね。いくら仲が良くても、心の中で恐縮してしまう人の方が多いのに。そういうのは意外と分かるものだからね、君が“心から普通に”接しているのは見ていて伝わるよ」
「あー……、ええと、そうですね。至って普通に接しています」
「ふむ。一体どうしてそうできるのかな?」
「どうして、と言われましても……」
「大抵の人は芸能人とか有名人とかが相手だと、妙にテンションが高いか倦厭するかの大きく二択に分かれる。モデルが相手となればそれも顕著だと思うんだ」
「その、僕は雑誌を読まないので、彼のことを知らなかったんです。だから、彼に『普通に接して欲しい』と言われてその通りにしたまでと言いますか」
「なるほど……。でも、それをずっと貫き通せるのは凄いね」
「そうでしょうか? ありがとうございます」
「いや、本当のことを言っただけだよ。だけど、有栖君が君に気を許す理由はよく分かったよ」
「えっと、実は僕はまだよく分かっていないんですが……」
「おや。それは勿体ない。けど、ここで私が説明してしまうのは野暮というものだ。本人からちゃんと聞くといい」
「あ……それもそうですね」
満足そうにニヤリと笑ったおじ様は、そのまま仕事へ戻って行った。
その後はまた仕事が来たので、それを処理する。
……有栖が僕に気を許す理由、か。『なんで僕を選んだのか』と聞くのは年末で最後って約束したし、別の聞き方にしないと。
『僕のどこが好き?』とかかな。うん、当たり障りないし、問題なさそう。仕事が終わったら聞いてみよう。
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