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学校祭〜三日目〜(有栖視点)
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俺は鏡に映った自分を見ながら、ちゃんと目立たない格好が出来ているか確認した。
短めに切った髪を黒く染めて、キャップを目深に被りマスクをしている。服装もラフな格好だし、余程のことでもない限り俺が“モデルの有栖”だと気付く人はいないだろう。
今日は遊紗の学校祭にお邪魔することになっていて、冴木と一緒に見に行く予定だ。遊紗の大学は公立ながらバカでかく、その分きっと相当数の人がいるだろう。
そんなところで有名人だとバレてみろ、大変なことになるのは目に見えている。
普段は支えてもらっている人たちのことを、こういう時邪魔だと思ってしまうのは虫が良すぎるかもしれないが、俺も人間だから仕方ない。遊紗と冴木と学校のためにもバレるわけにはいかない。
そんなわけで、俺は髪まで整えて準備しているのだった。遊紗に提案してもらってからずっと桜色とパーマで過ごしていたので、髪色を変えるのは遊園地の一件以来だ。この際だし、パーマもやめてもらって黒のストレートにした。真ん中分けでかなり短く切ってもらっている。
ほんの少し遊紗を意識したが、全く同じにするのもアレかと思って短めにしたのだ。
このイメチェンは遊紗にも言っていないので、今から彼の反応が楽しみだ。
準備を終えて下に降りてみると、冴木も準備が出来たようだった。彼は無難なシャツにパンツルックで、遊園地に行った時とあまり変わらなかった。違いは、寒さに備えてマフラーを巻いているところだろうか。
「あんたもたまには洒落た格好をすれば良いのに」
「私? ……うーん、そうだね。機会があれば、ね」
彼は優しく微笑んで言った。
……彼のことだ、遊紗と同じように遠慮しているのだろう。今度遊紗と一緒に彼の服でも見に行くか。
遊紗の大学は、呆れるほどの人混みだった。人が多いとバレやすいかと思っていたが、ここまでになると逆に全くバレないかもしれない。いちいち誰が誰かとか気にしてるとキリがないからな。
外に売っている屋台の食べ物がなんか美味しそうで、香りも漂っているから興味を惹かれたが、遊紗がやっているのはカフェだというから我慢した。料理を彼が作っているわけではないとしても、やはりお腹を空かせた状態で行きたい。
入口で貰ったごちゃごちゃしたパンフレットを苦労して読み、時々迷いながらブースへ向かった。
昼前なので空いているだろうと思いきや、廊下まで溢れるほど人がいて驚いた。最後尾に並び、順番が来るのを待つ。その間に渡されたメニューは手作り感溢れる見た目で、内容も至って普通だ。
なのにこの人混みが出来る訳は何なのだろうか。
その答えは、受け付けに近付いてから分かった。絵に描いたようなメイドが受け付けをしてくれたのだが、それが男だったのだ。所謂女装と言うやつだ。
……ということは?
……そういうことなのでは?
『カフェやるんだよね』
という簡素な説明しか貰っていない俺の心臓は、唐突にバクバクと高鳴り始める。
あの子に女装なんかさせたら可愛いに決まってる。鼻血を出すどころかぶっ倒れる自信すら出てきた。本当に大丈夫だろうか。俺が。
一人でそわそわしている俺を見て冴木も察したようで、苦笑しながらちゃっかりカメラを準備している。遊紗にとっては黒歴史になるものを、記念として写真に残してしまおうというのだろう。さすが俺のマネージャー、よく分かっている。
「2名様、ご来店でーす!」
何とか心を落ち着けて、案内されるまま席に着いた。若干低い。
壁には何かのキャラクターが描かれていて、よく分からないが華やかだった。メイドは数人でテキパキと働いている。それぞれ気合いが入っていて綺麗だったが、パッと見遊紗の姿はなかった。
ほっとすると同時に、残念な気持ちになる。
と、俺の横にヒールを履いた足が並んだ。
「ご注文はお決まりですか」
「あ、ああ…………えっ?」
聞き覚えのある声に、思わず顔を上げる。
そこに居たのは、殺人級に可愛い俺の恋人だった。元々華奢で小柄な体に、ボリュームのあるフリフリした服はとてもよく似合っていた。なんと軽く化粧もしていて、遊紗なのに遊紗じゃないみたいだ。
「ちょっと可愛過ぎるんだが大丈夫か?」
「?」
自分でも何を言っているのか分からないことを口走ってしまった。遊紗も首を傾げている。
冴木だけは冷静に、そして静かに写真を撮っていた。シャッター音は消してあるところが彼らしい。
「お、俺は、この、あの、サンドウィッチ……と、こ、こ、コーヒーで……」
舌が回らずに噛みまくる俺を訝しみながら、遊紗が注文を取ってくれる。
「私はパンケーキと紅茶をお願いするよ」
にこやかに頼んでいる冴木が落ち着きすぎていて恨めしい。たまにはこの人が焦っている様も見たいのに、俺だけが醜態を晒している気がする。
「分かりました。……二人とも来てくれてありがとう。ちょっと恥ずかしいけど」
