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無知の罪(??視点)
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非行を行うものは悪だ。
それは、世間的に言えば分かりきったことである。
だが、おれにはそれが全く理解できなかった。
母親は癇癪を起こして怒鳴り散らしてくるもので、父親は気に入らないことがあるとすぐ手を上げてくるもの。関係は冷えきっているくせに体裁を気にして別れずにいる。“愛し合っていた頃”の副産物であるおれはただの動く粗大ゴミ。
それがおれにとっての普通だった。
今の親父とお袋が最初からおれの両親だったなら、おれの性格もちょっとはマシになったんだろうな。残念ながらそうはならなかったが。
そんな環境で育ったからか、おれは学校に行っても馴染めなかった。気に入らない事があればすぐにキレて、手を上げる。完全に母親と父親のキメラで、あれらの血を引いていると自ら証明しているようなものだった。
当然、おれには誰も近寄らなくなった。出来た“友だち”と言えば、虎の威を借る狐の如く寄ってきて好き勝手する二人の“部下”だけ。
おれが声をかければ皆返事をしてくれるし、笑ってくれるが、それが媚びとへつらいであることは明白だった。おれを敵に回したくないから、面倒に巻き込まれたくないからそうしているというだけのこと。
結局のところ、友だちなんて一人もいなかった。
ある時、おれの誘いを断ったやつがいた。今まで断られたことなんかなかったから、一瞬理解出来なかった。
やつは断固拒否して逃げ去った。
ムカついたからクラスから孤立させてやったら、ものすごく辛そうな顔をしていた。
おれはそれが愉快で愉快で堪らなくて、次第にやつを玩具にしだした。小さくて細くて力も弱い。だから人気のないところに連れ込むのも簡単だった。先公はおれが暴れるのを危惧して何もしてこなかったし。
やつが小動物みたいなアーモンド型の目に涙を貯めて、悲鳴を飲み込んでいるのを見るのが楽しくて仕方なかった。今思うとド屑の思考である。
だけど当時のおれは誰も止めないのを良いことに、暴力行為を繰り返した。
やつの、遊紗の泣き顔は見てて飽きなかったし、もっと泣かせてやりたいとも思った。だけど、遊紗の方も暴力に慣れてきて全然これっぽっちも泣かなくなった。かつて涙に濡れていた瞳はただ無感情にこちらを見上げるだけで、おれを映してもいなかった。きっと全く別の考え事でもしていたのだろう。
本当に腹が立ってつまらなかった。おれは遊紗を泣かせるために、どんどん手段をエスカレートさせていった。煙草の火を押し付けた時が一番反応が良かった。
卒業した後、もう二度と会うことがないと思っていたやつに、道端で偶然出会った。その頃には今の親父とお袋と住んでいたが、さりとて性格が突然良くなるわけもなく、おれは我慢出来ずに手を出した。
それが運の尽きであり、そして幸運だったのかもしれない。おれが碌でもないということを気付かせてくれたから。
のっぽ男に声をかけられた時、初めて恐怖というものを覚えた。おれよりデカいし威圧感もある人間が、おれのしたことに異議を唱えて来たからだ。今まで誰にも言い咎められることなどなかったのに、なんだコイツ。そう思った。
よく分からないまま逃げて、その先で灰色の悪魔に襲われた。一方的にタコ殴りにされて骨を折られて、痛くて苦しくて泣くと、そいつは『遊紗の痛みはこんなものじゃない』と言ってきた。
痛みには慣れているつもりだったのに、それでも痛むこれを遊紗は諦めきった無表情で受けていたのだと思うと、急に怖くなった。
そこからは遊紗に話したとおり、少しずつ性格を矯正していった。我慢も覚えたし、手も出さないように努力した。癖を直すのはかなり辛くて難しいことだったが、直せばこのクソみたいな現状を何とかできると思った。
実際、遊紗にもきちんと謝ることが出来た。当たり前だが、めちゃくちゃ警戒された。おれから見たっておれは超胡散臭いから、まあ当然だな。
それでも何とか経緯とか謝罪とか聞いてもらえて、ほんの少し気が楽になった。おれが楽になってどうすんだよ、って話だけど。
勝手にいい気分になって帰っていたら、あの言葉が聞こえた。
『俺の恋人』
のっぽ男は確かにそう言った。つまりは、あの男と遊紗はデキてたってことだ。それが分かった瞬間、突然頭を殴られたかのようなショックを受けた。何故そんなショックを受けたのか自分でも理解できなくて、戸惑った。
時間をかけてたっぷり考えて、ようやくおれは理解した。おれはきっと――。
気になるやつに意地悪するなんて可愛いものじゃない。立派な犯罪だ。それも独り善がりの。
自分で自分に愕然とした。こんな捻くれてねじ曲がった感情で遊紗を見ていたのだと思うと、気持ちが悪くて仕方なかった。
結局、産みの親から貰ったコミュニケーション方法でしか、子は交流を図れないのだ。おれの場合、暴力と癇癪だけ。
のっぽ男が遊紗にしたように、抱き締めることは端から出来ないのである。
まあ、“泣き顔が見たい”なんてそんな曲がった感情じゃ、元から幸せに出来る資格すらなかったのだけど。
おれには知らないといけないことが多い。けれど、この感情には気付きたくなかった。
非行を行うものは悪だ。
確かにそうだ。おれは悪だった。
だけど、その悪を生み出したものもまた、悪なのではないだろうか。
