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学校祭〜三日目 Ⅱ〜(有栖視点)
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「あんたは何でそんなに冷静なんだ?」
遊紗が注文票を届けに行ってしばらく、俺の思考回路がようやく復活したので、冴木にそう聞いてみる。
「アハハ、私は二人の親みたいなものだからね。可愛いな、と思うくらいで済んでいるんだ」
彼は可笑しそうに微笑んで言った。彼にとっては俺と遊紗のやり取りも、兄弟がじゃれている程度にしか思わないのかもしれない。
……自分の息子(仮)が女装カフェで働いているというのはどうなのか分からないが、この様子だとその辺は気にしていないようだ。
「それより、あり……かわ、くんは……」
冴木は何か言いかけようとして、結局言えずに尻すぼみになっていった。
誰だよ、ありかわくん。
きっとここで”有栖”と呼んだら要らぬ面倒ごとの元になるだろうと考えて、言い換えようとしてくれたのだろう。
「……俺がどうしたんだ?」
「ふふ、ありがとう。あのね、ありかわくんが嬉しそうで、遊沙くんも嬉しいんじゃないかなって言いたかったんだ」
「そうか?」
「多分、ね。あの格好、とても可愛いけれど遊沙くんの好みではないだろう? 彼は良く出来た子だから、お友達の誘いを無下に出来ずに着ているのだと思うんだよ。恥ずかしい、とも言っていたし」
「まあ、そうだろうな」
「だから、例え不本意でも、それを嬉しそうにされたら彼も嬉しいんじゃないかなと思って」
「……そうだと良いな」
そんな会話をしているうちに、頼んだサンドウィッチとパンケーキと、コーヒーと紅茶を乗せた盆を持った遊紗がこちらに向かってくるのが見えた。
歩きにくそうなヒールを履いた細い足で器用に歩いてくる。普段はズボンで見えない足にニーハイソックスを穿いているので、目線は自然に肌色が見えている太腿に……って俺はどこを見ているんだ。これではただの変態だ。
というか、これ、当たり前だけど俺以外にも見られてるんだよな?
そう考えると、何故か急にイライラしてきた。学校祭に来る客に変なやつはいないと思いたいが、実質誰でも入れるので、彼を変な目で見るやつがいないとも限らない。
何でどこの誰とも知れない奴らに可愛いあの子を見せなければならないんだ。
「お待たせしました。サンドウィッチとコーヒー、それとパンケーキと紅茶ですね」
悶々としていると、遊紗が俺たちのテーブルに注文したものを置いてくれた。
いつか出会いたての頃にレジのスーパーで見た、完璧な営業スマイルが目の前にある。俺が注意してからは滅多に見なくなったので、一周まわって新鮮だ。
「ありがとな」
小声で礼を言うと、彼は一瞬ふっと自然な笑みに戻って、
「有栖、新しい髪型も似合うね」
そっと耳打ちしてきた。
「!!!」
不意打ちも不意打ちで、俺は思わず魂を手放すところだった。危なかった。
正直自分の髪型のことなんて全く忘れていて、遊紗の可愛さの前では些事だったのに、彼は気付いて褒めてくれた。目深にキャップを被っているから分かりづらいはずなのに。
それがとても嬉しくて、俺が髪型で驚かすつもりが、逆に驚かされてしまった。
遊紗が去った後も天にも登る気持ちでぼけっとサンドウィッチを口に運ぶ俺を、冴木は笑いを堪えながらカメラに収めていた。
サンドウィッチは多分美味しかったが、味を感じられる余裕がなかったのでよく分からなかった。
遊紗をこのままの格好で今すぐ家に連れて帰りたいがそうもいかないので、後ろ髪を引かれながらもカフェを後にした。
去り際にちらりと見ると、メイドに狼藉を働こうとした客を、ウェイター姿のあの狼男が諌めているのが見えた。
……癪だが、あいつは遊紗を確実に守ってくれるだろうから、大変不本意ながら任せることにする。頼むから変な虫を付かせないでもらいたい。