遊紗はコソッと礼を言って、注文票を調理係に渡しに行った。
短めに切った髪を黒く染めて、キャップを目深に被りマスクをしている。服装もラフな格好だし、余程のことでもない限り俺が“モデルの有栖”だと気付く人はいないだろう。
今日は遊紗の学校祭にお邪魔することになっていて、冴木と一緒に見に行く予定だ。遊紗の大学は公立ながらバカでかく、その分きっと相当数の人がいるだろう。
そんなところで有名人だとバレてみろ、大変なことになるのは目に見えている。
普段は支えてもらっている人たちのことを、こういう時邪魔だと思ってしまうのは虫が良すぎるかもしれないが、俺も人間だから仕方ない。遊紗と冴木と学校のためにもバレるわけにはいかない。
そんなわけで、俺は髪まで整えて準備しているのだった。遊紗に提案してもらってからずっと桜色とパーマで過ごしていたので、髪色を変えるのは遊園地の一件以来だ。この際だし、パーマもやめてもらって黒のストレートにした。真ん中分けでかなり短く切ってもらっている。
ほんの少し遊紗を意識したが、全く同じにするのもアレかと思って短めにしたのだ。
このイメチェンは遊紗にも言っていないので、今から彼の反応が楽しみだ。
準備を終えて下に降りてみると、冴木も準備が出来たようだった。彼は無難なシャツにパンツルックで、遊園地に行った時とあまり変わらなかった。違いは、寒さに備えてマフラーを巻いているところだろうか。
「あんたもたまには洒落た格好をすれば良いのに」
「私? ……うーん、そうだね。機会があれば、ね」
彼は優しく微笑んで言った。
……彼のことだ、遊紗と同じように遠慮しているのだろう。今度遊紗と一緒に彼の服でも見に行くか。
遊紗の大学は、呆れるほどの人混みだった。人が多いとバレやすいかと思っていたが、ここまでになると逆に全くバレないかもしれない。いちいち誰が誰かとか気にしてるとキリがないからな。
外に売っている屋台の食べ物がなんか美味しそうで、香りも漂っているから興味を惹かれたが、遊紗がやっているのはカフェだというから我慢した。料理を彼が作っているわけではないとしても、やはりお腹を空かせた状態で行きたい。
入口で貰ったごちゃごちゃしたパンフレットを苦労して読み、時々迷いながらブースへ向かった。
昼前なので空いているだろうと思いきや、廊下まで溢れるほど人がいて驚いた。最後尾に並び、順番が来るのを待つ。その間に渡されたメニューは手作り感溢れる見た目で、内容も至って普通だ。
なのにこの人混みが出来る訳は何なのだろうか。
その答えは、受け付けに近付いてから分かった。絵に描いたようなメイドが受け付けをしてくれたのだが、それが男だったのだ。所謂女装と言うやつだ。
……ということは?
……そういうことなのでは?
『カフェやるんだよね』
という簡素な説明しか貰っていない俺の心臓は、唐突にバクバクと高鳴り始める。
あの子に女装なんかさせたら可愛いに決まってる。鼻血を出すどころかぶっ倒れる自信すら出てきた。本当に大丈夫だろうか。俺が。
一人でそわそわしている俺を見て冴木も察したようで、苦笑しながらちゃっかりカメラを準備している。遊紗にとっては黒歴史になるものを、記念として写真に残してしまおうというのだろう。さすが俺のマネージャー、よく分かっている。
「2名様、ご来店でーす!」
何とか心を落ち着けて、案内されるまま席に着いた。若干低い。
壁には何かのキャラクターが描かれていて、よく分からないが華やかだった。メイドは数人でテキパキと働いている。それぞれ気合いが入っていて綺麗だったが、パッと見遊紗の姿はなかった。
ほっとすると同時に、残念な気持ちになる。
と、俺の横にヒールを履いた足が並んだ。
「ご注文はお決まりですか」
「あ、ああ…………えっ?」
聞き覚えのある声に、思わず顔を上げる。
そこに居たのは、殺人級に可愛い俺の恋人だった。元々華奢で小柄な体に、ボリュームのあるフリフリした服はとてもよく似合っていた。なんと軽く化粧もしていて、遊紗なのに遊紗じゃないみたいだ。
「ちょっと可愛過ぎるんだが大丈夫か?」
「?」
自分でも何を言っているのか分からないことを口走ってしまった。遊紗も首を傾げている。
冴木だけは冷静に、そして静かに写真を撮っていた。シャッター音は消してあるところが彼らしい。
「お、俺は、この、あの、サンドウィッチ……と、こ、こ、コーヒーで……」
舌が回らずに噛みまくる俺を訝しみながら、遊紗が注文を取ってくれる。
「私はパンケーキと紅茶をお願いするよ」
にこやかに頼んでいる冴木が落ち着きすぎていて恨めしい。たまにはこの人が焦っている様も見たいのに、俺だけが醜態を晒している気がする。
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遊紗はコソッと礼を言って、注文票を調理係に渡しに行った。
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