――――――†
愛し方もその感情も分からなかった男の話です。
それは、世間的に言えば分かりきったことである。
だが、おれにはそれが全く理解できなかった。
母親は癇癪を起こして怒鳴り散らしてくるもので、父親は気に入らないことがあるとすぐ手を上げてくるもの。関係は冷えきっているくせに体裁を気にして別れずにいる。“愛し合っていた頃”の副産物であるおれはただの動く粗大ゴミ。
それがおれにとっての普通だった。
今の親父とお袋が最初からおれの両親だったなら、おれの性格もちょっとはマシになったんだろうな。残念ながらそうはならなかったが。
そんな環境で育ったからか、おれは学校に行っても馴染めなかった。気に入らない事があればすぐにキレて、手を上げる。完全に母親と父親のキメラで、あれらの血を引いていると自ら証明しているようなものだった。
当然、おれには誰も近寄らなくなった。出来た“友だち”と言えば、虎の威を借る狐の如く寄ってきて好き勝手する二人の“部下”だけ。
おれが声をかければ皆返事をしてくれるし、笑ってくれるが、それが媚びとへつらいであることは明白だった。おれを敵に回したくないから、面倒に巻き込まれたくないからそうしているというだけのこと。
結局のところ、友だちなんて一人もいなかった。
ある時、おれの誘いを断ったやつがいた。今まで断られたことなんかなかったから、一瞬理解出来なかった。
やつは断固拒否して逃げ去った。
ムカついたからクラスから孤立させてやったら、ものすごく辛そうな顔をしていた。
おれはそれが愉快で愉快で堪らなくて、次第にやつを玩具にしだした。小さくて細くて力も弱い。だから人気のないところに連れ込むのも簡単だった。先公はおれが暴れるのを危惧して何もしてこなかったし。
やつが小動物みたいなアーモンド型の目に涙を貯めて、悲鳴を飲み込んでいるのを見るのが楽しくて仕方なかった。今思うとド屑の思考である。
だけど当時のおれは誰も止めないのを良いことに、暴力行為を繰り返した。
やつの、遊紗の泣き顔は見てて飽きなかったし、もっと泣かせてやりたいとも思った。だけど、遊紗の方も暴力に慣れてきて全然これっぽっちも泣かなくなった。かつて涙に濡れていた瞳はただ無感情にこちらを見上げるだけで、おれを映してもいなかった。きっと全く別の考え事でもしていたのだろう。
本当に腹が立ってつまらなかった。おれは遊紗を泣かせるために、どんどん手段をエスカレートさせていった。煙草の火を押し付けた時が一番反応が良かった。
卒業した後、もう二度と会うことがないと思っていたやつに、道端で偶然出会った。その頃には今の親父とお袋と住んでいたが、さりとて性格が突然良くなるわけもなく、おれは我慢出来ずに手を出した。
それが運の尽きであり、そして幸運だったのかもしれない。おれが碌でもないということを気付かせてくれたから。
のっぽ男に声をかけられた時、初めて恐怖というものを覚えた。おれよりデカいし威圧感もある人間が、おれのしたことに異議を唱えて来たからだ。今まで誰にも言い咎められることなどなかったのに、なんだコイツ。そう思った。
よく分からないまま逃げて、その先で灰色の悪魔に襲われた。一方的にタコ殴りにされて骨を折られて、痛くて苦しくて泣くと、そいつは『遊紗の痛みはこんなものじゃない』と言ってきた。
痛みには慣れているつもりだったのに、それでも痛むこれを遊紗は諦めきった無表情で受けていたのだと思うと、急に怖くなった。
そこからは遊紗に話したとおり、少しずつ性格を矯正していった。我慢も覚えたし、手も出さないように努力した。癖を直すのはかなり辛くて難しいことだったが、直せばこのクソみたいな現状を何とかできると思った。
実際、遊紗にもきちんと謝ることが出来た。当たり前だが、めちゃくちゃ警戒された。おれから見たっておれは超胡散臭いから、まあ当然だな。
それでも何とか経緯とか謝罪とか聞いてもらえて、ほんの少し気が楽になった。おれが楽になってどうすんだよ、って話だけど。
勝手にいい気分になって帰っていたら、あの言葉が聞こえた。
『俺の恋人』
のっぽ男は確かにそう言った。つまりは、あの男と遊紗はデキてたってことだ。それが分かった瞬間、突然頭を殴られたかのようなショックを受けた。何故そんなショックを受けたのか自分でも理解できなくて、戸惑った。
時間をかけてたっぷり考えて、ようやくおれは理解した。おれはきっと――。
気になるやつに意地悪するなんて可愛いものじゃない。立派な犯罪だ。それも独り善がりの。
自分で自分に愕然とした。こんな捻くれてねじ曲がった感情で遊紗を見ていたのだと思うと、気持ちが悪くて仕方なかった。
結局、産みの親から貰ったコミュニケーション方法でしか、子は交流を図れないのだ。おれの場合、暴力と癇癪だけ。
のっぽ男が遊紗にしたように、抱き締めることは端から出来ないのである。
まあ、“泣き顔が見たい”なんてそんな曲がった感情じゃ、元から幸せに出来る資格すらなかったのだけど。
おれには知らないといけないことが多い。けれど、この感情には気付きたくなかった。
非行を行うものは悪だ。
確かにそうだ。おれは悪だった。
だけど、その悪を生み出したものもまた、悪なのではないだろうか。
――――――†
愛し方もその感情も分からなかった男の話です。
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