せいぜい頑張ってもらおう。
遊紗が注文票を届けに行ってしばらく、俺の思考回路がようやく復活したので、冴木にそう聞いてみる。
「アハハ、私は二人の親みたいなものだからね。可愛いな、と思うくらいで済んでいるんだ」
彼は可笑しそうに微笑んで言った。彼にとっては俺と遊紗のやり取りも、兄弟がじゃれている程度にしか思わないのかもしれない。
……自分の息子(仮)が女装カフェで働いているというのはどうなのか分からないが、この様子だとその辺は気にしていないようだ。
「それより、あり……かわ、くんは……」
冴木は何か言いかけようとして、結局言えずに尻すぼみになっていった。
誰だよ、ありかわくん。
きっとここで”有栖”と呼んだら要らぬ面倒ごとの元になるだろうと考えて、言い換えようとしてくれたのだろう。
「……俺がどうしたんだ?」
「ふふ、ありがとう。あのね、ありかわくんが嬉しそうで、遊沙くんも嬉しいんじゃないかなって言いたかったんだ」
「そうか?」
「多分、ね。あの格好、とても可愛いけれど遊沙くんの好みではないだろう? 彼は良く出来た子だから、お友達の誘いを無下に出来ずに着ているのだと思うんだよ。恥ずかしい、とも言っていたし」
「まあ、そうだろうな」
「だから、例え不本意でも、それを嬉しそうにされたら彼も嬉しいんじゃないかなと思って」
「……そうだと良いな」
そんな会話をしているうちに、頼んだサンドウィッチとパンケーキと、コーヒーと紅茶を乗せた盆を持った遊紗がこちらに向かってくるのが見えた。
歩きにくそうなヒールを履いた細い足で器用に歩いてくる。普段はズボンで見えない足にニーハイソックスを穿いているので、目線は自然に肌色が見えている太腿に……って俺はどこを見ているんだ。これではただの変態だ。
というか、これ、当たり前だけど俺以外にも見られてるんだよな?
そう考えると、何故か急にイライラしてきた。学校祭に来る客に変なやつはいないと思いたいが、実質誰でも入れるので、彼を変な目で見るやつがいないとも限らない。
何でどこの誰とも知れない奴らに可愛いあの子を見せなければならないんだ。
「お待たせしました。サンドウィッチとコーヒー、それとパンケーキと紅茶ですね」
悶々としていると、遊紗が俺たちのテーブルに注文したものを置いてくれた。
いつか出会いたての頃にレジのスーパーで見た、完璧な営業スマイルが目の前にある。俺が注意してからは滅多に見なくなったので、一周まわって新鮮だ。
「ありがとな」
小声で礼を言うと、彼は一瞬ふっと自然な笑みに戻って、
「有栖、新しい髪型も似合うね」
そっと耳打ちしてきた。
「!!!」
不意打ちも不意打ちで、俺は思わず魂を手放すところだった。危なかった。
正直自分の髪型のことなんて全く忘れていて、遊紗の可愛さの前では些事だったのに、彼は気付いて褒めてくれた。目深にキャップを被っているから分かりづらいはずなのに。
それがとても嬉しくて、俺が髪型で驚かすつもりが、逆に驚かされてしまった。
遊紗が去った後も天にも登る気持ちでぼけっとサンドウィッチを口に運ぶ俺を、冴木は笑いを堪えながらカメラに収めていた。
サンドウィッチは多分美味しかったが、味を感じられる余裕がなかったのでよく分からなかった。
遊紗をこのままの格好で今すぐ家に連れて帰りたいがそうもいかないので、後ろ髪を引かれながらもカフェを後にした。
去り際にちらりと見ると、メイドに狼藉を働こうとした客を、ウェイター姿のあの狼男が諌めているのが見えた。
……癪だが、あいつは遊紗を確実に守ってくれるだろうから、大変不本意ながら任せることにする。頼むから変な虫を付かせないでもらいたい。
せいぜい頑張ってもらおう。
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